【現代表記】 福沢諭吉 「ライフル操法」 (ライフルの掃除)
底本には小泉信三監修『福澤諭吉全集』第二巻(再版)所収の「雷銃操法」を使用した。
第3編
下た稽古
第1条 手銃の掃除
雷銃の掃除は生兵を教ゆる手始なり。此教に於ては先ず雷銃諸具の名を知らしめ、掃除の規則と銃の手持方とを教ゆ。平日銃の手持方宜しからざれば、放発を精密にすること能わざるが故に、此事を士卒に心掛けしむる為めには、丁寧反覆して力を尽さざる可らず。
第1教
掛金の諸道具並に雷銃の部分の名を示し、又掛金の解き様を教ゆ。
第1図は掛金の諸道具並に之を解く順序を示すものなり。
第2図は雷銃諸部分の名を示すものなり。
↓は挿絵の画像リンクです。
第1図
第2図
掛金の解き様左の如し
第1 心金の螺旋を抜く。
第2 十分に打金を引揚げ、万力にて大弾きを挟み置き、然る後に打金を卸して、弾きを去る。
第3 小弾きの螺旋を少しく弛るめ、小弾きの曲りと地板との間に三つ胯の端を入れ、弾きの足を地板より引揚げ、然る後に全く螺旋を抜き、小弾きを脱す。
第4 留金の螺旋を抜て留金を脱す。
第5 轡金の螺旋を抜て轡金を脱す。
第6 木片を以て打金の本を二つ三つ叩いて之を脱すべし。
第7 心金を脱す。
第8 舞金と心金とを分つ。
第2教
掛金諸道具の部分の名を示す。第2葉の図を見るべし。
↓は挿絵の画像リンクです。
第2葉の図(1)
第2葉の図(2)
第3教
掛金並に雷銃を掃除する法を教ゆ。
掛金の掃除
第1章 掛金を解くときは、先ず油布巾にて其諸道具を磨き、次ぎに乾きたる切れを以て之を拭うべし。
第2章 心軸の孔等に班痕あるとも、決して砥の粉の類を以て之を磨く可らず。元来掛金の諸道具は、其外面のみ剛鉄にて、内部は軟鉄なるゆえ、若し砥の粉にて外面の剛鉄を磨き消し、下より軟鉄露るれば、錆を生ずること速かなるべし。
第3章 掛金を組立つるとき螺旋、心軸、舞金の軸には油を塗るべし。
第4章 右の外、油を塗るべき所は、留金の鼻及び留金と小弾きとの間なり。
油を塗るには羽根又は楊枝の端にて、少しずつ用ゆべし。油を塗ること多に過れば、却て諸道具の運転を妨るものなり。
雷銃の掃除
第5章 打金を十分に引揚げ、込矢を抜く可し。
第6章 込矢の端に布切れ(毛織物の方宜し)又は麻屑を巻くべし。
第7章 左の手を伸ばして筒を持ち、食指と大指とを筒口に平面にして握り廻わし、台尻を地に付け、火門の方を下にすべし。
第8章 筒の中に少しく水を入れ、込矢を上下に動かして膅中を洗い、其水は火門より出だす。斯く幾度も洗て、火門より出づる水、清浄となるに至て止む。但し膅中に水を入るるとき、筒と台との間、又は掛金の中に、水の入らざるよう用心すること緊要なり。
第9章 布切れ又は麻屑を以て膅中を拭い、全く湿気を取り、次で油布巾にて再び之を拭い、終て筒口に栓を挿すべし。
放発のとき、火門の周囲に附着したる汚垢を拭うにも、水を用ゆ可らず。又は刃物を用ゆるも厳禁なり。
筒の掃除終れば、火門及び打金の口をよく拭て、打金を卸す可し。
第10章 雷銃の膅中を掃除するに、鉤を附けたる棒を用ゆるは厳禁なり。
第11章 毎朝雷銃を用ゆる前には、膅中をよく拭て乾かすべし。
第12章 右条々の規則に従て掃除を怠たらざれば、筒に錆を生ずること少く、且筒と台とを取離すの患なかるべし。但し筒を取離すは大に宜しからざることなり。
