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逆流するディスカバー The Avalanches / We Will Always Love You

"Since I Left You" という山脈

ある大きなカテゴリー、例えば映画とか音楽とかアニメとか美術とか鉄道とかについて、一人の人間が網羅的に知ることはほとんど不可能なので、「彼/彼女は、映画に/音楽に/アニメに/美術に/鉄道に詳しい。」みたいな言い方が割とカジュアルに使われますが、これは至って相対的なものです。
だから「フィンランドのヘビメタについて詳しい」とか「明治期の西洋画について詳しい」みたいにサブジャンルまで分解するか、ある閉じた関係性の中で「この中ではあいつが一番アニメに詳しい」みたいにすれば、そうした評価はちょっと確からしくなります。

僕は音楽について、網羅的にはもちろん、例えば上に挙げたように何らかのサブジャンルで区切ったとしても「これにはめっちゃ詳しい」みたいなものがありません。それでもやはり、ある閉じた文脈の中でだけ「音楽に詳しい奴」扱いされることはある。

そんな不可能な命題である「音楽に詳しい」ですが、なんとなく僕がそのひとつの指標としてきたのがアヴァランチーズです。

オーストラリアのグループ The Avalanches のファーストアルバム "Since I Left You" は、2000年にオーストラリアで、本国でのヒットを受けて2001年にグローバルにリリースされました。僕は2001年か2002年、高校3年生の時にこのアルバムを手に入れています。
アルバム ”Since I Left You" は全編、古今東西あらゆるレコード音楽からサンプリングした3,500以上ものビートやメロディの断片を組み合わせて制作されています。
限られたお小遣いでどうやって一枚でも多くのCDを買うかに腐心していた高校生当時、「サンプリングした音だけ出来たアルバムらしい」という情報だけを持ってこのアルバムを聴いたものの、元ネタはただのひとつも分かりませんでした。3,500もあるはずなのに!
そして、それから約20年が経ちましたが、未だに元ネタの分かる音はせいぜい片手で数えられる程度にとどまり続けています。

「Since I Left You の元ネタの7~8割は分かるよ」という人が居たら、その人は紛れもなくちょー音楽に詳しい人と言っていい。(まぁこれもひとつの閉じた文脈なんだけど…)

2019年最大のディスカバー

そんなあまり音楽に詳しくない僕ですが、Spotify の Discover Weekly は未知のものに出会う良い入り口になっています。
完全に追い切れはしないもののだいたい毎週このプレイリストを聴き続けてきて、昨年の暮れに「これは今年一番のディスカバーだな!」という曲と出会いました。noteには特に書かなかったけど。


The Roches / Hammond Song

オルガンの持続音にアコースティックギターのカッティングが乗り、続いて三声の女性ボーカルが入ってくる導入部。この3つの音要素だけのとてもシンプルなアレンジです。
不思議なのは、最初のコーラスまではユニゾンで歌われているのに、なんだかとても複雑なハーモニーを聴いているような感じがすること。
そして、二度目のコーラスの最後のハミングに被さって突如、浮遊するような不思議なギターの音が入ってきます。強烈に耳覚えのある独特のサウンド。キング・クリムゾン、ロバート・フリップのギターです。
Discover Weekly で突如出会った曲なので何の予備知識もなく、冒頭の雰囲気からして70年代初頭くらいのイギリスのトラッドフォークのグループとかかしら…と思いつつ聴いていたので、ここでロバート・フリップのこのアイコニックなギターサウンドが飛び込んでくるなんて予想だにしなかったのですが、これが見事に美しい女声コーラスと溶け込んでいます。

もう本当にこの上なく美しいものが聴けた!
ありがとう Discover Weekly !

ちなみに The Roches はその名の通り Maggie、Terre、Suzzy の Roche 三姉妹(アイルランド系アメリカ人)によるグループだそうで、この曲は1979年発表のデビューアルバムに収録されています。この曲以外にはロバート・フリップのギターはフィーチャーされておらず、より素朴なフォークソングが並びます。アルバムも最高。

そしてアヴァランチーズの新曲

2月20日にリリースされたアヴァランチーズの新曲。
これが、極々個人的な文脈において最高の贈り物のような曲でした。

なんと、この曲のコーラスでサンプリングされているのが The Roches / Hammond Song なのです!
しかもそこに、これまた昨年よく聴いた Blood Orange ことデヴ・ハインズ(大好き!)のボーカルが乗っかる。なんてこった!

本当にとても個人的な文脈なので、この感動を誰かと共有しようがないんですが、一昨日この曲を初めて聴いた時、こりゃ縁起が良いなぁと思いました。妙な言い方ですが。

アヴァランチーズを初めて聴いてから20年間、数万曲の音楽を聴いてきたのに3,500の元ネタのほとんどに出会うことがなかった。それが今回、ほんの二ヵ月前に出会って好きになった曲が元ネタになっている。そもそもアヴァランチーズの元ネタをあらかじめ知っているという経験自体がありえないことだった訳で。

それにしても、つくづく Spotify みたいなシステムってある種の「富の再分配」だなって思います。「知の再分配」というか。
月額千円にも満たない価格で、過去には下手すると数十万円積まないと聴けなかったような音楽が、ものすごく深い造詣がなければ情報すら入ってこなかったような音楽が、正規の音源ですぐに聴くことが出来る。

だからといって、漫然とそれを受け取っていてもアヴァランチーズみたいな芸当は到底出来ることではないんですけどね。

どうもありがとうございます。 また寄ってってください。 ごきげんよう。