見出し画像

外科医の考察…『お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?』

よく、ドラマや映画である、例のアレです。

結論から言います。“医者”として、協力は出来ません!有能な“一般人”として、協力すべきだと考えます!

今日はその根拠を書いていきたいと思います。

・初めての申し出


まだ5年目程度だった頃です。飛行機を降りて手荷物の受け取り場所まで制限区域内を歩いていました。途中トイレに寄り、出ると、CAさんかグランドスタッフさんかの人だかり。4~5名がしゃがみ込み、真ん中に人が倒れていました。
遠目で見てみると、30歳代程か比較的若い女性がぐったりとしている。受け答えはできていそう。気分が悪くなって倒れたかなといった感じでした。

その時、私はとても悩みました。協力を申し出るべきか否か。
“手ぶらで何が出来る?血圧もとれない、点滴もない、何もない。”
“いや、お前は医者だろう?体調が悪い人を見かけたら、助けるのが仕事だろ?”
“いや、医者の仕事として仕事を全うして、責任を取れる状況ではない。そもそも、比較的若い女性。。。詳しくない婦人科系の問題だと、どうしようもない。”

“……”

『あ、あの、大丈夫ですか?私は医療系の人間なので、必要でしたら、お手伝いします。』
勇気を振り絞りました。

最終的に声をかけるに至ったのは、
“何もない状況、何も出来ない状況であることは間違いない。けれども絶対にここにいる誰よりも、多少マシなことが出来る。”
そう、思ったから。

そしたら…
『あ、大丈夫です。ご協力ありがとうございます。』
物凄い、お仕事スマイルで遠慮されてしまいました。いや、全然いいですよ。CAさんやGSさんは、機上や空港内の保安要員ですので、そういう訓練も受けていらっしゃるでしょうし、患者が望んでいなかったのかもしれません。

ただ、これ以降、“ここにいる誰よりも、多少マシなことが出来る。”っていう考え方と、やはり自分に出来ることがあれば手伝おうという気持ちは持ち続けています。

・航空会社の登録制度について

ANAやJALは、医者登録の制度があります。登録していると、メディカルエマージェンシーの際に、そっと声がかかります。

私は、一方の航空会社の登録をしています。そしてそれを後悔しています。

確かに登録をすることで得られる待遇はありました。しかし、それがなかなかの厄介。使ってしまえば無くなってしまうマイルや、ラウンジの入場券…。

一方で、私はその航空会社では、今後ずっと、有事の際に声がかかります。そして、上記の優待を受けてしまった以上、自身の中で“若干の責任”も感じています。つまり、無下に断るわけにはいかないと…

自分の知識や技術が誰かの役に立つならば、喜んで協力します。
しかし、機上で、使える資源も限られている状況です。聞くところによると、機上ではエンジン音その他で、聴診器すらまともに使えないと聞きます。

医師として若干の責任を感じる一方で、どうシミュレートしても、その責務を全うできる状況ではないことが、後悔の根本原因です。

・いくつかのcaseを考えてみます。他の医師の方にもどうするか聞きたい。

①    意識清明。何らかの自覚症状はあるが、今すぐに生命への直結を強く疑うような感じではない場合。

私は『恐らく大丈夫です。』って言うかと思います。ただ、機内の装備品で正確な診断を行い、症状を改善させられるとは思えません。症状が改善しない=その訴えを持ったまま、残りのフライトを行うということです。
これが短距離国内線ならば、まだいいです。長距離国際線の場合だと…さらに、その序盤で声をかけられ、その判断をせまられ、さらにこれから10時間の洋上飛行だったりする場合…どうしましょうか?

患者も航空会社も、そして勿論私も、一秒でも早く症状が改善することを望みますが、機内装備でそれは困難です。

②    頭痛、胸痛、腹痛、下肢痛など、致死的疾患が頭に浮かぶ症状を訴えている場合。

どうします?クモ膜下出血かもしれない、大動脈解離や急性心筋梗塞かもしれない、消化管穿孔を起こしているかもしれない、エコノミークラス症候群かもしれない。
いずれも放置することで致命的になる。病院であれば、CT、心電図、採血、レントゲン、超音波で診断をすることが出来ます。けれどもそもそも診断が出来ない。
優秀な脳神経外科医、循環器内科医、外科医、救急医がいれば、“診断”の一助にはなるかもしれません。しかし、そこにいる誰もが望む“治療”は、不可能です。

