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純喫茶「キツ」店主日記 2021年09月12日★故・林雄二郎のこと。



 昨日は、「深呼吸学部」の講義だった。20時から開始して、00時30分を超えている。昨年の8月からスタートして1年以上、ほとんど面識のない人ばかりが集まって、みっちりと関係性の糸を紡いできた。

 純喫茶「キツ」は、深呼吸学部の塾生たちが運営スタッフとして、新しいステージを模索する。何も決まっていないことを、勘のおもむくままに進んでいくのは、爽快である。時代を突き抜けていく感覚は、何事にもかえがたい。

 私は20代の後半に、故・林雄二郎と出会った。林さんは「情報化社会」という言葉を作った人で、トヨタ財団という企業の社会貢献の組織を日本で立ち上げた人だ。私は、彼のことをまるで知らないまま、彼の著作に感激して手紙を書き、連絡をいただき、新宿三井ビルのトヨタ財団を訪問した。林さんは、ニコニコしてロック雑誌の編集者であり、投稿雑誌の編集長であったサブカル野郎の私を迎えてくれた。それ以来、40年近く、「友だち」として付き合っていただいた。

 林さんの最後の課題は、情報化社会における「社会的ソフトウェアとは何か?」ということあった。利便性を追求して出現する情報ネットワーク社会における、人々の生き方、考え方は、どうあるべきか、という問いである。

 林さんは「文明とは人間に利便性を与え、文化とは人間にアイデンティティを与える」と言った。情報ネットワーク社会における「文化」とは何か、という問いである。それは、これまでの社会における、倫理とか道徳とかいうものではないはずだ、と林さんは言った。それが何かを解決出来ぬまま、大往生した。

 あれは、林さんが米寿(88歳)のお祝いの席だったと思う。高齢にも関わらず、10分の予定の記念講演が1時間近くなってしまった。あれは、林さんの遺言みたいな講演だったのだろうか。リサイクル社会のあり方を語り、「静脈産業」の必要性を問いていた。

 講演が終わって、質問の時間があったが、誰も質問しないので、思い切って私が質問した。

「近代の工業社会を推進してきたのは効率化による利益追求、すなわちお金の魅力が社会の原動力になったと思うのですが、次の時代の、社会の原動力になるのは何なのでしょうか」と。

 その場では、林さんは、明確な答えを出してくれなかったが、しばらくして、日比谷のアジア料理レストランで二人で食事した時に、その時の話題になり、「社会的ソフトウェア」が明確な言葉にならないように、君の質問も明確な答えを出せないな、と笑いながら言った。

 そうか、近代の文脈で言葉にすると、近代から抜けられないので、次の時代に向けては、「言葉」や「理論」とは違う方法でアプローチしなければいけなのだな、と勝手に納得したことを覚えている。

 林さんは、若い時から、世界中を回っていて、フランス政府やドイツ政府からも勲章をもらっている。トヨタ財団では、アジア各国との交流に力を入れてたので、80年代に少しずつ増えてきた都内のエスニックレストランで、よくごちそうになった。最初に行ったのは、昔から、新宿のインドネシア・ラヤだ。もうなくなってしまったが。

 林さんとの長い付き合いで、私は「言葉にならない会話」をたくさんさせてもらった気がする。

 私は、言葉を誰よりも信じる者であるが、言葉にならないものも、また誰よりも信じる者である。

 純喫茶「キツ」は、生きた言葉があふれる場所である。そして、言葉以上のものもあふれる場所であって欲しいと願う。

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