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検非違使別件 十 ⑱

 五位以上の位階を持つ貴族の邸は打ち破ってはならない。
 検非違使が鉾と弓矢で武装した下部の者たちを率いて右京三条にある藤原登任の邸を囲んだのは、そういう制約があってのことである。

 雨が降っていた。笠のへりを指で押し上げ、門前から尉の藤原有綱が大声で呼ばわった。
「中の者どもよく聞けっ。邸は取り囲んだ! 立て籠もって抵抗するでないぞ。すでに家司・伴家継を名乗っていた錦行連を捕縛しておる。鳥辺野の葬送地において、錦が引き連れていた賊にもことごとく縄目をつけたのだ。大人しく邸を出て、縛につけ!」
 裏口もふさがれていると知って、やがて酒の匂いをさせた男たちがすごすごと現れた。いままで表向きは、邸に詰める雑仕(召使い)や護衛の武士を装っていた無頼者たちである。
 驚いたことに能原門継および錦行連の一味は総勢二十人。中にはかつて、窃盗の罪を逃れようと三井寺に立て籠り、僧を殺傷した浜人丸という悪党もいた。
 全身を雨水で濡らし、後ろ手に縛り上げられながら憎まれ口を叩いたのはその浜人丸である。
「すぐに恩赦があらぁな。捕縛などご苦労なことじゃ」
 聞きとがめた仁木緒が、浜人丸の肩に食い込む縄を力任せに一層きつく締めあげた。
「我らが別当さまを甘く見るなよ。その悪事に染まった手を断ち切る肉刑にくけいもあり得るのだぞ」
 降りしきる雨足が激しくなった。
 邸や商家の窓から、捕縛された賊たちを引っ立てる検非違使の行列を人々がながめている。足元の水たまりから、一歩ごとに藁沓が水をふくんだ。
「これだけの人数……。暴動でも起こったら、獄舎はひとたまりもなく崩れてしまうわい」
 すぐ後ろを歩く紀成房がつぶやいた。そっと目だけで仁木緒は振り向いた。漆を塗っていないなえ烏帽子の上にかぶった笠のふちから、水滴がとめどなく落ちていく。
「しかし、右獄が使えぬ以上、左獄に詰め込むしかないでしょう」
「脱獄などされたらわしらが責を負わねばならぬ……。捕縛したはいいが、罪人を収容する獄がああも不備ではな……。困ったことよ」

 獄舎前に到着した。
「罪人ども、さっさと並べ!」
 泥水をはねあげ、坂上田頭男が笞を振り上げて男たちの列を見回った。
「人さまの邸に入り浸り、ぜいたくに酒も魚も口にしていただろうが、ここではおのれの罪を悔いて泣くがいい」
 木簡と筆を手に、仁木緒は未決囚たちの名前と容姿の特徴を囚人過状に書き入れていった。腕でかばうものの、木簡に走らせる墨が乾く間もなく降雨ににじんでいく。
「破戒僧の計永、左頬に傷跡あり、年頃は三十、色黒く矮躯。……越前の梅木丸、右耳と左足親指が欠けている、二十半ば。……三井寺の浜人丸、二十七歳、縮れ毛、小柄で乱杭歯、左すねに傷跡。太田麻呂、十七歳、色白三白眼、鼻にほくろあり。……日重童子、右目の上に傷跡、十五歳、矮躯、左ひじと左手の甲にそれぞれ二つのほくろあり。安芸の大牟呂、四十二歳……」
 罪人たちの特徴が書き止められると、傘からしずくをしたたらせて尉の藤原有綱が彼らをぐるりと見回した。やや足を開いて男たちの前に立ち、胸をそらす。
「その方らはおびとである海賊・能原門継に従い、右京三条の藤原登任さまの邸に家司として潜入していた錦行連の手引きで侵入。能原門継が舞姫を刺殺したとき、伎楽殿に放火。邸の主・藤原登任さまおよびご子息である僧二人に油をかけて焼殺に加担した。すべての罪を雑仕の荒彦にかぶせるためにのどをつぶし、口を利けぬようにして検非違使庁に差し出した」

