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80年代からClubhouseまでの道。

2021年2月6日の深呼吸学部の講義で説明した文章。

1.80年代に起きたこと

 1980年代の半ば、オフィスや家庭にパソコンが普及しはじめ、社会全体もデジタル化への道を進めていた。銀行のオンライン化をはじめ、社会システムそのもののネットワーク化がはじまった。中心にいたのは、民営化された電電公社、NTTである。日本電気や富士通や沖電気などのメーカーは、電電ファミリーと呼ばれ、NTTの電話交換機のメーカーとして発展した企業である。そうした電電公社傘下の下請け会社が、一般市場メーカーとして、パソコンを発売したのである。

 そして、その電話交換機にも1970年代からはじまった、デジタルの波が押し寄せた。198年代の半ばに、本格的なデジタル交換機への移行がはじまり、世界中の電話会社が、この交換機の可能性に注目した。デジタル交換機は、コンピュータであり、そうであるなら、アプリケーションを開発すれば、これまでのAとBをつなぐだけの交換機とは別のニーズが生まれるのではないかと考えた。

 世界中で、そのデジタル交換機を活用した企画調査が進められた。NTTも、日比谷にあった時代の、情報通信総合研究所が中心になり、調査研究が開始した。私は、70年代に「ロッキング・オン」や「ポンプ」などという参加型メディアを創刊して、参加型社会を訴えていたので、そういう視点からの発言を求められて、その調査グループの外部ブレーンとして参加した。

 テーマは、電話交換機を情報の広場としてとらえ、そこに大量の人間が通話して、不特定多数の人と通信出来るシステムというものであった。日本では、青森と確か鳥取だったか、2つの地域が選ばれて、実施実験が行われた。ある電話番号を公開して、そこに電話すると、不特定多数の人がいて、みんなでおしゃべり出来るというものであった。その音声データや、話された内容のサマリーが報告書になって、私たちのところに届き、それをベースにして、NTTの人間と、複数の外部ブレーンが、議論するというものであった。

 まだ、スマホやネットはおろか、パソコンも一部の人間にしか普及していなくて、アスキーネットヤニフティやPC-VANがはじまった頃である。しかし、そういう知識のない人達が、不特定多数の見知らぬ人と、おしゃべりするのは、なかなか新しい可能性を感じるものであった。

 タレントの話や、政治の話や、食べ物の話など、多種多様なテーマで知らない人同士が語り合っていた。電話をアクセスした時に、二人しかいなければ、二人で会話をし、複数いる場合はみんなで会話するというようなものである。複数で会話をする時に、何も話さないで、ただ聞いている人のことを「たぬき」と呼ぶというような、その世界ならではの隠語も生まれた。「狸寝入りをしている」という意味である。これは、その後、パソコン通信の世界では「ROM」((Read Only Member) と呼ばれたものである。

 (そういえば70年代の後半にポンプにこういう投稿が来た「117とかの特定の番号に、時間を決めて一斉に電話をかけると、かけた同士が混線してつながる」という遊びが流行っていた。混線電話と呼ばれていた。情報化社会で、不特定多数との偶発的なコミュニケーション欲求が生まれていたのだろう)。

 こうした実証実験は、世界中で行われて、情報通信総合研究所は、世界中の報告書を集めて説明してくれた。よく覚えているのは、英国のもので、そこでは100人ぐらいの人が電話広場に集まって、おしゃべりをするのだが、司会みたいな人間が出てきて仕切っている。そいつが、英国人のウィットというかモンティパイソンのノリで、みんなを煽っている。「みんなで、サーチャーのバカヤローって叫ぼうぜ」と声をかけると、100人全員で「サーチヤーのバカヤロー!」と叫ぶという具合である。国民性が現れるな、と思った。

 青森の実験の音声が届いたが、青森弁がきつくて、内容が分からないこともあった。テキストに起こしてくれた報告書を読んでいると、電話という情報ツールを介して、新しい出会いや人間関係が生まれる時代を感じて、70年代から雑誌という紙メディアを通して、読者同士の交流をはかっていた私は、大いなる勇気を与えられたものだ。

