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占い師の時代(7)第七章 深呼吸塾-1

占い師の時代・第七章 深呼吸塾-1

小説・占い師の時代

第七章 深呼吸塾-1

第一章「叔父からの情報」
第二章 アイドルを探せ
第三章 100回目の芋煮会
第四章「占い師になってみて(田岡源太郎の独白)」
第五章 共同体の行方
第六章 教育の時代
第七章 深呼吸塾-1
第八章 リスキリング

▼今回の登場人物

山形満 66歳 広告代理店「ジンクス」社長
須藤力 62歳 元文科省官僚
保科明子 43歳 元教師、現在学習塾経営
山形花子 53歳 満の妻。編集者
山形生子 15歳 女子高生・山形満と花子の長女

1.教育の終わりに

保科明子が焼酎の梅割りを一口飲みながら彼女が主宰する「深呼吸塾」について話しはじめた。

「もともと思いついたのは、ある占い師にこれからのことを相談したところからはじまるんです」

「占いとはまた怪しいですなあ」

山形が、ちゃちを入れたが、何か、不思議な因縁のようなものを感じていた。
「その占い師は、普通の占いを何もしないで、私と普通におしゃべりするだけなんです。それで私が教師です、と言うと『教育はもう終わっていますね。教育は、子どもから成人まで、社会や人類が得た知識や法則を教えていくわけですが、学べば学ぶほど、自分自身ではない、社会的な存在になって、その張り付いた知識同士が、あたかも人格となって、他者と対面したり、交流したりするわけです。近代が社会システムを完成させるためには、そういう方法も必要だった時代があったと思いますが、もう意味ないですね』とか、言うんですよ」

「すごい占い師だなあ」

「でしょ?  なんか占いはなにもしてくれないのに、なんか先が見えてきたんです、私」

「確かに、小学校から大学まで、教えるべきことを詰め込むのが教育で、たくさん詰め込んだ人間が上位の大学に進めるというのは、無理があるな」
元文科省官僚の須藤が評論家のような口ぶりでいった。

「ゆとり教育という発想は、そういう知識偏重の方法論に対する危機感から生まれたんだろうが、いかんせん、虎ノ門の文科省と、全国に点在する学校との間に共通のコンセンサスを築くことなく暴走したから、現場は大混乱したんだっけな」
山形が、須藤の顔を見ながら言った。

「その話を聞いて、占い師はどんどん話そうとするので、私、『もう、良いです!』と叫んで、占いをやめてもらったんです。すごいおしゃべり好きそうな占い師だったので、その先も聞きたかったんですが、その先は自分で考えて行動しないと、本末転倒になってしまうから」

「保科さんは偉いね、その先も聞きたかったろうに」

「ええ、でも、その占い師は、私の意図をすぐに理解してくれて、その話は止めて、なんか、最近のYou Tubeの話とか、アイドルの話とか、世間話で予定の30分が終わりました」

2.全転授業

「私は、田原さんの反転授業の回に参加していて、子どもたちが主体的に学ぶ意志を持たない限り、今の教育制度をいくらいじくっても駄目だと感じていました。反転授業は、先生の講義を動画で見たりして自習して、授業の場では子どもたちが分からないことや疑問に思うことを先生に質問するという構造でしたが、それをもう一歩進めてみたいと思いました」

「反転授業だけでも先進的なのに、更に進めようというのか」
山形が感心したように言った。

「ええ、いっそのこと、先生の講義もいらないで、テーマだけを子どもたちに与えて、バンドを組んで調べさせたり、議論したりして、授業は子どもたちが行うのです。そこでは、先生は聞き役になって、疑問に思ったことを質問するのです」

「なるほど、子どもたちが先生で、先生が生徒になる反転授業か」

「全転授業と呼んでます。この場合、四人程度のグループで調べさせるのが大事なんです。バンドで手分けして調べたものをシェアして議論する。そのプロセスが学びだし、相互の関係性も深まります」

