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Aちゃん

かなり散々な中学校に通ってた

いじめられてたわけではないが、私自身やその友達がとあるグループにすれ違いざまに悪口を言われたりしていた
そのとあるグループはかなり荒んでいて授業妨害はもちろんだったし、気がつけばいつからかあまり学校にも来なくなっていた

中学一年生の6,7月くらいまで私はそんなとあるグループの彼女達と仲が良かった
グループのメンバーは6人いて、その内の2人と出席番号順の席順が近かったためによく話すようになった

でも、私が思い返すのは席の近かった内2人のことではなく、別の彼女のこと

特に親交が深いわけではなかったけれど、別の彼女、Aちゃんともう一人誰かと私で休日に遊ぶことがあった

夏、道路から道路に出れば道端で一匹のスズメが死んでいた
車に轢かれたにしては綺麗だったし、野良猫に遊ばれたにしてはぐちゃぐちゃだった
Aちゃんはスズメを見つけるなり「埋めてあげよう」と言った
辞めておけばいいのに
心中ではそう思った。というのも私は動物が苦手だったし、生きていない動物に触れたこともほとんど無い。また、夏の暑い時期に触る死体がどれ程の衛生さかつかない判断が私にそう思わせた。恐れと不安。
とにかく私は関わりたくなかったけれど、心配そうに不安そうにスズメに駆け寄り持ち上げるAちゃんの姿を見るとそうも言えなかった。
本当に目と鼻の先にあった公園に私たちはスズメを運び、地面に埋めてあげた。Aちゃんは親切に葉っぱも被せてあげていた。そうして、
「これで大丈夫やな」
と言っていた

それからしばらくして、Aちゃんを含むとあるグループとは疎遠になった。悪口を叩かれることもあれば、私の情緒不安定さが招くトラブルもあった。とにかくあまり関わらなかった。
それでもそんなことはあまり教師たちには関係無いのかもしれない。
中学二年生にあがってもAちゃんは私と同じクラスだった。

文化祭だか合唱祭の準備をしていた。
中学生特有、なのかもしれない。面倒がる人もいれば張り切る人もいた。Aちゃんは後者だった。
荒んでいる彼女達が一つ不機嫌そうにすればクラスメイトは迷惑がるのでなんとなくそれとなく機嫌を取っていた様に今なら思う。
なのでその準備もAちゃんや、彼女達の調子に合わせる様な感じだった。

放課後だかに集まって準備をしなくてはいけなかった。
いつの放課後にするか私たちクラスメイトは集まって決めなければいけなかった。
この日は?こっちは?Aちゃんが先導する中、日程決めが進められた
しかし、どうしてもなかなか決まらない。そんな中一人の生徒が
「あ、その日は家族とご飯に行かなあかん…」
と言った。
その子は、気弱で不登校気味、保健室登校を続けていた。
こういった中学環境の中でいわゆる"そういう子"がネガティブなことを発言するのは何を意味するのか。なんとなく悟った残りの皆は一瞬息を飲んだのが分かった。
しかしAちゃんはハッとした顔をして随分大きな声で

「そんなん帰り!絶対家族の方が大事やねんから!」

と言った。
その子は「ごめんね、ありがとう」そう告げてこの会話はそこまでだった
この行事の結果がどうだったかは覚えていない

だんだんとAちゃんを含むとあるグループは学校に来なくなった
これ以降関わることはなかった
あったとしてもすれ違いざまに悪口を言われる程度だった
そうして、そのまま卒業した

私は前撮りの段階から成人式が面倒だったので、当たり前のように成人式には参加しなかった。しかし、SNSを見ればその彼女達は参加していた様だった
もうそれっきり本当にAちゃんがどうしているか知らない

Aちゃんは私のことを思い出すことはないと思う
でも、私はこうしてたまに思い出す
悪口を言うその口で、言おうと思ったその頭で、スズメを埋めてあげたこと、家族の方が大事と断言したこと

誰かを蔑むことと、何かを大事にすることが人の中に同時に存在することは決しておかしいことじゃない

その手で、その口で、その頭で、優しさと悪意を顕現していたAちゃんは今も誰かを愛したり、邪険に思ったりしているのだろうか
彼女の優しさの源はどこにあったのだろうか。何を思って優しかったりそうでなかったりしたのだろうか

中学時代のことなんてほとんど覚えていないけれど、この時のAちゃんのことだけは忘れることが出来ない

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