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第6回 歩くスケール、車のスケール

今回は建物や周辺環境が、団地に住む人にどのような影響を与えているのかを考えてみたい。「団地」と聞くと画一的で全国どこでも同じような建物が立っていることを想像してしまう。しかし実際は、緑地の多さ、駐車場の位置、建物の高さ、色、形など、それぞれ異なる設計がなされている。第6回では建物や木々、空間の大きさが私たちにどのような影響を与えているのか、訪れる人の行動や感覚が団地によってどう違うのかをみていこう。

私は駅から徒歩5分ほど離れた、A団地にてフィールド調査を行っている。お祭りに参加したのも、商店街で買い物しながら話を聞いたのもA団地だ。しかし、住んでいるT団地は別の場所にあり、必然的に二つの団地を比較することになった。T団地は駅からバスで20分ほど離れており、ほとんどの建物は低層でこじんまりとしている。

T団地を下見している様子。緑が多く、歩行に適している

T団地は緑地も多く、ベンチなども置かれている。今年の夏は暑かったが、木陰があるだけで気分が涼しくなる。建物と建物の間は比較的近く、人が集まって暮らしているという実感がある。夕方に歩いていると、出汁の匂いだったり、テレビの音が聞こえてきて、なんだか郷愁を感じてしまった。建物が低層のためか、歩行空間が路地のように続いており、近所の人と自然に挨拶できる距離ですれ違うことになる。T団地に引っ越してきた翌日、見知らぬお婆さんに「こんにちは。暑いね。」と挨拶され安堵したことを今でも覚えている。

そびえ立つ高層建築

一方で、A団地は10階以上の高層建築が中心であり、見上げるほどの建物に囲まれている。近代的で立派だなと感じると同時に、大きな建物特有の圧迫感を感じる。建物と建物の間は駐車場になっており、車に注意をしながら歩くことになる。緑地や歩行空間はT団地に比べると広々としているが、人がすれ違う時はできるだけぶつからないように、互いに遠いところを選んで歩いている。

そのため、A団地ではなかなか「すれ違う」ことが難しい。あえて私から「こんにちは」と挨拶してみた。すると「この人は私の知っている人かしら?」というような疑問の顔を向けられてしまい、私は足早にその場を後にした。

T団地の中心部にある砂場。いつみてもおもちゃが置いてある

T団地には挨拶以外でも、ゆったりとした時間が流れている。ある日、日中砂場で遊んでいるおじいさんと、小さな子供を見た。おもちゃは持ってきたものかと思ったが、置いて帰っていった。翌日も同じおもちゃが別の配置で砂場に置かれている。いつ見ても、このダンプカー、ショベルカー、ブルトーザーの3機が放置されているのだ。

誰もおもちゃを盗まないし、片付けない。そのことはこの団地のゆるやかな時間を象徴しているように思う。

A団地には、大型遊具のそばに砂場がある。T団地に比べると、管理が行き届いていて、落ち葉やゴミなどもほとんど落ちていない。整然と整備されていて、キレイだなと感じる一方、「ちゃんと私物を持ち帰ってね」と言われているような気分になる。

同じ団地と呼ばれる場所でも、空間の作りは全く異なる。建物や緑地の作り出す空間や状況が異なれば、その場における人々の行動が変わってくる。A団地とT団地を比べると、砂場で共有する物品、建物の大きさ、駐車場の位置などがそれぞれの団地で特徴的であり、また人々のふるまいも異なっていた。一人一人の小さな行動は、その地域の雰囲気を作り出す。そして、行動が積み重なっていくと、だんだんと「文化」になっていく。

今回は空間や建物を中心として見てみたが、私たちは他の様々なものに影響されて生活している。他人、車、季節、温度、動物(猫や虫や鳥…)、微生物などなど…フィールドワークという手法は、情報を最初から絞らず、その場に身を浸すことからはじまる。だからこそ、既存の思い込みでは捉えきれない様々な影響元や関係性を見つけることができる。

本連載も残りわずかとなったが「団地」という場をより多角的に考える一助となることを願っている。(水上優)

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