「なるほど、占い師が言った、既存の知識を学ぶことが教育ではなくて、それぞれが自分で発見していくことが大切ということなんだな、その『バンド』というのも面白いな、チームではないんだな」

「ええ、実は『バンド』という言葉も、その占い師が世間話の中で教えてくれたんです。バンドは基本的に組織ではなくて、メンバー全員に役割があるんです。古い組織のように上からの命令に従うのではなくて、一人ひとりが自立した存在として構成されるのがバンドで、これからの組織はみんなそうなっていくと言ってたんです。だから私の塾のバンドは、リーダーはいますが、単なる連絡係なんです」

「オレも保科さんの企画を聞いて、びっくりしたよ。でも、何か分かるような気がした」
 須藤がうなづくように語った。

「オレも、定年のあとに、私立大学の教育科の非常勤講師をやっているのだが、『教える』ということが一番勉強になる。ただ本を読んでも、自分勝手に解釈した情報が蓄積されるだけだが、それを他人に講義すると、中途半端な理解では人に教えられないから、自分の中で整理したり再確認したりする作業が必要になるんだ。知識を肉体化しないと人には教えられないんだ」

「それを個人レベルてはなく、バンドの形式でやると、一層、理解が深まるな。バンド仲間なら、遠慮なく質問したり批判したり出来るだろうから」

「最近の大学は実務家教師とかいって、研究者でもない非常勤講師が増えたな。オレも何度か単発の講義はやったことあるが、インターネットの時代だから、テーマがあれば、一日調べればなんでも講義が出来てしまうよ。グーテンベルグなんかちゃっんと勉強してこなくても、検索して適当にまとめれば、講義になってしまう。学生たちは検索してないから、素直に聞いてくれる。だいたい大学の先生は『今どきの学生は、リポートを出させるとWikipediaをまるこどコピペしてくる奴がいる』って、嘆いていたりするが、先生がまるごとネットの情報をコピーしてるだから、何をか言わんやだな」」

「だとしたら、子どもたちがインターネット使って、講義をしてもらった方がよいと思ったんです」

「いいねぇ、それは、これからの教育だ。そういえば、最近のビジネス関係のセミナーも、雑誌の記者も、テレビの放送作家も、評論家も、みんな、独自の調査や取材なんかしないで、ネット情報の、まとめ屋になってるな。80年代くらいから、自分では取材に行かないで、データマンが集めた情報をまとめるだけのインチキジャーナリストがスターになったりしたのも似ているな」

「そういう人たちは、もうすぐ消えてなくなるだろうな」

「編集業界の用語では『コタツ記事』と言うんだ。コタツに入って、データをつなぎ合わせて原稿書いてる連中。そういうのが、マスコミでは著名なジャーナリストとしてコメンテーターになっていたりする。もっとも最近の出版不況で、業界も不安定になって、自分の足で現場を取材していたジャーナリストが続々とYouTuberになっていって面白い」

「いろんな領域で、古いシステムが崩れつつあるんだな」

3.テーマ設定

「それで、保科さんの深呼吸塾は、どういうテーマでやってるの?」
満は、自分の発言で話がズレて来たのを感じたので、保科の説明の方に話を戻した。

「一応、受験教育もやります。物理とか、英語とか、チームで講義させると面白いですよ。でも、やはり、歴史とか人物とかの方が、盛り上がりますね」

「どうやってテーマとメンバーを決めるの?}

「私の方で、テーマのリストを出します。子どもたちの方から『こういうテーマでやりたい』というリクエストがあれば検討して、リストに入れます。それを公開して、参加者を募集して、チーム編成します。バンドは4人を原則としていますが、希望者が多い場合は、複数のチームにします。報告会は、テーマによって、1週間、2週間、3週間、4週間という期間を決めます。期間を決めるのも子どもたち自身です」