 断罪の声を聴きながら、仁木緒は荒彦のことを考えていた。
 小泉庄で、荒彦は息を引き取った。昨夜のことだ。
 少しでも精がつくように、と鶏卵や米を届けていた仁木緒だった。看督長であるおのれが顔を出せば、荒彦の心が休まるまいと本人には挨拶せず、看病する泥蓮尼に届けてそそくさと帰っていた。
 何か予感があったのか、昨夜は泥蓮尼が荒彦のそばに仁木緒もいてほしいと懇願した。
 ……弟を獄につなぎ、監視をしていたのは、あなたのお役目だったからです。いまでは感謝しております。荒彦の身の潔白をあかしてくださったのですから……。どうぞ、今宵は枕元で荒彦を見舞ってやってくださいまし……
 泥蓮尼と仁木緒は荒彦の落ちくぼんだ眼窩と、突き出した頬骨を左右から見守った。衰弱しきった荒彦がうっすらとまぶたを開き、薄い膜がはった濁った視線で仁木緒を認めたようだった。うなずいたようでもあり、ただ唇を震わせだけのようでもあった。
 水を吸わせた布を指に巻き、泥蓮尼が荒彦のひび割れた唇にそっと押し当てる。一瞬、荒彦がかすかに笑みを浮かべた。それが最後だった。

(泥蓮尼は弟を取り戻した。だが、ああいう悲しい時間しかあの二人には許されなかったのだろうか……)
 獄舎で命を落とさずに、姉の泥蓮尼に看取られたのは救いだった。そう自分に言い聞かせるつもりはない。若い荒彦には、別の幸せな人生があったはずだ。
 藤原有綱の声は続いた。
「放火は(懲役刑)三年という決まりがある。おぬしらはそれに加えて、四人の命を奪ったのだ。しかも内三人は生きたまま焼死させた。これは八虐のうちの其の五・三人以上の殺害および肢体損壊による殺人である『不道』に相当する。その上、検非違使庁に虚偽の申告をし、不遜にも邸の財をほしいままに収奪しながらひと月余りも生活していた。……検非違使を詐術にかけるは、帝に対して大いなる不敬を働いたということである。これも八虐の其の六・大不敬に相当する。八虐……八つの罪はすべて死刑じゃ。おぬしら覚悟しておくがよい」

 雨漏りがする獄舎の屋根の中へ、罪人たちを進ませた。
 すでに房に収容され、穴をあけた木製の枷で首と両手首を拘束されている能原門継はぐったりとしていたが、その隣で同じく板の枷をつけられていた錦行連はまだ、生気が残っていた。手下たちを追い立てる看督長に唾を吐いた。
「このまま獄中で野垂れ死にじゃ。悪霊となってやるから覚悟しろッ」
「黙れ、おぬしらは人間じゃない。鬼だ。生きたまま悪霊そのものじゃ!」
 坂上田頭男が怒鳴りつけ、錦行連の額を蹴飛ばした。あおむけにひっくりかえったところを、肩をつかんで仁木緒は邪慳にゆすぶった。
「行連、お前らはなぜそこまで非道なことをしたっ。舞姫さゆり、登任さまとその二人の子息。そして荒彦が死んだ。しかも、能原門継は獄中で石見丸も刺し殺している。それ以前にも多くの人を手にかけた! きっと斬刑が執行されるだろう。それほどの罪を貴様らは犯したんだぞ」
 怯えるかと予測していたが、錦行連は隣の能原門継と顔を見合わせて薄笑いを浮かべた。
「罪だと? 死刑、斬刑だと? 笑わせるな。わしたちもバカじゃない。陰陽の考えから、立春から秋分までの『陽』の季節は『陰』である死罪を帝に奏上することも、執行することもできぬはず」
「その通りよ。しかも、帝には三度奏上する。そのたびに囚人の命を絶つ死罪を行ってよいかどうか、慎重に議されるはず。そのあいだに恩赦があるに違いない。ゆえに、死刑などあり得ぬわい。上つ方々がおのれの徳を積むために恩赦を施されるのだ。わしたちはすぐ都へ放たれるのさ」

