見出し画像

~黄昏のサマー・ホリディ~

今日は一人娘の幼稚園のお泊まり保育の出発日。
たった一泊の旅行とはいえ、6才になる今まで一度も親と離れて寝たことのない娘。
心配でならない。

行合橋付近から園児達を乗せた大型観光バスが出発する。
バスの窓から見える娘は笑顔で手を振り、隣の席のお友達と楽しそうに話している。
娘に手を振り見送りながら、今夜、本当に淋しいのは私の方かもしれないと思う。


行きは娘と手を繋いで歩いて来た道も、帰りは一人。
早起きしてお弁当を作ったり、バタバタと用意をした疲れが出て、虚脱感に襲われた。


命の限りに鳴く蝉時雨。
ふと、こんなことが前にもあったと思い出す。

そう、あの日も…

あのバス停まで、彼を見送った。
ずっと繋いでいた手を離すと彼はバスに乗り込んだ。
砂煙を上げて走っていくバスが見えなくなるまで、私はその場に立ち尽くしていた。
彼も…旅立ちを前に胸が弾んでいたのかしら?
心がちぎれそうに痛かったのは、私だけ?

…全てを捨てて、彼についていかなかったのは私の方。
あの時、彼との恋は死んだのだ。
彼への恋心も、自らの手で握りつぶしたはずなのに。
「もしも、あの時、勇気を振り絞って私もバスに乗って遠くの街へ行っていれば、 今頃…」なんて。
なんで、そんな愚にもつかないことを思い巡らせているの?
何を私は後悔しているの?


家に帰ると夫はまだ寝ていた。
暑さにのどが渇き、ビールを飲んでゴロリと横になると、腕を引っ張られて抱かれた。
胸に彼を置いたまま、体だけ揺らされるのは、なんだか辛くて、自分が卑しく思える。


そうでなくても暑いのに、汗をたっぷりかいて、また洗濯物が増えた。
シャワーを浴びて、アイスコーヒーを片手にダイニングキッチンのテーブルに肘をつく。

いつの間に出掛けたのか、夫はもういない。
シンとした部屋の中、風鈴の音だけが聞こえる。


彼との想い出が次々と心に蘇る。
耐えきれなくて、携帯電話を手に取ったが、今日は日曜日。
友人は皆、外出しているだろう。
家族と、或いは恋人と笑い合いながら過ごしているに違いない…。
こんな気だるい日曜を過ごしているのは、きっと私だけ。


夕刻になっても涼しくならない。
強い西日に照らされながら海へと続く道を歩く。


波の打ち寄せる浜辺、あの日もここに立っていた。
もう一度、彼との想い出を小箱に詰め込み、海へ投げ捨てる。
「あの日々はもう帰らない」何百回唱えても、残る後悔。
何度、海に捨てても、思わぬ拍子に、プカリと海面に浮かび上がる彼への気持ち。


だから、夏の日曜は嫌い。
だから、私は夏の日曜に泣き濡れる。

*********

桑田佳祐「黄昏のサマー・ホリディ」 の歌詞世界を基にしたオリジナル物語です。

2001年の記事再掲。

最後まで読んでくださって、ありがとうございます…! 「おもしろかったよ~」って思っていただけたら、ハートマークの「スキ」を押してみてくださいね。 コメントもお気軽に!