「深呼吸塾は中高生向けなの?}

「最初は、普通の学習塾の形態ではじめました。私が元中学校の教師だったので、中学生が対象。親も受験ということなら、お金を出してくれるんですよね。
それをやりながら、自発性育成講座として全転授業を、少しずつ試してきました。そしたら、中学生が高校に進学してからも、全転授業を受けたいと言ってくれて、子どもたちが親を口説いて授業料を払ってくれたんです。更に、大学に入っても続けてくれる子がいて、その子たちはバイト代で授業料払ってくれてますよ。今では、バンドは、中学生、高校生、大学生の混合チームになることも珍しくないんです」

「いや、素晴らしいね。今の大学より余程、勉強になるのではないか。そのうち、社会人たちも参加してきそうだな」

「もう私だけでは、面倒見切れなくなって、日本各地でフランチャイズみたいなものもやってるんです」

「いつのまに、そんな展開になってるんだ(笑)」
須藤は、はじめて聞いたみたいで、笑いながら驚いていた。

「これが、フランチャイズ用の案内です」
保科は、カバンから、A4サイズの用紙を取り出した。


4.全国展開

保科が企画書を見せながら説明した。

「フランチャイズは、どのくらい進んでいるの?」

「まだはじめたばかりで、福岡と京都と盛岡と札幌ですね。その地域では、連携しながら、他地域の人がバンドメンバーになったりすることもあります」

「インストラクター講師というのがいるんだな?」
満は、企画書を眺めながら聞いた。

「ええ、子どもたちで自主的に調査するのが基本なのですが、やはりアドバイザー的な人がいた方が内容が深まります。その場合は、講師に報酬を支払うので、授業料も少し高い特別講義になります」

「講師といっても、講義するのではなくて、子どもたちの調査活動をサポートする役割だな」

「ええ、講師は、最初にオリエンテーション的に、対象調査のポイントを教えてくれます。調査期間中は、特に指導もなく、最終報告は、講師を交えてやります。そこで、講師がいろいろ質問したり、情報を補完したりします。子どもたちが盛り上がったら、その報告会が終わったあとに、再度、追加調査をして、講師が納得するまで追求するという場合もありますよ」

「なんかワクワクしてきたな。その報告書は、最終的には出版すればよい。Amazonのオンデマンド出版でやればすぐに出せる」

「ええ、私たちは、参加型の新しい教科書を作りたいと思っているのですが、出版のスキルを持っている人がいないので、山形さん、ぜひ、いろいろ教えてください。あっ、山形さんが講師になって、『出版講座』のメンバー募集してもよいですね」

「のった(笑)」
満は即決で返事をした。

「これは教育や、出版だけではなく、新しいプロジェクトや事業開発にも使えそうだな」

「参加型社会の入り口は、こういうところかもしれないな。オレの知人でベンチャー企業の経営者がいるんだが、保科さんの話をしたら、すぐに反応して、社内で勝手に全転授業方式の勉強会をはじめたのがいる」

「個人の努力の時代から、バンドの時代になっていくんだと思います」
保科が、自信のある目つきで、焼酎をまた飲んだ。

5.家族

「ちょっと、トイレいってくるわ」
満が立ち上がって混雑している店内をトイレの方向に歩いていた。

「あんた!」
いきなり、トイレ近くの席の人に声かけられた。驚いて、振り返ると、更に驚いた。カミさんの山形花子と娘の生子がいるではないか。
「ええっ? なんだ、オレは悪酔いしてるのか」
 
「今日は、伊勢丹に買い物来たんだけど、生子が焼きうどん食べたいとか言うんで、この店しか知らないので来たのよ。お父さんいるかもね、と話してたんだけど、ほんとにいた(笑)」

「女子高生なら、もっと、おしゃれなレストランにでも連れてってもらえ」
満は、娘の顔を見て、笑いながら言った。

「だって、食べたかったんだもの」
生子は、父親の質問の意味が理解できないような口ぶりで言い、焼きうどんを口に入れた。

「ああ、ちょっとトイレ行ってくる」

(続く)







2022年10月22日

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