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青梅のシロップ

音もなく降る雨の日に 梅の実を眠らせる
甘い甘い香りに包まれて夢を見る


「梅の実が膨らんできた」と聞いて向かう。脚立をかけて登り、手でもぎ取る。届かないものは、高枝バサミで実を落とさないように切り取る。その梅の木は、数十年は経つと言う。1本から2〜3世帯で分けるくらいの実が集まり、分けていただく。

梅の実を子の肌のように撫で、傷のあるものを分ける。いくつかは自然と傷を覆うように蜜が湧き、玉になって固まっている。串を持ち、ヘタを取る。小枝が繋がったものは、少しの力でヘタと共に取れる。ひとつひとつ。両の手を経て、親の木からすっかり離れていく。

水で洗い、1粒ずつ手のひらに乗せ、布巾で水気を拭き取る。テーブルに布巾を敷き詰め、1晩寝転がらせる。朝になれば、大きめのびんに青梅と氷砂糖を交互に詰める。氷砂糖はキリの良い量。残りの実は白砂糖と共にジップロックで漬ける。1日1回、振り混ぜる。日毎、蜜が上がり、黄金色に色付いていく。



梅仕事をして、よく冷やしたFUNPYをいただく。ジュースみたく甘い香りがする赤ワイン。

ワイナリー、カーブドッチは何年か前に訪れた。山を越えて向こう側の海の方。電車やバスを乗り継いで行くと、すべての色がそこにあるかと思うほど花が盛り、収穫を待つぶどうがいくつも実っている。蝶々が横切り、子どもが後を追いかける。

特別に何かをするということもなかった。そこで採れたものをいただき、ぶどう畑や庭を歩き、温泉に浸かり、上がれば寝そべってまどろむ。ただただ、遠くに山を望み、雲が生まれる景色を眺める時間だけが、そこにあった。



梅シロップは出来上がればいくつかの瓶に分け、火を入れて冷ます。青梅が手に入る度そうしてきたように、遠く離れた家族やお世話になった方へ、手紙のように贈る。空が晴れる頃、封を開けてくれるだろうか。なかなか会えない日が続く中、黄金色のシロップに眠るものが立ち上ればいい。



『食卓一期一会』(長田弘/角川春樹事務所)
青梅に含まれる空気を封じて留める。生まれては消える食が時間を越えて開かれる。


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