結局は致命的な疾患を疑ってしまったら最後。病院へ搬送可能な近隣空港へのダイバートを進言するしかないと思います。

③    意識はあるも、致命的疾患を想定する症状を強く訴え、血圧や脈などに影響出ている時


もう、これはすぐに救命センターに移送可能な近隣空港へのダイバートを進言するしかないです。とりあえず点滴入れますが、使えそうな薬は限られます。
処置に関しても極めて限定的です。大動脈解離からの心タンポナーデに対して、機内で診断してランドマークで穿刺できる人います?下手に刺したら、再破裂して、天井近くまで血が噴出して収拾付かなくなる。緊張性気胸は、確かに教科書的にはレントゲン撮らずに、聴診で診断して、穿刺するのが正解ですが、機内でそれ、出来ます?
最悪、死にゆく状態を指をくわえて見ているだけになる。

④    意識なし、または心肺停止の時。


最も重症なケースですが、医者としては最も判断が容易です。救命センターに移送可能な最寄りの空港にダイバートをお願いして、こっちはやるべき蘇生処置をするだけです。正直最も楽と言えば楽ですが…
けれども、機内の除細動器で自己心拍再開したとしても、普通は同時になぜ心肺停止になったのかの原因の検査、治療を平行して行う必要があります。機内でそれは出来ない。一時的に自己心拍が再開しても、またすぐに心肺停止になる。
一方で、自己心拍再開しない場合もある。多くの現場では、家族へ、推定あるいは確定している原因と共に、これ以上の蘇生処置を行っても、好転する希望はなく、身体を痛みつけるだけになってしまう旨を説明し、蘇生を諦めることになる。しかし、一人で乗られている乗客で、家族等々不明な場合、どうする?

私は職場では、仕事として、そのような訴えや悲劇的な状況に責任を持ち、必要な検査を行い判断をしています。けれども、医者登録をし、返礼品を受け取ってしまったがために、私は家族旅行に行く途中でも、その悲劇的な状況に対して、若干の責任を持たなければいけないと考えている。

はっきり言います。機内では、医師としての職務能力の、ほんの数%も発揮することが出来ない。機内ではその備品で若干の対症療法は出来ても、根本的な治療はおろか、診断すら難しい。それにしては、その人の命の判断の一部までをも求められる責任を感じてしまう。

航空会社のHPには『協力は任意』、『辞退可能』と書かれていますし、『責任を負わせるものではありません。ただ、少し助けてくれれば。』と言ってくれるでしょう。確かに、自身の職務能力のほんの数%でも、非医療従事者に比べたら、有能な働きはできます。プロとして。

そして俺は可能な限りの協力もします。飛行機、乗り物大好きだし、可能な限りの協力はする。けれども、いくら考えても、何も出来ない。自分が考える医者としての最低限の役割を発揮できない。それなのに、ほんのちょっとの返礼品に目がくらみ、医者としての責任を軽んじて、医者登録をしてしまったことに後悔している。
 
だから、“医者”としてではなく、超有能な“一般人”として、協力したい。
 
 


・そして、もう一つ、最大の問題がある。法整備の問題。


これも航空会社のHPには
『故意、重過失の場合を除き、当社が付保する損害賠償責任保険を適用』、
『機内で実施頂いた医療行為に起因して、医療行為を受けられたお客様に対する損害賠償責任が発生した場合、故意または重過失の場合を除き、弊社が主体となって対応させて頂きます。』と記載してくれています。
有難いですね。無論、医者として故意や重過失に相当する行為は行いません。
 
でも…そもそも訴えられたり、そこでトラブルが起こってしまった時点で、負けというか…とんでもない負担です。裁判にでもなったら、通常業務に差し支えます。周囲からは間違いなく、『余計なことして…』と思われるでしょう。
 
女性へのAED使用問題のように、それが医学的には確実に正しい行為であり、裁判になった場合に勝てる要素が十分であったとしても、裁判になった時点で、通常業務に差し支える時点で負担が大き過ぎです。そして、科学的に正しい行為をしても、感情的に文句を言う人間は一定数います。

善きサマリア人の法…
「災難に遭ったり急病になったりした人など(窮地の人)を救うために無償で善意の行動をとった場合、良識的かつ誠実にその人ができることをしたのなら、たとえ失敗しても結果責任を問われない」…
すらない日本では、法整備が不十分と言わざる得ない。
むしろ、善意でちゃんと真っ当な事をしていた場合、逆に裁判や滞ってしまった通常業務に関して、その負担を損害賠償、慰謝料として認めるくらいの判例が出ないと、安心して挙手できない。

医師としての責務は?と問われるならば、通常業務を遅滞なくこなすために、不用意にリスクに手を出さない事も、その責務に含まれると思う。

あくまで個人的な感想ですが…
最近は、外国人犯罪や男女差別問題等々、感情論なのか、科学的や論理的な是非以外での、判断基準を含めた、喧嘩両成敗に落ち着かせようとする判例が多い様に感じます。そんな中で、不必要な責任を負うことは、あまり賢いとは言えない。

それでも、私は医者で、病人を診るという技術に関しては、プロとしての自信と自覚はあるので…
無責任な有能な一般人として、最大限協力しようと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?