 この実証実験は、大きな成果を生んだのだが、事件が起きてしまった。青森で、たまたまアクセスした女子高生と、中年男の会話が発展して、いわゆる不純異性交友としてトラブルになってしまったのだ。そのことを、共産党が国会に持ち込み、NTTがそういうことを助長するのは問題だ、と政府を攻撃した。その結果、この実証実験は中止となった。

 しかし、この実証実験で得られた成果を情報通信総合研究所で開発を進め、「パーティフォン」という名前で商品化された。私は、「おしゃべり電話」という方が最適だと思っていたのだが。この機械は、端末装置で、数人の会話を処理出来るものだったと思うが、やがて、この発想は、NTTのダイヤルQ2という新しい課金システムの展開と同時に、テレクラや2ショットダイアルなどの名前で、一気に広がり、援助交際のインフラになったわけである。

2.Clubhouseの可能性?

 Clubhouseが話題であるが、話題になって、すぐに、80年代の実証実験のことを思い出した。人々の情報リテラシーは、あの頃から比べて圧倒的に高まっているるが、本質的にはあまり変わらないように思える。感度の良いと言われている人達が、すぐに飛び込んだが、すでに脱退宣言をしている友人もいる。私もアカウントはとって、覗いてはみたが、積極的に参加することはなかった。いったい、何に新しさを感じて騒ぐのか分からない。

 若い連中は良い。自分がまだ何者かが固まっていなくて、新しい出会いの中で可能性を探るという行為は理解出来る。体で、新しいシステムを体験しようという心意気はよし。しかし、パソコン通信以来、さまざまな情報システムの体験をしてきた大人たちが、Clubhouseに何の可能性を感じたのだろうか。ただ、新しいシステムだから、新しいというのか。Zoomでもおしゃべり出来る仲間を集めて、その会話内容を、他の人にも聞かせたいのか。またぞろ、ネットで声のでかい人たちが、包丁の実演販売よろしく、ファンを集め、自慢話を聞かせながらマネタイズする風景を想像してしまう。

 もう、一般的に面白さを求めて街やサイトをうろつきまわるのはやめにしたい。自分の内部や身近な人の内部に、大事なものはすべてはあるさ。

 私たちは、Zoom体験を経ている。私は、そこで、自分の余っているアカウントを使って、24時間誰でもアクセス出来て、アクセスした人同士が会話出来る、という仕組みを作った。オープンZoomルームと呼ぶ。基本的に集まってくるのは、知り合いか知り合いの関係者だが、おしゃべりがはずむ。私は、常時接続で、そこで流れる会話をiPadで部屋に流していた。これは、たぶん、Clubhouseで多くの人が「面白い」と言っている使い方だろう。動的で、編成されていないラジオである。Clubhouseで私が最初に感じたのは、参加型ラジオの番組投稿箱として使えないか、というものである。さまざまな話題でおしゃべりが繰り広げられるのであれば、それを編集して、ラジオとして配信してくれないか、と。しかし、Clubhouseは、録音禁止だという。

 Clubhouseを、新しい有益な情報ソースや面白いコンテンツとしてとらえるならば、やがて現在の参加者は失望するだろう。「Twitterの音声版」という説もあるが、そうではないだろう。Twitterは、個人のつぶやきであり、それは、情報や表現として完結している。だから、読み手は自分で有益だと思う人だけをフォローしていけば、自分にとっての有益な情報ソースになる。しかし、Clubhouseは、人間と人間のコミュニケーションの場である。だとしたら、もっと戦略的に参加しなければならないのであって、ただ、野次馬的に参加しても、それは「参加してる」のではなく「参加させられている」だけの存在でしかない。

 私はClubhouseでルームを立ち上げるのであれば、その人は、自分でオープンZoomルームを立ち上げて、そこに参加者を誘導すればよいのだと思う。そうした個別のルームがネットワークされて、やがて、Clubhouseになっていくという姿を想像したい。

 Spotifyでは、Podcastの音声や会話が流れるようになってきた。個別に楽しんできたコンテンツが、全体性に流れこんでいく方式である。ラジオで放送されるようなコンテンツが、現在のClubhouseの方式では成立しえないように思える。まずは、しっかりとした対話や議論の場を作るところからはじめたい。

 参加型社会というのは、ただ集まればよいというのではない。参加する意思と情熱が一人ひとりの内部から溢れ出て、そのエネルギーが集まったものでなければ、誰かのビジネスに付き合わされるだけのものでしかない。

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