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書籍の紹介 コーマック・マッカーシー「国境三部作」

 現代アメリカを代表する作家、コーマック・マッカーシーの「国境三部作(ボーダー・トリロジー)」を読了しました。
 ち密な情景描写と自然と人間の在り方や哲学、歴史(メキシコ革命、一次大戦など)を織り交ぜて、「未来への警鐘としての寓話」とも解釈できるかもしれない作品群でした。

「すべての美しい馬」 あらすじ


16歳のジョン・グレイディ・コールは親友のロリンズとともに、牧童の仕事を求めてメキシコへ旅立つ。途中、馬を連れたブレヴィンスという少年(たぶん10才前後)と行動を共にする。
ブレヴィンスと別れたのち、牧場に勤めるジョン・グレイディは牧場主の娘・アレハンドラと相思相愛に。
突然警察が「馬どろぼうのブレヴィンスの仲間」としてジョン・グレイディとコリンズを逮捕。牢獄への移送中、ブレヴィンスは警察署長によって射殺されます。(実は濡れ衣だと発覚することを恐れての殺害)
アレハンドラの祖母は「孫娘とジョン・グレイディが二度と会わない」ことを条件に、警察に圧力をかけてジョン・グレイディとコリンズを釈放させます。
コリンズはこれを機に故郷へ帰ることを決意。
アレハンドラと親友を失い、ジョン・グレイディはブレヴィンスの馬と命を奪った上に自分を投獄した警察署長への復讐を果たす……。

「越境」 あらすじ


「すべての美しい馬」より8年か9年前の時代設定。主人公はビリー・パーハムという16歳の少年。ボイドという弟がいます。
ビリーが原野を見回っていて発見したのは、罠にかかったメス狼。しかも妊娠していることに気づき、狼を故郷のメキシコへ連れて行ってやろうと衝動的に越境します。
ところがメキシコでは不法入国者として拘束され、狼は奪われて祭りの見世物として闘犬をけしかけられます。ずたずたになっても闘おうとするメス狼を思い余って射殺したビリー。
狼を埋葬し、アメリカへ帰宅してみれば、両親は強盗団に殺されて馬を盗まれ、生き残っていたのは弟のボイドだけ。
盗まれた馬を求めて、ビリーはボイドと共に再びメキシコヘ入国。
ボイドは馬の扱いに長けていて向こう見ずな性格が、とある少女(最後まで名前がなかった)に愛されます。ボイドはその少女と共にビリーから離れ、ビリーは一人で弟と馬を探し求める旅を続けるうち、盲目の世捨て人やさまざまな人たちからメキシコの革命前後の悲劇を耳にします。
ボイドと再会し、馬どろぼうたちが転売した自分たちの馬を奪い返すものの、ボイドは凶弾によって命を奪われます。ボイドは英雄として手厚く村人に埋葬されるものの、ビリーは納得できず遺骨を持ち出して帰郷します。

「平原の町」 あらすじ


メキシコの町フアレスと国境線リオ・グランデ川をはさんだアメリカ・ニューメキシコ州の牧場で、牧童として働くジョン・グレイディ(19歳) 相棒は28歳になったビリー・パーハム。
越境してフアレスの娼婦、マグダレーナと恋に落ちたジョン・グレイディは彼女と結婚の約束を取りつけます。
若く美貌のマグダレーナに執着しているのは娼館の支配人・エドゥアルド(ナイフ使い)
ジョン・グレイディはビリーたちの反対を押し切ってマグダレーナを手に入れるべく馬を売り、大金を作り山の上に建つログハウスの手入れをします。
いざ彼女を迎えるため越境してみれば、マグダレーナはナイフでのどを切り裂かれ、川辺で遺体となって発見されます。
彼女を殺害したエドゥアルドと対決するジョン・グレイディ。
殺人犯として警察に追われ、大けがを負ってかくまわれていたジョン・グレイディはビリーに看取られてこの世を去ります。
エピローグではビリーは老人となり、ほとんどホームレスとなってふと食べ物を分け合った男と「特別な夢」について議論します。以下、後半の抜粋です。
『人が死ぬのはいつだって他人のかわりに死ぬんだ。そして死は誰にでも訪れるものだからそれへの恐怖がすくなくなるのは自分のかわりに死んでくれた人を愛するときだけだ。(略)その人はすべての人でありおれたちのかわりに裁判にかけられたがやがておれたちの時がきたらおれたちはその人たちのために立たなければならない。あんたはあの人を愛しているか? あの人がとった道に敬意を覚えるか? あの人の物語に耳を傾ける気はあるか?』
その人はすべての人でありおれたちのかわりに裁判にかけられたが……あの人がとった道に敬意を覚えるか? とは印象的な問いかけです。
文中にある「その人」「あの人」とはキリストでしょうか? それともビリーが失った弟のボイドや相棒のジョン・グレイディでしょうか? あるいは失った世界そのものでしょうか?
やがてビリーは善意ある家族に引き取られて、その家の主婦に弟のことを打ち明ける場面で物語は終わります。

 三部作の二人の主人公は馬や狼、あるいはインディアンといった野生とつながっていた存在に心惹かれ、ある意味では「妄想の中のあこがれの地」としてメキシコを意識しています。その妄想ゆえにジョン・グレイディは愛する女性のために復讐し、ビリー・パーハムはさまざまな人々の物語に耳を傾けます。
 なぜこの作家はこういう構成で小説を書いたのだろう?
 句読点が少なく、会話のカギカッコは無し。章をほとんどもうけないため、電子書籍でもインタラクディブ目次からのページごとのジャンプが不可能。
 それでも文脈に流れる熱気が読む人をつかんで離しません。
 翻訳者の黒原敏行氏の「訳者あとがき」の中で「フォークナーの『熊』にも匹敵すると評されている」とお書きになっていたため、急遽その「フォークナー短編集」にも目を通しました。


 なるほど……文体は似ていますね。
 しかも、開発のために破壊されてゆく自然の中で狩猟をアイデンティティとする少年・アイクが主人公
 インディアンの血を引く「心の父」ともいうべき老人からの導きと獰猛な猟犬、狡猾な熊との関りがアイクを成長させます。
 やがてアイクは老人となり、わずかに残った森林の中で狩猟を続ける……という物語。
 色々と考えさせられる読書時間でした。

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