第13章 台木に水の染込むを防ぎ、且木色に光沢を附るため、油を以て台を拭うべし。又筒の下に水の入るを防ぐため、筒と台との間に蜜蝋を塗り、掛金の下にも之を塗るべし。
エストリ・リチャルド氏が発明したる本と込の雷銃を取扱うには、上の条々に異なる所あり。即ち左の如し。
第5章 筒尻を開て膅中を見るべし。
第6章 湿たる布巾又は毛織物にて膅中の垢を去り、次ぎに之を拭い、油を塗るべし。
第7章 湿たる布巾にてフラップの内面、之に附属せる栓、及び箱を拭て垢を去り、之を乾かして油を塗るべし。
第8章 フラップの端、及び其関節の所に、少しく油を点ずべし。
第9章 火門及び打金の口を拭て打金を卸すべし。
第4教
掛金の組立
第1 舞金を心金に附く。
第2 地板にある心軸の孔に心金を入れ、心金の体を地板の後釘に押し付く。
第3 心金の軸に轡金を合わせ、其釘を地板に拑め、轡金の螺旋を捻込む。
第4 轡金と地板との間に留金を入れ、其鼻を心金に当てて留金の螺旋を捻込む。
此螺旋は地板に深く入ることを防ぐため、螺旋の終に段あり。
第5 小弾きの螺旋を少しく地板に捻込み、左手の大指にて小弾きを留金の体に押付け、其足を地板の孔に入れて後に、全く小弾きの螺旋を捻込む。
第6 打金を心金の方心に拑め、心金の螺旋を捻込む。但し打金は卸したる所に定むべし。
第7 舞金の軸を大弾きの爪に掛け、大弾きの足を地板に拑めて、其鉤を地板の前釘に押付け、打金を十分に引揚げて、大弾きの万力を脱す。斯の如く組立て終て、掛金の工合を試み、打金を半分引揚げ置くべし。
第5教
掛金諸道具の作用を説く
第1大弾き 此弾きは心金を弾きて打金を落とす為めのものにて、其足は地板の孔に入り、其鉤は地板の前釘に掛かりて、共に弾き金の働を丈夫にするものなり。
第2小弾き 此弾きは留金を弾くものなり。打金を引揚げて心金を転わすときは、弾き金の趾、留金の体を押え、留金の鼻をして心金の切れ目に入らしむ。
小弾きの足、並に其螺旋は、弾き金を地板に附着せしむる為めのものなり。
第3留金 留金は心金の転回の半分或は十分の所にて留むる為めのものなり。
留金の鼻は正しく心金の切れ目に符合せざる可らず。
留金の腕は引金の働く所なり。引金を引けば、留金の鼻を心金の第二切より脱して、大弾きの弾力を受くべし。
第6教
第4轡金 轡金は心金及び留金を其場所に維持するものにて、轡金の釘は地板の孔に符合し、留金及び轡金の螺旋と共に、轡金を固くするものなり。
第5打金 打金は心金に附て雷管を打つものなり。
第6心金 心金は諸道具の中、最も緊要なる品なり。地板と轡金との間に転回して打金を動かすが故に、其体質大丈夫にして大弾きの力に堪えざる可らず。
其側面にある二つの切れ目は、打金を揚げて雷管を付け、随て打金を落とす為めに設けたるものなり。
第一切の形ちは、其尖りたる角度、両方相同じからず。一方は緩にして一方は急なり。斯の如くして留金の鼻を保つが故に、第一切に打金を掛けたるときは、力を尽して引金を引くとも、留金の鼻を折る歟、或は切れ目の尖りを潰すに非ざれば、打金の落ることなし。
第二切は少しの力を用いて留金の鼻を脱す可きものなるが故に、其尖りたる角度、両方同様なり。
