読解・曲解 桑田佳祐『月』
夜空が美しい季節になってきた。
桑田佳祐さんのソロ作品『月』(サザン公式サイトに歌詞、試聴あり)を味わってみたい。
『月』は桑田さんが「好きな曲」として必ず挙げる一曲。
この曲を越える事がなかなかできないとも言う。
リリースは1994年8月24日。桑田さんが38才の時の作品だ。
この年、1994年3月に桑田さんのお母様が急死されている。
後年亡くなられたお父様はご病気が長く、入院なさっておられたようだが、
お母様の場合は急なことで、その分、桑田さんのショックも大きかったようだ。
「月」という言葉は女性を暗示する。
悲しみを歌う曲が多い桑田作品の中でも、この曲はとりわけ深い悲しみをまとっている。
歌声も他作品にはない極めて真摯なものだ。
ゆえに、この曲は亡くなられたお母様を想って書かれた作品ではないかと言われている。
しかし、そう考えるとつじつまの合わない部分も併せ持つ難解な曲としても有名だ。
まず、イントロでハーモニカが寂しさを募らせる音を響かせる。
暗い夜空の高い所で白く清く、まろい明りで照る月。
草木のざわめき。
そして、何より、彼が一人であることを告げる音を聴かせる。
♪遠く遠く海へと下る 忍ぶ川のほとりを歩き
♪果ての街にたどり着く頃 空の色が哀しく見える
桑田さんの生家は言うまでもなく、茅ヶ崎。
「海」の近くの町である。
「忍ぶ」とあるが「偲ぶ」の意味も含めているのではないか。
今の生活拠点は、故郷から離れた東京。
だけど、胸の中に流れる川は遠く海の近くの町「茅ヶ崎」へと繋がっている。
母のいた町。
だが、その母を亡くしてしまった。
一人の夜は、母を偲び、あれこれ物を想う。
喪失感でいっぱい。哀しみの真っ只中にいる男の姿が浮かぶ。
♪振り返る故郷(ばしょ)は遥か遠くなる
♪柔らかな胸に抱かれてみたい
思えば、いつも母には甘えていた。
何をしても自分を優しく包んでくれる母がいた。
その母が急に亡くなった寂しさ、
安心して寄りかかることのできる場所をなくしたある種の不安感。
自分には、まだまだ必要な存在だったのに。
♪君を見ました 月見る花に 泣けてきました
♪嗚呼・・・
月夜の下で、すっと茎を伸ばして咲く花に母の面影を見たのだろうか。
元気で肝っ玉母さんだった強い母。
その姿を想うだけで、ただただ泣ける。
♪蒼い月が旅路を照らし 長い影に孤独を悟る
♪人の夢は浮かんで堕ちて されど赤い陽はまた昇る
蒼い月(=寂しさを持った静かな心で)旅路(=これまでの自分の半生。亡き母の人生。)を
照らし(=点検するように、ゆっくりとしみじみ振り返ってみると)
長い影=夕刻を示す。つまり、人生の終盤。
希望や夢も胸にあった。
それが叶ったこともあったし、また、いつの間にか堕落したり、
得たはずの地位名誉が失墜したりしたこともあった。(=人生の喜怒哀楽)
それでも尚、諦めず、明日を迎える自分がいる。(まだ自分の人生は続く。)
そうして人生は続いていくものだと思っていた。(なのに、母は急に亡くなってしまった。)
♪啼(な)きながら鳥は何処(どこ)へ帰るだろう
♪翔(と)び慣れた夜もひとりじゃ辛い
童謡「七つの子」で、からすが鳴くのは子烏が待つ山の巣に帰るためだと歌われている。
母(=安心できる場所、家)を亡くした自分は帰る場所を失ってしまったよう。
これまでヤンチャして来れたのも、母がいてくれるからこその安心感からだった。
暗闇に一人放り出されたように心もとない。
♪君と寝ました 他人のままで 惚れていました
♪嗚呼・・・
冒頭の歌詞に出てくる『忍ぶ川』について、
三浦哲郎の芥川賞受賞小説『忍ぶ川』を読みながら、この曲を桑田さんが作った、という情報を頂いた。(ムクひげちゃん、ありがとう!)
