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メルメルは まほう学校の一年生


            

 まほうつかいのおばあさんは、おひるねをしていた うでまくらをはずすと はしらどけいを みました。
「あれっ、もう三時だよ」
 そろそろ かえってくる まほうつかいのみならいのために おやつをこしらえる ことにしました。
 まほうつかいのみならいは、まほう学校にかよっています。
「学校にいくなんて。わたしは、おばあさんに ならいたいわ」
 なまいきそうにくちを とがらせていった みならいの女の子でしたが、
「まほうのきそは、学校でならうものだよ」
 おばあさんのの、ひとことで、しぶしぶ まほう学校の一年生になったというわけです。
 はじめは、めんどうくさいのがやってきたと、おもっていた おばあさんですが、まいにち まいにち あたらしいことをおぼえてきては、やってみせてくれる みならいの女の子に、ほんとのところ 年のせいか わすれかけていた まほうのじゅつをおもいださせてもらっているのです。
「ただいまぁ」
 げんきなこえで、みならいの女の子がかえってきました。
なまえは、メルメルといいます。
「そんなに大きなこえをださなくても、きこえてるよ。それより また あるいてかえってきたのかい?」
 おばあさんは、メルメルのくさのみだらけになったスカートをみながら、まゆをしかめていいました。
「どうして わかるの? だって、ホーキがいうことをきかないんだもの。しょうがないでしょ。ねぇ、それより きょうのおやつはなに? フンフン、これはいいにおい!やくそういりハチミツパンね」
 家じゅうにハチミツのあまいかおりが ただよっています。
「そんなところだけは、カンがあたるんだね。それより ホーキが、どうしたって? また 木にぶつかって おったってわけじゃないんだろうね」
「おりはしないわ。ただ、わたしが、いくら めいれいしても、ちっとも いうことを きいてくれないんだもの。とちゅうで、おろされちゃったのよ」
 メルメルは、りょうてに ひとつづつ、ハチミツパンをもって まんぞくそうにたべています。
「どうせ、家と はんたいがわにでも、あそびにいこうと したんだろ」
「あら、ちょっとした よりみちよ。あたらしいベリーが、ほら あのいっぽんみちのしげみのよこに できてるか どうか、みにいこうとしただけじゃない。それなのに きゅうにスピードをだして、わたしを ふりおとしたのよ。わたし、もうすこしで みずうみにおちるところだったわ」
 メルメルは、ひとつのハチミツパンをたべおわると、ふたつめを くちにいれながら、いまいましそうに すりむいたひざこぞうをみせました。
「おまえたちは、どうして そんなに なかがわるいんだろうね」
 おばあさんは、くびをかしげました。
 おばあさんの、まほうのホーキは、何百年も、つかえてきたおばあさんから、まほうのマのじも しらない みならいの女の子に めいれいされて、右へ左へとばされるのに あきあきしているのです。
「さあ、どうしてだか わたしにはわからないわ。それより、あとで、まほう学校のともだちが、あそびにくるけど いいかしら?」
 おばあさんが、いいとも わるいとも、なんにもいわないうちに、なにかが ぶつかるおとがして 男の子が とびこんできました。
「ヒャッホー。ここが、メルメルの家かい?すごいね。まほうつかいのおばあさんは、うちのママがうまれるまえからの まほうつかいだって。そのきになったら、こんな森の一つや二つ けしてしまうこともできるんだって。すごいね」
 まるいかおに まるい目をした男の子がくしゃくしゃのまきげをかきあげて いいました。
 その目は、なにか おもしろいことがないかとかがやいています。
「この家は、なんにもなくて おもしろそうだな。ぼくも、おばあさんのみならいになろうかな。家にいると、あまえて なにもしないって、いつも うるさくいわれているんだ」
 おばあさんのいえは、べッドとテーブルがあるだけで ガランとしています。
「おまえなんか、こっちから おことわりだね。みならいは ひとりでいいよ」
 とつぜん、だいどころからでてきた おばあさんは、男の子のかおも みないで いいました。
「やあ、こんにちは。ぼく、おばあさんって もっと こわい人かとおもってました。はななんか、ボーみたいにながくって、ときどきそれをコチンと おって、たべてるとか‥、へんな うわさがいっぱい あるんだもの」
 おばあさんは、おやつのハチミツパンが はいったカゴを 男の子のまえにおくと、しみじみとかおをみました。
「おまえは、男のくせに オシャベリだね。すこし、むくちになる やくそうをいれておいたから おたべ」
 男の子は、まるいハナをぴくぴくさせると、おもわず あとずさりました。メルメルは、くすっとわらって
「ウソよ。おばあさんがそんなこと するわけないわ。からかわれてるだけよ。おばあさん、この子、ポムポム」と、しょうかいしました。
 そのとき、そとで ものおとがしました。
 なにやらケンカがはじまったようです。
「おばあさん、ちょっと いってやってくださいよ。このだれとも、しらない キッタナイホーキが、わたしのホーキたてに、えらそうにぶらさがっているんですよ」
「キッタナイのは、わたしがわるいんじゃなくて、わたしのごしゅじんさまが、らんぼうなせいよ。わたしは、ほんとは、しろくてきれいなホーキなのよ。いやになるわ。あのこのホーキになったばっかりに、こんな おばあさんホーキから、もんくをいわれなくちゃならないなんて」
 そとから、キーキーごえがきこえてきます。
「あっ、ごめんなさい。ホーキをおくところは、どこでもいいとおもったものだから、
「ホーキッホ、ドケドケ!」
 ポムポムがさけぶと、ドロだらけのホーキがピューッと、とびだしていきました。
「チェッ、また おいていかれたぞ」
 ポムポムは、ハチミツパンをつぎつぎと たべていきます。
そのあいだ、ゴックンとのどがなるおとを のぞいては ぜんぜん こえがしません。メルメルは、すまして すわっている おばあさんのよこがおを みました。
 ほんとに ムクチになるくすりを いれたのでしょうか‥。さいごのひとくちが、のどをゴクンと とおりすぎたあと、ポムポムは、まんぞくそうに いいました。
「おばあさんのパンは、さいこうだね。ぼく、ほんとに おいしくって、ぜんぜん おしゃべりするきになれなかったよ。ぼく、家でも、うるさいって、いわれてるんだ。これをたべてるあいだだけでも、ムクチでいられるから、おみやげに もらえるとうれしいんだけど」
「なんという子だろうね、おまえの家のことまで、メンドーみきれないよ。じぶんで じぶんのくちに フタをするんだね」
 おばあさんは、あきれたようにいいました。 おばあさんが、こういうふうにいうときは、もうおわりです。メルメルは、ポムポムをそとにつれだしました。
「ホーキッホ、コイコイ」
 ポムポムは、ゆうぐれてきた空にむかって、なんどもなんども さけびましたが、ホーキのすがたは ありません。まだ、自分のまほうのくすりをつくっていないメルメルたちは、ホーキをいいなりにさせることはできないのです。
「しかたないや、あのホーキは、かあさんのだから。はやく かりものとはさよならしたいよ。」
 ポムポムは、なさけなさそうに つぶやくと、いきなりはしりだしました。
「メルメル、また あしたぁ!たのしかったよぉ」
 森のかぜといっしょに、ポムポムのこえが ゆっくりとながれてきました。
 おばあさんは、みならいが あんな男の子じゃなくって よかったと、むねをなでおろしていました。
                