第二切も第一切も其円き勾配は正しく一様にして、心金の働を妨ぐ可らず。若し其勾配一様ならずして、第一切の端、突起しなば、第一切より留金の鼻を脱して打金を落とすとき、第一切に留めらるべし。之に反して第一切の端、平低に過ぎなば、打金を半分引揚げたるとき誤て落るの患あるべし。
心金の茎は舞金を以て大弾きと相接続する所なり。
第7地板 地板は掛金の諸道具を取付る台なり。其前釘は大弾きの鉤を受け、後釘は心金の転ずるを適宜の所にて留むるものなり。
第7教
雷銃及び弾薬の損敗して用に適せざる所以を説き、又其損敗を防ぎ之を修覆する法を示す。
第1 掛金の運転を自由にし、其作用を誤ることなからしむるには、第一地板を平面に作り、諸道具の螺旋、釘、軸、共に真直ならざる可らず。
第2空落 空落とは打金の落ち易きを云う。留金及び其他螺旋の弛るみたるに由て空落のすると思うは心得違なり。留金等の弛るむときは、諸道具の部分を磨滅して、一般に掛金の工合を損すれども、空落の原因となるものには非らず。
打金の落ち易きは、心金の第二切と留金の鼻との符合、宜しからざる歟、或は小弾きの強きに過るに由て然るものなるが故に、職人に命ずれば其修覆、容易に出来すべし。但し決して兵卒の手を以て之を取扱う可らず。
第3木咬 台木の内に掛金を咬み締めて、諸道具の運転、自由ならざるを云う。其原因は台木に湿気を含て膨張するよりして故障を起すものなれば、掛金を銃台に附るとき、其側面の螺旋を緩く捻し、螺旋の端を地板より出だす可らず。
第4不発 雷管又は火薬の発せざるを云う。其原因2つあり。
其1
兵卒の油断より起る。即心金の軸及び心軸の孔に錆を生じて、打金の運転を妨げ、雷管を砕くこと能わざるに由てなり。火門の汚がれたるに由てなり。火門に雷管を附るとき、十分に押付けずして、打金の力を妨ぐるに由てなり。故に雷銃を掃除するとき、火門の垢をよく去り、心軸の孔より水の入らざるよう意を用い、下た稽古第5条の雷管打ちを勉強するは、甚大切なることなり。
其2
兵卒の不調法に非らず、雷銃の職人に命じて道具の部分を改正すべき箇条あり。即ち大弾きの力、弱きことあり。通火の孔、小なることあり(通火の孔とは雷管の火気を装薬に通ずる孔を云う)。火門の螺旋、長きに過ぎ、其端にて通火の孔を塞ぎ、之に由て装薬の薬室に入るを妨ぐることあり。火門の口、大に過ぎ、或は短に過ぎて、雷管は合わざることあり。
第8教
第5筒 兵卒は、其雷銃を枉げざるよう、之に疵を付けざるよう、格別に心を用いざる可らず。平生謹慎して之を取扱えば、容易に損するものに非らざれども、若し疎漏にして之を枉げ或は疵を付ることあれば、放発に妨を為すこと最も大なり。故に兵卒たらんものは、何等の事あるとも、雷銃を以て物を荷う等、其主用に非らざるより外の事に之を用ゆ可らず。
兵卒若し其手銃に疵付き又は枉がれると心付くことあらば、直に其次第を士官に報ずべし。
第6 雷銃を棚に掛るに、手荒く取扱い、或は之を無法に積立るときは、動もすれば倒れて枉がりを生じ、再び修覆す可らざることあり。殊に筒口の所は薄くして最も疵を受け易し。
第7 前狙いは枉がらざるよう潰れざるよう格別に注意して之を保つべし。
第8 錆の生ずる原因は湿気と空気とに在るが故に、筒の錆を防ぐには、膅中を十分に乾わかし、筒口には常に栓を挿し、火門にも火門蓋を覆うて空気を防ぐべし。
