【現代表記】 福沢諭吉 「英国 議事院談」 (選挙吟味の事)
底本には小泉信三監修『福澤諭吉全集』第二巻(再版)所収の「英國議事院談」を使用した。
選挙吟味の事
第1世ゼームス(1603年即位)王の時に当り、初回の議事院を開きしとき全権の者を命じ、議員選挙の事に付き愁訴する者の情実を吟味せしめたるの例あり。其後も亦先例に従い、会議の度毎に全権を命じ、方今は特選の議員をして此事を司どらしむ。(特選の議員とは、議人中より更に人物を選て、一種の事を取扱わしむるものなり。)此例は第3世ジョージ王の世に始り、現今女王即位の後に至りて尚又此法を改めたり。此法に拠れば、選挙の愁訴に三種あり。第一、選挙の法正しからざる事を訴え、第二、議員選挙の命令に記したる趣意に従て人物を建言せざる事を訴え、第三、建言の趣意宜しからざる事を訴るなり。此三箇条を訴る者は左の人物に限る。即ち第一、議員を選挙し或は之を選挙するの権ある者、第二、選挙せらるべき権ありとて其趣意を述たる者、第三、選挙の会に於て既に其人選に当れりとの趣意を述る者、是なり。又既に議員の列に加わりたる人に事故ありて其位を失わんとするとき、本人にて自から弁解すること能わざる歟、又は弁解を費して位を保つを欲せざる者あれば、選挙人たる者は傍より其人の為めに議論して位を保たしむべし。
選挙愁訴の書面を出だすには日限ありて、之を下院に披露するには一議員の取次を以てす。且又之を訴る者は其私心妄挙ならざるを表するが為め、証拠として1000ポントの金を出だし、之をバンク・オフ・エンゲランドと云う銀坐に納め置くを法とす。斯く証金を出だしたる後、事故ありて愁訴の書面を願い下げにせんとするときは、最初より此一条に付き取次の議員にて費したる諸雑費を、訴人へ償わしむるの法なり。
旧典に拠れば、下院にて選挙の愁訴を取扱うに定式の日限あり。此時に出席の議員100名あれば、其内より入札にて先ず30人を選び、此30人の内にて又互に入札を以て1人ずつ人員を省き、遂に11人を残し、此11人をして愁訴の事を処置せしむるの法なりしが、近来は此法を改め、毎年会議の始るときに当り、議長の命にて選挙の総裁なる者1人を選び、総裁は又衆議員の内より人物4名(一本に5人と記したり。総裁を合して5人と為すものなるべし。)を選て選挙愁訴の事を司らしむ。之を特選の議員と名け、又之が為め下院の衆議員を五局に分ち、一局中に一人の頭取を定め、之を一局のチェーヤマンと称す。
右の如く選挙の愁訴を処するの法は其体裁甚だ厳なりと雖ども、其実は旧典ありて、願訴する者は必ず其願訴する所以の趣意を詳かに願書中に述るの法なるが故に、只書中の趣意を聴くのみにして、仮令不分明なる箇条あるとも他に証拠を求ることなし。
特選の議員は毎日議事院に出席して其職を奉じ、或は会議の終らんとすることあるも、自己の権を以て24時の内は之を延期すべし。又或は王命にて会議を休むことあるとも、特選の議員は其議論を全く止むることなく、只之を再会の時まで延期するのみ。
特選の議員にて決議したることは、之を決して又変ずべからず。選挙の当否を糺し、願訴人の旨意を聞き、入札を以て其理非を定め、愁訴の旨意に左袒する者多ければ、之を選挙すべき者と決し、或は選挙すべからざる者を選挙したることあれば、初度の選挙を廃し、改めて選挙の法を施行す可しと決するなり。
選挙の事に付き不平を訴え、或は其訴に対して異論を述べ、確実なる証拠なき者は、選挙掛の議員(即ち特選の議員)にて其妄慢を責め、無益の煩労を起したりとて償金を出さしむるの権あり。
前条に掲示せる選挙の愁訴三箇条の外に、又一種の訴えあり。此訴えは賄賂公行の事に付き不平を述るものにて、以前の三箇条を訴えし後、別段に其訴書を呈すべし。即ち選挙人たるべき権ありて其名籍に洩れ、或は選挙に当るべき身分にて其列に加わらず、或は選挙の会に於て既に選ばれたれども其姓名を建言する者なかりしとの旨を書記し、本人自から之に花押して之を呈するなり。此訴訟を点検する法も前条に異なることなけれども、只其探索を遂るのみにて、既に定たる議員を免じ選挙を改る等の処置を施すことなし。
右の如く選挙の不平を点検する為め特選の議員を命じ、選挙のとき賄賂公行の風評ありて其確情を得れば、之を議事院に報ず。然るときは上下両院より国王に建言して、更に全権の吏人を命じ、厳重に吟味を遂て議事院に報告せしむるを法とす。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?