メルメルは、このごろ げんきがありません。ときどき、ボーッと、ほおづえをついて、まどのそとをみています。
 35かいめの「ホーッ」がでたあと、まほうつかいのおばあさんが だいどころからでてきました。
「なんだい、さっきから‥。こっちのあたままで、へんになりそうだよ。なにか きにいらないことが、あったらサッサとおいいよ。ホームシックって、やつかい」
 みならいにきて、まだ いちども 家にかえらないメルメルが、さびしさびし病にかかったのかと、おもったのです。
「あら、おばあさん、そんなんじゃないの。わたし、まほうつかいのさいのうが ないのかもしれないの。まほうの学校で しっぱいばかりしてるんだもの。いやになっちゃう‥」

 きのうのことです。
 まほうのくすりをつくるのにひつようなものを つぼのなかにいれていくことになりました。
 まほうのキソのキソ、空をじょうずにとべるようになるくすりをつくるためには、ミツバチが10ぴきひつようです。やっとのおもいで 森であつめたミツバチと、15しゅるいのやくそうをツボにいれて、まほうのくすりをつくることになりました。みんなは、にぎやかに くすりをつくりはじめました。
 メルメルが いざ、虫かごからだそうとしたとき、メルメルの目といっぴきのミツバチの目があってしまいました。
「つぼのなかなんかにはいるの、いやだよ、たすけてよ!」
 ミツバチは、はっきりと つぶやきました。メルメルは、きこえなかった ふりをして、虫かごのふたをあけ、ミツバチをつぼのなかにとじこめました。こうしておくと、ミツバチのからだから、こはくいろのえきたいがでてくるのだそうです。それが、まほうのくすりには なくてはならないくすりになるのです。
 つぼのなかからは、カサコソとミツバチの羽音がきこえてきます。
 耳を手でおおっていたメルメルでしたが、それでもきこえてきます。たまらず、メルメルは、パッと、ふたを とってしまいました。 
ブーンと、耳もとで羽音がしたとおもったら、ミツバチたちは、あっというまに まどのそとに にげてしまいました。
 ともだちは、おおさわぎ。もちろん せんせいからは、しかられてしまいました。
「だってかわいそうになったんだもん‥」
 はなしおえたメルメルは、わたし、まほうつかいになれないのかもしれない‥と、つぶやくようにいいました。
「なれなかったら、ならなければいいだろ」
 おばあさんは、なんでもないことのようにいいました。
「そんなことで、なやんでいるなんて、おまえは、あんまり おりこうじゃないね。それより、こんばんのおかずにするシチューのことでもかんがえたらどうだい。学校へいかないんだったら、いかなくて いいよ。そのかわり、わたしが きたえてやるからね。だいどころの たなにおいてあるマホーだいじてん でも、よむんだね」
 メルメルは、おばあさんのゆびさすタナのうえにある ぶあつい本のことをかんがえると、ゾッとしてしまいました。
 あれを、よむくらいなら、学校に いったほうがましだわ‥と、メルメルは、また、ためいきをついてしまいました。  
               