 荒彦の息が消えたとき、泥蓮尼は取り乱したりしなかった。ただ一筋、大粒の涙を静かに流したのだ。まだ温かい死者の手を両手で包み、額に押し当てた。あまりに悲しみが大きすぎたのか、経を読むこともできずにいるようだった。

(この雨は荒彦の別離の涙かもしれぬ。一人この世へ残していく、姉の身を案じて流す涙ではないのか)
 薄笑いを浮かべている囚人たちをながめながら、仁木緒はこの雨がやむことはないのではないかと考えた。いまごろ荒彦の遺骸を囲み、多紀満老人とゆずか、千歳丸ととよめ、そして泥蓮尼が手を合わせて成仏を念じているだろう。この雨がやんだら、荒彦を葬送地へ運ばねばならない。仁木緒はその手伝いをしに行くつもりだった。
「見下げ果てた愚劣さだな、能原門継」
 板枷にはまった首をかしげ、なんだと、と能原門継がこちらをにらみあげる。その目つきは物騒ではあるものの、拘束されている上に憔悴しきった顔色のため迫力はない。
「あるかどうかも分からぬ恩赦を支えに、威勢を取り繕うしか能がないとはな」


 それでも季節はめぐった。
 晩秋の紅葉に虫の声が混じっている。仁木緒は庁の詰め所の蔀戸を開いて風を入れた。
 火鉢にかかった鉄瓶から熱い白湯を碗に注ぐ。その鼻先に、すっとカワラケが差し出された。顔を上げると、厳かな表情の橘貞麿が口を開いた。
「獄舎がこれ以上破損せぬよう、尼君から呪符をいただかねばならぬ」
 白湯をそこに注いでほしいわけではなさそうだった。
「なんだこれは?」
「カワラケの中に銅銭をいくらか投じてもらいたい。持ち合わせがないなら後日でもよいぞ」
 ここで言葉を切り、詰め所にいる同僚たちを見回して声を大きくした。
「銭がなければ豆一合か布一反でもよいのだ。みなで持ち寄った銭で、尼君から霊験あらたかな呪符を買い入れようではないか!」
 鉄瓶から自分の碗に白湯を満たし、坂上田頭男がそっぽを向く。仁木緒と紀成房が顔を見合わせた。
「呪符……以前、おぬしがイチイの木にべたべたと貼り付けていたな。あんなモノを手に入れてどうする」
「今度は怨霊除けではない。獄舎破損を防ぐための呪符じゃ」
 なぜか誇らしげに、もっともらしく言い放つ橘貞麿だった。彼を押しのけて、坂上田頭男が仁木緒に声をかけた。
「そういえば、おぬし。父上の周宜どのはお元気か?」
「うむ、相変わらず半身が不自由だというのに、騒がしくしている」
 思い返すと、父ほどの相談役はいないと改めて気づかされた。周宜の忠告通り文屋兼臣に鳥辺野へ行くことを届けていなかったら、仁木緒は泥蓮尼たちを守り切れず、賊たちに殺されていたはずだ。
「うらやましいのは周宜どのに、常に女がかしずいている……ということじゃ」
 紀成房が大げさなほどうっとりと嘆息した。世古のことらしい。
「わしもあやかりたくて、幾人もの女に声をかけているのだが……なかなか、これは! という女に出会えぬわい」
「出会ったらどうするのです」
「決まっている。二度と離さぬ。浮気もせぬわ」
 耳にして、仁木緒はふと泥蓮尼の顔を思い浮かべた。その顔に向かって胸の中で「二度と離さぬ」とそっとささやいた。
「なあ……獄舎が崩れぬよう呪符が必要じゃと思わんのか?」
 馴れ馴れしく橘貞麿が肩に手を回してくる。その手を振り払い、仁木緒は鼻孔から強く息を吐いた。
「もともと刑部省のイヤガラセのせいで別件扱いとなった事件を解決したんだ。しかも捕まえた賊たちの中には錦行連がいた。当然、刑部省が獄舎を再建するはず」
「そうそう、刑部省にとっては体面が悪かろうな。なにしろ錦景時さまの配下で、同族の行連が海賊一味であったのじゃ。これ以降は検非違使にヘタな横槍を入れられぬさ」
「その錦景時さまは一族から賊を出したことを咎められて、刑部省を去るそうな」
 紀成房の言葉に、仁木緒と坂上田頭男が同時に「えッ」と声をあげた。橘貞麿までもが息を飲んでいる。
「それでは……ご、獄舎再建についてどうなるのです。……あの方が仲介役のはずでは」
「うむ、トカゲの尻尾切り……じゃな。知らぬ顔を決め込んで、我らの獄舎再建嘆願の解文はこのままお流れとなるであろう」
 紀成房はどこか他人事のように白湯をすすっている。遠い目をしているから、諦観という悟りの境地に達しているのかもしれない。
「なんと……ッ。いい加減な。のんびり白湯など飲んでいる場合ではありません」
「無能なふりをしているだけと思って油断していたが、本当に無能だったとは、許せぬッ」
「別当さまが一番お怒りになっておられよう」
「……や、やはり、あやかし、怨霊の仕業じゃ……。検非違使の獄には悪霊、怨霊が巣くっている……。尼君から、呪符をいただかねば……」
「おぬしッ。いちいちうっとおしいぞッ」
 白湯の碗を置いて拳を振り上げた坂上田頭男を押しとどめ、仁木緒は頭を抱えている橘貞麿の肩をゆすった。
「ところで貞麿、おぬしに呪符を売り込むその尼君とは……まさか泥蓮尼じゃないだろうな?」
 弟の荒彦を脱獄させようと、泥蓮尼は獄舎周辺を歩いていたのだ。右京三条の邸にひそむ賊たちにすら、巫術を心得る尼僧だと信じ込ませた。橘貞麿のような男をたぶらかすなど、赤子の手をひねるようなものであろう。
(だが、荒彦を失って沈んでいたあの人だ。そのような呪符を売り歩くとは思えぬが……)