この小説を原作とした映画『忍ぶ川』(1972年製作)は栗原小巻の全裸シーンがあるということで
当時、話題作だったようだ。
だが、内容は至って清い純愛のお話らしい。
公開当時、私は小学生・・・。さすがに知らない。
だけど、私より8歳年上の桑田さんは多感な盛り。
とても印象の強い一本だったのかも。
では、なぜ、ここで『忍ぶ川』が歌詞に出てくるか、だが、
一つには、桑田さんのお父様が映画館を経営なさっていたということ。
その影響もあってか、桑田さん自身が映画がお好きなこと。
そして、映画『忍ぶ川』での主役の男女のベッドシーンが大変美しいことがあるのではないかと推察する。
全裸で床に入るシーンが、全く猥褻ではなく、むしろ、純粋で真摯な愛を表現しているとのことだ。
「君と寝ました」という歌詞に、この意味がかかってくる・・・と考えたい。
「他人のままで」「惚れていました」と続く語は、やはり男女の愛を歌っているかのように感じさせる。
しかし、これは純粋で真摯な愛情を強調するための言葉ではないだろうか。
実のところは、幼い日の母の添い寝、慕情ではないかと思うが、
曲そのものをいろんな捉え方ができるよう多少の細工を施しているのではないかと想像する。
「亡き母を歌う歌」に限定したくはないのだろう。
また、2004年3月、
桑田さんがお父様を亡くされた時に作られた
サザンオールスターズ『彩~Aja~』の冒頭の歌詞にも
“陽のあたる坂道”という映画のタイトルが隠れて出てくるのは、
この曲との対の意味をなしているから・・・と考えるのは飛躍しすぎだろうか?
♪夏の空に流れる星は さわぐ胸をかすめて消えた
♪波の音に哀しみを知り 白い砂が涙でにじむ
流れる星=誰かの命が尽きることの暗示
さわぐ胸をかすめて
・・・親しい人の死の予兆を“虫の知らせ”として感じることがあるという。
或いはーーー
流れる星・・・「無念さ」+「哀しみを背負った美しさ」と解釈して
「母を亡くして悲嘆に暮れる彼は静かな浜辺で夜空を見上げ、
その美しさに更なる悲しみを募らせている」
・・・というイメージが浮かぶ。
♪罪深き風が風が肌を萌(も)やす季節(とき)
♪酔いながら人は抱かれてみたい
桑田さんがお母様を亡くされたのは弥生三月、まだ春浅い季節。
段々と暖かくなり、緑が芽を吹き、萌える時。
夜の浜辺に一人立つ彼の頬を、早い春の風が優しく撫ぜる。
「罪深い」・・・とは、どういう意味だろう?
母のあまりにも急だった死を悔やんでいるのだろうか。
何も親孝行らしいこともできなかった。
これからは、やっと、いろいろとできそうだと思い始めていたところなのに。
母は苦労のし通しで働いてきて、
そんな母に、自分は迷惑や心配を掛けてばかり・・・。
なんと親不孝な、至らない息子だったことだろう。
あたたかな母の胸に抱かれ、許しを請いたい。
・・・きっと、母はそんな自分をも優しく抱きとめ、にっこり微笑んでくれるだろう。
♪君と寝ました 月夜の蚊帳で 濡れていました
♪嗚呼・・・
母の胸に抱かれ、その安心感のまま、眠りにつけたら、どんなに幸せだろう。
子どもの時の、あの夏の日、
蚊帳の中で母に添い寝してもらって眠ったように・・・。
暑くて開け放した窓から月が見えていた。
頬に触れる母の胸は柔らかで温かく、しっとりとした肌だった。
♪揺れて見えます 今宵の月は 泣けてきました
♪嗚呼・・・
あの子どもの時に見た同じ月を、今、一人きりで眺めていると
自然と涙が溢れ、ゆらゆらと月が揺れて見える。
思い返すたび、母への慕情と、失った悲しみで胸が痛む。
深い悲しみが身を包み、今宵は涙を止められそうもない。
・・・・このように私は解釈してみたが、
取り様によっては男女の愛を歌ったものとしても聴ける。
様々な味わい方のできる多面性を持たせた作品つくりが桑田さんの才能の非凡さを示していると思う。
(追記)
「栄光の男」(サザンオールスターズ)の中にも「月」が出てくる。
♪満月が都会のビルの谷間から
♪「このオッチョコチョイ」と俺を睨んでいた
この曲の主人公は中年男性。
その彼にそんなふうに叱る存在は“母”しかいない。
子どもの頃、そんなふうに母によく叱られたのだ。
その母の声が聴こえたのだろう。
やはり、月=母の解釈で良いのだと思う。
「Moon Light Lover」のようなロマンティックな月も桑田さんにはあるけどね。
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