 森のなかが すこし あかるくなってきたようです。
 木々の芽が ふくらんで、かれはいろの けしきに、いろどりができてきたのでしょう。 
 まほうの学校では、みんな じぶんのジュモンをきめはじめました。
 くいしんぼうのポムポムは、「いうことを きかないと タイヘンダー」にすると、いっています。
 メルメルは、おばあさんのジュモン「ダイカツーホ マハシワ」のように、かんたんなのがいいと、おもっています。
 だって、わすれたら たいへんです。
 みんな、くちのなかで、ブツブツいっては、じぶんで つくった おまじないのくすりを そこらじゅうに ふりかけています。ジュモンのこうかが あるかどうかを ためしているのです。
 メルメルは、だまって 森のなかへ はいっていきました。
 くさのうえに ねそべると、めをつぶりました。
「メルメルメール、 マホウになあれ」
と、じゅもんにしょうかとおもっていることばを つぶやいてみたときです。
 めのまえの あおい 花が ゆれて、かげから 小さなミツバチが かおを のぞかせました。
「このまえは、にがしてくれて ありがとう」
「あらっ」
「 まほうのくすりは、できましたか?」
 メルメルは、ううんと、くびをふりました。
「でも、どうして そんなこと しってるの?」
「しっていますよ。それくらい。ぼくをにがしたおかげで、まほうつかいのしけんに うからないかもしれないんでしょ。それじゃ、もうしわけないなぁー。きみに あえないかなーと、ずっと おもってたんだ」
「ふーん、そうなんだ」
「それでね、この あおい 花のなかに、ぼくは すんでたんだけど、まほうのくすりになるハチミツが、あるよ。あれから、ずっと、あつめていたからね、ミツバチ10ぴきぶんより いいくすりが できるとおもうよ」
と、ちいさなミツバチは、 花をゆびさしました。
 あおい 花は、みどりのくきに5つの花びらを ゆらして さいています。
 メルメルは、はじめて みる花です。そういえば、まだ、はるには とおい このきせつに、こんな花が さいていることじたい ふしぎなことでした。じぶんのことばかり、かんがえていたメルメルは、めのまえに さいている 花にも きがつかなかったのです。
 ミツバチのいうことが、ほんとうか どうかは、わかりませんでしたが、メルメルは、しんじてみることにしました。だって、もう それより ほかに まほうのくすりをつくるアテは、なかったのです。
「ミツバチくん、ありがとう!!やってみるわ。また いつか あおうね」
 メルメルは、あおい花を くきのところから、ポキンとおると、いそいで きょうしつにもどりました。
 みんなが「わあっー、きれいな 花、どこで みつけたのぉ?」と、おおさわぎしても、メルメルは、しらんかお。
 だまって、やくそうのはいった つぼのなかに、とうめいな ハチミツをかけました。それから、あおい花びらをいれると、ふたをして にど さんどと ゆらしました。あとは、このまま、じゅくせいさせる だけです。 いちど かんせいした まほうのくすりは、つぼのなかにあふれつづけ もう けっして なくなることはありません。
 ふうーっと、ちいさな といきをつくと、メルメルは、もう これで ほんもののまほうつかいになれるようなきがしていました。


「おばあさん、わたしのホーキかけをつくっておいてね」
「あさっぱらから、なんだい。にぎやかだねぇホーキは、できたのかい?」
「もうすぐよ、もうすぐ。とても、きれいなホーキになりそうよ」
 メルメルは、学校でつくっている、しらかばの こえだを ひろってつくっている じぶんのホーキをおもいだし、うっとりといいました。
 あれから、10日。まほうのくすりは、つぼのなかで、シュワシュワおとをたてて ふえていきます。ふたをとれば、あふれださんばかりです。
「ねえ、おばあさん、それがふしぎなのよ。ほかのひとのは、きたないいろをしているのに、わたしの くすりは、あおいあおい そらのいろよ。きっと、あの 花の色がうつったせいなのよね。みんなが、うらやましがることったら‥。せんせいまで、かんせいしたら、すこし わけてもらおうかなですって」
 メルメルは、ちいさなハナを とくいげにうごかしています。
「そんなに いばるもんじゃないよ、おじょうさん。それより、あさごはんは、もうできたのかい? しろいパンとスープ、それに たっぷりのハチミツ、これがなくっちゃ しゃべるきにもなれないよ」
「ハイハイ。おばあさんたら、くいしんぼうなんだから」
 メルメルは、ひとづかいのあらい おばあさんのために、だいどころに はいっていきました。
 たなのうえにあるハチミツのびんに手をのばしながら、メルメルは、もういちどあのミツバチくんにあいたいなぁと思いました。
 

 もうすぐ、はるです。
 メルメルの目に、かぜのなかをしろいホーキで とびまわる じぶんのすがたが みえていました。
 きっと、そのとなりには、あのミツバチくんのすがたもあることでしょう。


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