 梅雨時に弟が逝去してから、泥蓮尼はすっかり脱力してしまった。荒彦の頭髪をひと房切り取って、母の遺骨と共に木綿の袋に入れて常に持ち歩いていた。仁木緒が来訪すると弱々しくほほ笑みはするが、以前のような強い光りを瞳に宿すことはなかった。

 その泥蓮尼が、小泉庄の寺を去ったのだ。

「念のため、尼僧の名を教えろ」
「知らぬ。あの方は法名など、おっしゃられなかった」
「年ごろは二十歳そこそこ。目鼻立ちは凛とし、ぽってりと愛くるしい唇をしてはおらぬか?」
「いつも笠を目深くかぶってらっしゃって、顔立ちは一度として見たことがない」
「では、体つきは? 背は高いか? 華奢か? それとも」
「仁木緒、珍しくおぬしが女の話しをするかと思えば、尼僧か?」
 紀成房があきれて首を振る。
「……仏門におられるお方に色恋など、不毛なことぞ」
 確かにそうだ。仁木緒は胸の中でうつむいた。だが、いまは紀成房の相手をしている余裕はない。肩をつかんでいる橘貞麿から、その尼僧の特徴を聞き出そうとやっきになっていた。
「背丈は? おれの胸のあたりか? 柳のような腰をしてはいなかったか?」
「うむむ……いつも法衣を何枚も何枚もまとっておられる。さよう、肉布団が歩くがごとき重たげな動きで神仏の功力を説いておられ……」
 ちがう。ついに仁木緒も声を荒げた。
「そのようなうろんな尼僧が、いや尼僧かどうかも知れぬ者から、おぬしは呪符を買い付けようとしているのか! 我らのふところを当てにしてッ」
「だが、効力はある! 呪符のおかげで石川彦虫はいまだに化けて出てこぬではないかッ」
「ばかばかしい。怨霊だの霊験だのと! いつもおぬしは愚かしいぞ!」
「そうだそうだ、言ってやれ」
 坂上田頭男が膝を叩いて笑い声をあげた。普段、生真面目で落ち着いた仁木緒が熱くなっていることに、紀成房は少し意外そうな表情をしている。
(貞麿に泥蓮尼の手がかりを求めたおれがマヌケだった……)
 仁木緒の苛立ちの半分は、自分に向けられていた。同時に、感情をあらわにしたことで胸の奥でわだかまっていた屈託が少し晴れていくのを感じている。 

