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おばあちゃんのペナントレースは長い


祖母がいる。

今年で93歳になる。


小柄で腰が曲がり、耳は遠い。

畑仕事が好きで
40度もマイナス5度も畑にいる。





祖父は
20年前に病気で亡くなった。






おじいちゃんは
すこし口煩いタイプの人だった

よくある亭主関白風




おばあちゃんへの呼び名は


「おぅ」




一度も
「かあちゃん」とも
「おばあちゃん」とも

もちろん名前で呼んでいるところなども
聞いたことはなかった




「おぅ、それとってくれ」


「おぅ、茶」





「おぅ」





耳の遠いおばあちゃんが
すこし遠いところにいるときは


「お〜〜ぅ」だった




もしかして

お〜いお茶って

こういう
じいちゃん由来なのか





そんなおじいちゃん

テレビで野球を観るのが大好きだった


日本酒を飲みながら巨人戦




おじいちゃんが
チャンネルの決定権をすべて握っていたので



野球中継のある日は
必ずみんなで野球を見た








おばあちゃんはいつも

おじいちゃんの晩酌の支度や片付け

家事を済ませていた










寒い冬の日


おじいちゃんが亡くなった



ガンで長く闘病が続いていたので

悲しい気持ちと
もう苦しまなくてよくなったと

家族はすこしホッとした






おばあちゃんだけは

すこし元気がなかった








春になった



おじいちゃんのいない野球の季節がきた





チャンネルの決定権は
誰でもなくなった




夜のテレビは
なんとなくバラエティに変わった






とある休日の昼間


おばあちゃんが夢中で野球を観ている




ルールはよくわからないと言いながら

新聞のテレビ欄の野球中継を確認して
チャンネルをまわす





しだいに夜も野球が流れる日が増えた




犬と寄り添いソファに寝転がりながら
だらだらと野球を観てる



その姿に思わずスマホのカメラを向ける


「(こんな姿)みっともないね」

と言いながら
緩んだ顔を画面越しに見せてくれた


こんなおばあちゃんの姿を
昔からは想像できなかった





おばあちゃん


野球好きだったんだ



それとも


おじいちゃんの好きだった野球を

好きになりたかったのか










おじいちゃんが亡くなって20年


おばあちゃんは今でも野球が大好きだ



シーズン中は
おばあちゃんとの共通の話題は野球ばかり


おばあちゃんの話についていけるように
前の日の試合結果をチェックしてから実家に帰る





野球好きなら生で体感してもらいたいと

何度か
ドームの試合に連れてっいったこともある


でも

「家で見る方がよく見えるから」と

近年はお断りされてしまうようになった





おばあちゃんは
母か私が毎年買って渡すプロ野球選手名鑑を
チェックしながらテレビ観戦をする



我が家はおじいちゃんから継いで
全員ジャイアンツファンで

おばあちゃんも自然とそうなっているのだが


おばあちゃんだけは

相手チームの選手までチェックを怠らない



舌で指を湿らせながら

対戦チームのページを探して

選手を確認する



年齢から出身地
推定年収も知っている



一緒にテレビを観ていて

2打席目がまわってくると


「さっきは打てなかった」とか
「ヒット打った」とか
「昨日は全然ダメだった」と

前の打席成績を教えてくれる


すごい洞察力と記憶力だ



選手名鑑には載ってないはずの
選手の奥様事情も得意げに教えてくれたりする



す、すごいよおばあちゃん







そんなに野球だいすきなおばあちゃん



おばあちゃんのペナントレースは長い



「まだ始まったばいだから」
(訳:まだ開幕したばかりだから)


といって、

試合の醍醐味はこれからって時でも


デーゲームの日には

野球と同じくらい好きな畑仕事や
庭の草むしりに出かける




大量得点を取り始めると


「今日はもう決まりだ」と


途中でお風呂に入って寝る日もある




一喜一憂しない


あくまでも自分のペースは乱さない


それでいて

ジャイアンツを応援する気持ちを
常に持ち続けている


尽きることない探究心と

野球と寄り添いながらのスローマイライフ



おばあちゃんのペナントレースは長いのだ




今日の巨人戦は延長サヨナラ負けだった


きっとおばあちゃんは

「まだはじまったばいだから」って


結末を見ずに寝たことだろう





まだまだ今シーズンもはじまったばかりだ

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