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今年のかぜは、耳鼻科へどうぞ


 みなさん、にいたかナシをしっていますか?
 そう、茶色いかわの大きな大きなナシ、とても、あまくておいしいナシですね。あの大きなナシをひとくちで食べた女の人がいるっていっても、しんじてはもらえないかもしれませんね。
 これは、その女の人のお話です。

 サコちゃんは、高知の町でブテックをひらいています。
 とても元気ではたらきもののサコちゃんが、どうしたことでしょう。かぜをひいてしまいました。
 のどがいたくて、つばものみこめない状態で、熱をはかると、39度もありました。あわてて かかりつけのおいしゃさまに電話をすると、今年のかぜは、耳鼻科にいってくださいといわれました。
 サコちゃんは、ブテックのちかくの路地をはいったところに、耳鼻科のかんばんがあったことをおもいだし、いってみました。
 かんばんのとおりにあるいていくと、ふいに なつかしいにおいがしました。
 フンフンこれは、草のにおい。それに、どことなく動物のにおいもしてきます。
 サコちゃんは、町のまんなかであることをおもいだし、
「また、熱があがったんだわ」
と、くびをふりました。
 かどをまがると、白いさくにかこまれた ふるぼけた小さな家がありました。
 耳鼻科には、しらがあたまのやさしそうな先生がいました。先生は、サコちゃんの口を大きくあけさせると、
「まっかっかだ。よくこんなになるまで、がまんしましたな」
と、かんしんしました。
 それから、しょうどくしてあるガーゼをサコちゃんにわたすと、これで したをひっぱりなさいと、めいれいしました。
 したをひっぱるなんてと、おもったサコちゃんでしたが、くすりをつけたぼうをもってまっている先生をみると、やらないわけにはいきません。
 エイッと、おもいきって ひっぱりました。すると、なんということでしょう。
 のびたのです。あごのしたまで、かるーく。
 先生が、ストップをかけてくれなかったら、むねのあたりまでのびたかもしれません。
 先生は、サコちゃんを上にむかせると、ペパーミントのあじのするくすりを、あかく はれあがったところに、チョイチョイとぬってくれました。
「さあ、もうこれで だいじょうぶ。あと1時間ほど しずかにすると、よくなりますよ。また、ご主人がくれる かいばがまちきれないようになりますよ」
と、わらいました。
 じょうだんのすきな先生だこと、とサコちゃんもいっしょにわらってかえってきました。


 グッスリねむったせいでしょうか、サコちゃんは、すっかり きぶんがよくなっていました。
 この何日か のどがいたくて、なにもたべられなかったせいか、とても おなかがすいていました。
 台所に にいたかナシがおいてありました。こどものあたまほどもある大きななしです。でも、どこをさがしても くだものナイフがみあたりません。
 しかたなく サコちゃんは、かぶりつこうとしました。ところが、かじるどころか、パクリとひとくちでたべてしまったのです。
 夢中でたべたサコちゃんは、親類の家からとどいたばかりのナシを つぎつぎにたべはじめました。六人家族でも、やっと1つたべられるかどうかというナシです。ぜんぶ たべおわったあとで、サコちゃんは、びっくりしました。じぶんでも、夢をみているとしかおもえません。

「あのくすりです。あのペパーミントのあじのくすりのせいにちがいありません」
 サコちゃんは、目の色をかえると、さっきの耳鼻科めがけてはしりました。
 きのせいでしょうか、どこかで、パカパカという馬のひずめの音がします。かどをまがったサコちゃんの足がとまりました。
 緑の風がふきぬけて、動物のにおいさえした通りは、ビッシリと家がたちならんでいました。サコちゃんは、通りすがりのおばさんをつかまえると、
「ここ、ここにあった耳鼻科は、どこにきえちゃったんですか?」とききました。
 へんなかおをしたおばさんは、こんなところに耳鼻科なんか あるもんかねと、わらいました。でも、そういえばと とおい目をしてかんがえこみ、しばらくして
「そうそ、10年まえにはたしかにあったよ。耳鼻科は、耳鼻科でも、動物せんもんの病院がね」
と、いいました。
「動物ー?」
 サコちゃんは、びっくりしてさけびました。
 ペパーミントのあじの薬は、動物用。それで、ニイタカなしをまるごと たべられたのでしょうか。
 ヒエーツと、さけぶとサコちゃんは、ほんものの人間の病院にむけてはしりました。そのうしろすがたをみおくりながら、おばさんは、
「あの人のはしりかたは、まるで馬みたいじゃないか」
と、つぶやいていました。

                        おわり


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