【現代表記】 福沢諭吉 「ライフル操法」 (身構えの稽古)
底本には小泉信三監修『福澤諭吉全集』第二巻(再版)所収の「雷銃操法」を使用した。
第4条
身構えの稽古
第1
此稽古に於ては生兵並に熟練したる兵卒をして放発の身構えを為さしめ、或は立ち或は跪き、一々其運動に気を付て、狙いを誤ることなきを専一とす。其大趣意は、正しき身構えに筋骨を習し、雷銃を自由に取扱い、手と眼との間の釣合いを取ることなり。手の働は固より眼に従うものなれども、尚又これを実地に施し、眼の向う所には雷銃の筒先も向い、従て指も引金に触るる如く、自然に練磨の功を積ざる可らず。
第2
小隊の調練に於ては、兵卒を列に並ばしめて玉込放発の身構えを教ゆることなれども、今此条に云う所の身構えの稽古は、銃術の教師にて格別に意を用いて、1人ずつに放発することを教ゆるものなり。
第3
身構えの稽古をするには、兵卒をして進行の列を為さしめ、立つときは雷銃の剣をはめ、跪くときはこれを外す。稽古人の数は、教師1人に付、10人より多かる可らず。此人数を1列に並らべ、人と人との間は1歩ずつ離れて、的を距ること適宜の所に止らしむ。
第4
此稽古を始る前に、教師は兵卒をして各々其狙う所の的に目を付けしむ。但し其的は屯所の壁に黒く画きたるものにて、大さ銭の如く(差渡し8分ばかり)其中に4、5分計の白き星を記せり。的の高さは3フート、的と的との間も亦3フートなり。
第5
指揮官は、一通り身構えの稽古を終れば、更に又これを始る手続きを為す。殊に其第1段第2段の稽古は幾度も繰返す可きものなり。故に中隊の兵卒も10人ずつに分ち、其士官の直伝にて度々身構えの稽古を為すことあり。
第1段
此第1段の稽古に於ては、兵卒をして雷銃を巧に取扱わしむるを専一の趣意とし、其左の腕を達者にし、左の手先を以て自由に雷銃を取舞わし、眼の向う所に従い、体を動さずして雷銃を肩まで上ることに馴れしむ。故に此箇条の出来るまでは幾度も運動を繰返し、少しの不出来にても見通す可らず。且教師たらん者は、其不出来なる所を一々説得し、斯る不出来を等閑にしては、実地に施し斯る不都合ある可しとのことを心得しむ可し。
稽古に取掛る前、号令の言葉、左の如し。
「号令次第、前列又は後列、或は立ち或は跪き、身構えの稽古、第1段」
斯く前以て1度号令を下し置き、次に又号令すること左の如し。
「幾ヤールドの所、用意」
此号令にて稽古人は「肩へ筒」の身構より運動を始む。
此運動に於て、教師は格別に心を用いて、稽古人の身構えを見る可し。第1、左の手を以て固く雷銃を持つこと。其持つ所は第3番の輪金の下にて、地板の座には手を掛く可らず。即ち此部分は筒を構るときに持つ所なり。第2、用心金の下に右の手の指を掛ること。第3、体は真直に立ち、左の方は胸より足に至るまで一直線たること。第4、頭を曲げず、足は曲金の形に踏分ること。第5、眼は的の方に向い、頭も同様たるべきこと。
跪くときは、右の足と膝とを程よく構えて、体を固くして右の踵に腰を据べし。
「構え」
此号令にて、兵卒は以前の身構えにして、体、頭、眼、手先、共に少しも動かさず、急に左の腕を伸して右の肩の前に筒を上げ、後の狙いを立て、台尻の上面を肩の高さと一様にし、筒先は的より2、3寸低くし、右の手の指を用心金の内に入れ、臂を下の方に曲ぐべし。
斯く身構えを為し、又「初へ返れ」との号令を掛て、再び最初より仕直し、幾度も繰返して其不出来を改め、十分に出来たる所にて、「構え」「2」「3」と号令するなり。
「2」
此号令にて、右の肩の窪に台尻〈ブット〉を当て、左の手にこれを押付く。又同時に左の臂を筒〈バーレル〉の下に入れ、右の臂も大抵同様にして、右の肩の前に出す。斯く両臂を筒の下に入るるは、其構え方を丈夫にするためなり。但し体、頭、眼、手先は少しも動かさず、指は鉤の形に屈げて引金〈トリッグル〉の前にあれども、これを押すことなし。
跪くときは、左の臂を左の膝の上に置く。
「3」