膅中に漸く錆を生ずれば、玉込を妨げ、玉の膨張を妨げ、玉の転回を妨げ、膅中の筋に従うを妨げ、或は玉と玉の栓木とを分つ等の故障ありて、遂に其雷銃は不用に属すべし。
第9 兵卒は玉込を為すとき、其玉のよく火薬の所まで届くや否を注意すべく、又戦列点放のときは、筒口を地に着けざるよう用心すべし。若し誤て筒口を地に着ることあれば、其兵卒は陣列を離れて筒の掃除を為さざる可らず。但し筒口に故障ある歟、又は装薬と玉との間に透き間あるを顧みずして放発すれば、筒の破烈することあるものなり。
筒口より塵の入りたるとき、玉を抜くには、格別に注意して膅中を洗うべし。若し膅中に塵の残りありて、次ぎの玉込のとき、装薬と共に筒の底に下ることあれば、筒を破列し、或は膅中に疵を生ず可し。
第10玉薬 胴乱の掃除は平生よく心掛可し。然らざれば銃包の外面に塵垢の附くことあり。
第11 胴乱の内に銃包を詰めてゆるきことあらば、包の外面に紙を巻て之を固くし、以て其損傷を防ぐべし。
玉薬を貯えて其損傷を防ぐには、胴乱の内に固く詰込て、銃包の間に透き間のなきようすべし。
第12 火薬に湿気を含むときは、其発力弱く、且雷管の火を取ること能わざるが故に、銃包並に雷管は、常に注意して乾かし置べし。
第13 玉込を為したる雷銃を雨に曝らすは甚宜しからざることなれば、成る可き丈け之を避くべしと雖ども、若し止むを得ざるときは、火門に獣脂、蜜蝋、或は柔かなる木の栓を挿し、其上に雷管を附くべし。
雷管を程よく火門に押付れば、管薬の発するとき、其下にある脂、蝋、木栓は一時に飛散して、点火の妨を為すことなし。
第14 無級士官並に兵卒は、師範役より業前熟達の免許を得るに非ざれば、掛金を台より脱し其諸道具を解き離す可らず。
又筒と台とを解き離すは稀なることにて、且之を解くときに筒口を損せざるよう格別注意すべきことなるが故に、必ず之を兵隊附属の職人に命ずべし。殊に尋常の螺旋抜きは、筒尻の螺旋を動かすに用ゆ可らず。(無級士官とは、唯政府より委任の権を受けざる士官にて、全く身分の階級なきものには非らず。即ちコルポラール、セルゼアントの類、是なり。原語にノン・コムミッションド・オフィシルと云う。他これに同じ。)
第15 掛金の弾きの強弱を試る法、左の如し。
大弾きの強弱
打金を半分引揚げて、其冠に分銅を掛け、大弾きの力に勝て打金を揚るまでに釣り合わせ、其分銅の重さ13ポント乃至14ポントなるを適宜とす。(1ポントは我120匁強に当る。以下同じ。)
小弾きの強弱
打金を落とし、留金の腕に分銅を掛けて、小弾きの力に勝つまでに之を釣り合わせ、其分銅の重さ7ポント半なるを適宜とす。
引金なくして打金を落とす力の強弱
打金を十分に引揚げて、留金の腕に分銅を掛け、留金の鼻を心金の第二切より脱して打金を落とすまでに之を釣り合わせ、其重さ13ポント乃至14ポントなるを適宜とす。
引金を引いて打金を落とす力の強弱
打金を十分に引揚げて、引金に分銅を掛け、留金の鼻を心金の第二切より脱して打金を落とすまでに之を釣り合わせ、其重さ7ポント乃至8ポントなるを適宜とす。
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