菜食主義について~その3~

引き続き、菜食主義およびヴィーガニズムの問題について考えていきたいと思うのですが少しわかったことがあります。
それは食肉肯定者VS過激派ヴィーガンの間でまともに議論がなされていないということこそが本質的な問題なんですね。
今日はこれについて考えていきたいと思います。

とその前に。私の想いをすこしだけお伝えさせてください。

私はみなさんの幸せを切に願っています。
だからこそ肉はあまり食べないで欲しいとも思っています。
肉を食べなくても幸せな人生と言えるような人生を送って欲しいと切に願っています。(食肉には常にリスクがつきまといます。)
だからこそ、ストレスに対してどう対処したらいいのか?
睡眠の質を上げる為にはどうしたらいいのか?
どうしたら肉を食べたくならなずに自己実現を追及できる人生を送ることができるようになるのか?
生きていく上で様々な問題をどう捉え、どう考え、どう解決していけばいいのか?
という事を常に科学で研究しています。
それらをまとめ、分かり易くご教示する事で皆さんの個人的な問題を解決し、自己実現のお手伝いをしたいと切に想っています。
いつかはそれを生業にする、と決めています。
お医者さんや法律では解決できない問題の方が人生には多いと思います。
それらを解決するためのお力添えが出来る人間になろうと日々努力しています。

そのわたくしが今回の問題の本質について考えた結論はこうです。

「内容は正しくとも主張の仕方が間違ってる」

まずはこれです。題名にするには表現やニュアンスが非常に難しかったので順を追って説明していきますと、確かに多くのヴィーガンの方々が言うように地球上における食糧事情および環境問題、また食料が平等に生き渡っていない状況を考えれば我々一人ひとりがこの問題に向き合わなければならないのも確かです。
ですが、だからと言って牛や鳥の死骸を無理やり見せつけるのは
「かなり乱暴」でありますし、人々を啓蒙する方法としては全く正しい方法ではないと思いました。
本気で人々を変えたいのであれば、まず重要なのは対話だと思います。
そして相手の立場に立って考えること。
これがもっとも重要な事だと私は認識しています。
本気で誰かを変えたいのであれば

傾聴→共感→受容→対話→説得

という手順や順序があると思います。
強烈なカリスマ性があればそんな事をせずとも人を変えられるかもしれませんが、残念ながら「食肉は殺人だ」と言う人の言葉にカリスマ性は感じられません。
こういった段取りや手順をすべて吹っ飛ばして
「食肉は暴力だ!」「肉食は犯罪だ!」
と罵りや罵倒を言うのはもっとも簡単な事だと思います。
文句を言う、相手を否定することなど努力せずとも誰にでも出来ます。
ですがそんな事をしていれば議論なんて始まるはずもありませんよね。

私自身はかれこれ3年ほど菜食について研究をしています。
その中で肉食がいかに必要でないか、また様々な疾患と関わっているのかを
学びました。また何故、現代の食肉が身体に悪いのかも感情ではなく科学的な統計やその生産方法の問題にあることなど様々な理論で説明出来ます。
だからと言って、だからこそ安直に食肉を否定はしません。
何故ならば本質的な問題がどこにあるかを理解しているので、表面上の問題を指摘しても解決できないことを私は理解しているからです。
ですが、多くの肉食断固否定派ヴィーガンの方々はこの食肉の問題の裏にある本質的な問題を理解していません。

この本質的な問題には歴史的な背景、特にGHQによって行われた日本統治と本来の日本人らしからぬ思想教育と洗脳、ドーパミンによる報酬系回路の形成や、世の中を取り巻くストレス環境、長年動物性たんぱく質を摂り続けた結果おかしくなってしまったいる腸内細菌叢の問題など絡まったイヤホンよりも複雑な問題がこの食肉問題には関わっているのです。
それを単に「肉をやめろ」というだけで良いなら簡単です。
それで本質的な問題が解決出来るなら、私もそうします。
ですが、結果的に何が起きているかと言えば多く場面で目にしますが
「反発」です。
そりゃあいきなり否定されれば反発もしますよね。
そして生まれるのは不毛な言い争いとステーキ画像のリプライ程度でしょう。

「本当の事を正しく述べるのであれば」

わたくし個人の意見としましては、肉食否定者の方々の多くの言い分を見ているとやはり「礼儀」と「敬い」が欠けているなと強く思いました。
北朝鮮に生まれ、洗脳されて書記長が世界でもっとも優れた人物であると聞かされて育った人民の方々を私は否定できません。
同情や哀れみを抱いたとしても否定できる道理がどこにありましょう?
気づけと言うのでしょうか?目を覚ませと言うのでしょうか?
情報統制がなされている中で真実に気づくなんて事は容易な事ではありません。
これは肉食においても同じ事が言えます。
99%の人は肉食が必要だと思っています。ニュースでも、ネット配信でも
当たり前のように食肉が行われ、その肉の質や危険性については一切議論されません。
誰がマクガバンレポートを読むのでしょうか?
恐らくヴィーガンの方でもマクガバンレポートを読んでいない人は大半だと思います。
その中で安直に「肉食反対!」と叫ぶのは良いですが、賢いやり方ではないと改めて思いました。
多くの人に菜食嗜好を勧める事で健康になったという報告をたくさん頂いている私としては安直な肉食否定は不毛な争いを生むだけなので本当にやめて頂きたいと強く思います。

「利益を与えるという発想が持つ」

これも今回強く思いました。
相手の立場に立って相手の利益になることを考える、これは人に何かを訴えかける上でも、そしてビジネスにおいても、もっとも大事な考えです。
常に相手の立場に立って考える、だからこそどう訴えかければ良いのか、何が響くのかが分かるのですが、改めてこのプロセスの重要性を学びました。

幸いにして私の友人にはゴリゴリの肉食否定派ヴィーガンの方は居ないのでヴィーガンの方々ともいつも実りある議論や情報共有が出来るのですが、ツイッターなどで見かける強烈なまでに残酷な画像をポストしまくっている人はまだまだ大勢いるのでなんとか手を緩めてくれないかと御願いしたいものですね。

この問題についてはまだまだ語り尽くせない程の情熱があるのですが、本日はこの辺にしておきたいと思います。

ご精読、ありがとうございました。

關 貴仁

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