此号令にて、指を引金〈トリッグル〉より外して用心金〈トリッグル・ガールド〉の下に置き、玉込の身構えを為す。但し体、頭、眼、手先は動かすことなし。
「弾き金弛め」「筒卸せ」「筒放せ」
此3の号令にて定式の運動を為し終る。
右の如く号令を施して一と通りの運動を終れば、次で又稽古人に自分にて運動の遅速を見計い、最初からの手続を繰返して稽古せしむ。其時の号令左の如し。
「1段の稽古遅速見計い」
此号令にて用意をさせ置き、次に又左の如く号令す。
「構え」
此号令にて、稽古人は互に其運動の遅速を見合せて、最初からの手続を為す。
「止め」
此号令にて玉込の身構えを為し終る。
「弾き金弛め」「筒卸せ」「筒放せ」
此3の号令、定式の如し。
第2段
第2段の稽古は、兵卒へ筒〈バーレル〉を構える運動を教込むことなり。初の号令左の如し。
「号令次第、前列又は後列、或は立ち或は跪き、身構えの稽古、第2段」
斯く号令を下し置き、次に又号令すること左の如し。
「幾ヤールドの所、用意」
此号令にて「肩へ筒」の身構えより運動を始め、教師は矢張り第1段に記せし箇条に心を用ゆべし。
「構え」
此号令にて、小隊〈プラトーン〉調練第1段の第1第2の運動を合せて、後の狙い〈バーカ・シャイト〉の切目より的を見通す。
「2」
此号令にて筒先を上げ、前の狙い〈フォール・シャイト〉と後の狙い〈バーカ・シャイト〉とを合せて的を見通し、眼、腕、手先を少しも動かすことなく少しも震わすことなく、引金〈トリッグル〉を引て打金〈ハムマル〉を皆引上ぐ可し。
右の如く運動終て、又「初へ返れ」との号令を下し、幾度も其順序を繰返す可し。真直に体を構え各々其狙いし的を見て眼を動かさざるよう、兵卒へ心得しむこと肝要なり。
「弾き金弛め」「筒卸せ」「筒放せ」
右3の号令、定式の如し。
第3段
此稽古に於ては、専ら眼と手との釣合を馴らすことにて、中りを求むるには欠く可らざる箇条なり。故に兵卒たらんものは、稽古の時にあらずとも、平生これを心掛て怠らざるよう、丁寧に云い聞かす可し。但し狙う可き目当なくして筒〈バーレル〉を構るは無用たる可きなり。此稽古を始るときの号令左の如し。
「号令次第、前列又は後列、或は立ち或は跪き、身構えの稽古、第3段」
右の如く一と通り号令を下し置き、又号令すること左の如し。
「込」
此号令にて、「筒卸せ」の身構えより、急に玉込を為す。但し筒先込の雷銃〈ライフル〉なれば、込矢を回わし、右の方より手数の順を計て、雷管を付るまでの身構えをなす。教師は各々兵卒の身構えに気を付け、其次の運動を為す可きや否を見る。
「幾ヤールドの所、用意」或は「前列又は後列、跪き、幾ヤールドの所、用意」
此号令にて、狙いを加減し、打金〈ハムマル〉を皆引揚て、的の方を見る。
「銘々打方」
右の如く、前以て用意の号令を下し置き、
「始め」
此号令にて、兵卒は左右同列の人に拘わらず、自分にて運動の遅速を見計い、雷管を打ち、又玉込の身構えを為して玉を込む。
「打方止め」
此号令にて、兵卒皆玉込を終り、筒〈バーレル〉を卸す。
稽古人は、立つ身構えにて、右3段の稽古を一と通り終り、次には又跪て同様の身構えを為す可し。筒〈バーレル〉を構えたるときは、兵卒の身構えを細密に吟味せざる可らず。即ち狙いは前後共に真直に立つ可し。筒は左の手を以て固く肩へ押付べし。引金〈トリッグル〉を引くには筒先を下げず、打金〈ハムマル〉の落るまでは腕、手先共に少しも動かす可らず。眼は的を見張て打金の落ちし後までも脇を見る可らず。教師は稽古の間、其引受の稽古人を1人ずつ順々に気を付け、其身構えの不出来を見出してはこれを改めさせ、又或は稽古人の前に立ち、自分の眼を的にしてこれを狙わせ、其狙いを付る遅速と、引金を引くとき狙いを動かすことなきや否を試む。斯く丁寧に心を用いて其不出来を見出せば、其度毎に「初へ返れ」との号令を掛て、又筒を構えさせ、3度も4度も繰返して後に、玉込の身構えに及ぶ可し。
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