 荒彦を鳥辺野へ埋葬してから、数日おきに仁木緒は泥蓮尼を見舞っていた。元気づけてやりたかった。あなたは一人じゃないと伝えたかった。そしてやはり、荒彦を獄につないでいたことへの贖罪の念があったためだ。
 多忙な時間を割いて訪れる仁木緒の心理を、泥蓮尼は女特有の鋭さで察していただろう。仁木緒もまた、泥蓮尼がすがりたい思いを胸に秘めていることは察していた。
 お互い口にはしなかったが、手を握る以上の触れあいを求めていた。
 還俗し、おれと一緒になってくれ。あなたをゆりかと呼ばせてくれ。
 そう伝えられなかったのは、気がとがめたからだ。母と弟の不幸に打ちのめされた泥蓮尼の心の隙間につけ入るような、卑劣なマネはしたくなかった。
 迷い、その先へ進めずにいる仁木緒を泥蓮尼はどう感じただろう。
 尼僧という立場を捨てるきっかけを与えてもらえぬことで、落胆していたかもしれない。あるいは逆に、このまま仏道に進むことがおのれに残された唯一の道だと悟ったのかもしれなかった。

 泥蓮尼は姿を消したのだ。

 多紀満老人から知らされたときには、すでに泥蓮尼は小泉庄の寺にはいなかった。亡母の遺骨と弟の遺髪を胸に、明け方には発ったということだった。
 仁木緒へ伝言を残していた。
 ……故郷陸奥へ、二人を帰して参ります。どうぞお元気で……
 たったそれだけだった。
 ……なぜ引き止めなかったのですッ……
 仁木緒は多紀満老人をなじり、詰め寄った。
 ……いまあの国は、内乱のさなかではありませんか。鎮守府将軍にして国守くにのかみ・源頼義よりよしさまと嫡男の義家よしいえさまを敵に回し、勇猛な俘囚の長・安倍貞任が戦っている。安倍貞任の側近には、藤原経清つねきっよと申す名将もいると聞いています。……この戦はまだ長引くでしょう。戦火にあぶられている陸奥へあの方を旅立たせるなど、なぜそんなことができたのですッ。だいたい、陸奥まで無事にたどり着けるとは限らない。街道で盗賊や獣に襲われるかもしれぬ。……おれに知らせてくれたら、力づくでも行かせはしなかったものをッ……
 ……このおいぼれの説得など泥蓮尼さまのお心に届きましょうか? 引き止められるとしたらたったお一人です。だからこそ、あの方はあえて仁木緒さまと顔を合わさずに去ったのでございますよ……
 それ以上、多紀満老人を責めても仕方のないことだった。
 別離の和歌を詠まれるよりも、長々とした文をもらうよりも、泥蓮尼の胸中にある葛藤を仁木緒は感じ取っていた。
 伝言に添えて多紀満老人は言った。
 ……必ずお戻りになると信じておりますよ。孫のゆずかに、再び笛を教授しに。……なによりも、仁木緒さまと再会するために……

 陸奥へ、二人を帰して参ります……残された言葉は都へ戻って来ることをほのめかしているようでもあり、旅の途中あるいは陸奥国で命を落とすことを覚悟しているようでもあった。

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