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第4回 拡張する井戸端

私たちは今回「団地」を調査している。団地で営まれる暮らしや、そこで息づいている様々なことを知るために団地に住みながら団地を知ろうとしている。団地の中に商店街や郵便局があり、団地の中だけで全てが完結しているようにも思えるが、住人は必ず団地の外部とのつながりの中で生活している。

働いている人は、毎日職場に通勤するために団地の外に出ていくだろう。大きな病院に通う人、団地内の学校に行きながらも放課後は塾に行く小学生、団地外に住む親戚や友人が訪れるとき。

何かを知ろうとする時、そのものだけを見ていてはわからないことも多い。今回は団地の外にはどんな世界が広がっていて、どのように団地と接しているのかを考えてみたい。

私がフィールドにしている団地は比較的高層の団地で、建物同士の距離が近く、地上部もコンパクトにさまざまな機能が集まっている。ベンチもところどころに設置されているのだが、記録的猛暑のおかげか、誰も座っているところを見たことがない。

井戸端会議的なコミュニケーションはどこで行われているのだろうか?と疑問に思い。団地の外を歩いてみることにした。

まず、団地から駅の方に歩いて行くと、大型のショッピングモールが立っている。ショッピングモールの中に入ると冷房が涼しい…アパレルショップや雑貨屋さんを抜けると、大きな吹き抜け空間になっており、そこにはたくさんのソファが置かれていた。いくつかショッピングモールに行った経験があるが、これほど所狭しとソファが置かれているモールは見たことがない。

空間が広すぎるせいか、人々は互いに離れて座っており、交流しているわけではなさそうだった。明るく涼しい空間にソファーがあるのは助かるなと感じた。

PCを使った作業をしたく、Googleマップで調べてみると、ショッピングセンター内のエクセルシオールに電源を使える席があるらしい。入ってみると、勉強をしている高校生やパソコンを開いている大人で6割くらい席が埋まっている。さながらオフィスのようだ。この辺りにはあまりカフェがないので、ここに集まってくるのかもしれない。友達同士で勉強を教え合う様子は、自習室のようだ。

もう少し別の場所もあるはずだが、どこにあるんだろう。ある日、私は団地の中にある床屋に髪を切りに行ってみた。床屋の方曰く

「私はあんまりショッピングモールの方には買い物行かないね。高いしなんだかね。それよりも反対側のスーパーの方に行くね。そこなら古本屋もあって気楽だしね。そのスーパーで噂を聞いて、ここに髪を切りに来てくれるというおばあさんもいたりして…」

なるほど、スーパーがご近所の井戸端になっているのかもしれない。私もスーパーに行ってみることにした。



団地からは徒歩7分ほど駅と反対側に歩くと到着する。スーパーに入ると、想定外の大きさに驚く。スーパーと聞いていたので、野菜売り場からスタートする生鮮品のみの店舗かと思いきや、飲食店やケーキ屋さんが並んでいる。天井も高く、ドラッグストアなども見える。ショッピングモールとスーパーの中間のような大型スーパーであることがわかった。

スーパーはとても広く、一回りするだけでも疲れてきた。フロアの端にはカルチャーセンターがあった。カルチャーセンターに入会してみたいと思ったが、どの講座も3ヶ月まとめて月謝を払う必要があり、ハードルが高い。体験会も軒並み満席だ。とても人気があるようだ。

パン屋の隣にあるイートインスペースは90円のコーヒーを買うだけでいつまででも座っていられるようだ。涼しいし最高だ。

部屋着に限りなく近い感じのTシャツを着た女性二人組が世間話をしている。100円のコーヒは既に空。カートを横付けしており、そこには未清算の商品が入っている。

「斎藤さん最近見ないけど」 「入院したらしいわ」 と聞こえてくる。

平日の昼間はスーパーのイートインスペースやベンチで偶発的なコミュニケーションが生まれているようだ。ショッピングモールに比べ、スーパーの場合はベンチの場所やイートインの場所が限定されている。モールには吹き抜けの手すりに沿うように、十数台の二人がけソファーが全て外向きに(向き合うことのないように)設置されていた。そのため、座る人は横並びになり、視線が混じり合うことはない。また、空間自体もスーパーの倍以上あり、広い空間ではわざわざ他人の隣に座る必要がなく、一人でゆっくり座ることができる。

一方で、スーパーのイートインスペースは、唯一座ってゆっくりできる場所であり、スペース自体の面積も小さい。スーパー内で疲れた人のほとんどがここに辿り着く。あるいは屋外のベンチくらいしか、座るところがない。また、椅子やテーブルの配置も食堂のようになっており、他者とアイコンタクトが生まれるようになっている。そのような空間的配置によって、毎日来る人が自然と顔を合わせる機会が誘発されている。

公園や「コミュニティスペース」など、コミュニティづくりを目的とする場所だけで人々がコミュニティを作るわけではない。スーパーのイートインスペースや、カルチャーセンター、子供の水泳教室の待合室、チェーン店のカフェなど一見すると「普通の」場所でも偶発的な交流が生まれたり、複数回その場に通うことによってある種の社会関係が形作られていったりもする。

コミュニティやコミュニケーションが行われる場は住む場所(団地)の中だけに存在するのではない。私たちは生活する上で、様々な人と様々な文脈で、様々な場所で出会う。その複雑な現実を、その場に埋没することによって(フィールドワークによって)少しずつ紐解いていきたい。
(水上優)





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