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ギフト


家に帰宅して窓をあける。
簡素な室内に乾燥した冷たい空気が吹きこんだ。

今年は夏がぐずぐずと長居をしていせいか、秋が随分と慌ただしい。
開けた窓から差し込む月の光が今夜はひときわ明るい。明日は満月だ。



スマホにメッセージの通知が表示される。


『お誕生日おめでとう。
  元気にしてる?たまには顔見せにきてね。』


妹からだった。
メッセージを受け取るまで今日が自分の誕生日であることなどすっかり忘れていた。


無機質な画面に映し出される簡素で、それでいて暖かいメッセージは幼い頃家族で祝った誕生日を朧げに呼び起こしてくれた。


『ありがとう。なかなか会いに行けずごめん。』

努めて感情を薄めたメッセージを返信した。


シャワーを浴びに浴室に向かう途中、家のチャイムが鳴った。

こんな時間に誰だろうか。
不思議に思いつつドアを開けるとそこに立っていたのは矢代だった。


「…どうしたんですか?!」

想定外の訪問者に百目鬼は動揺した。


「近くで用事があったから寄ったんだよ。つかさみぃ。家あげろ。」

持っていた洋菓子屋の箱を手渡し、部屋に上がり込んだ。


「あの…これは?」

「ケーキ。近くに店があったから。洗面所借りる」
そう言って矢代は1人洗面所に向かった。

「何か飲み物買ってきます」
手を洗う矢代に声をかける。

「行かなくて良い」

「でも、ウチには今水くらいしかありません」

「いい。水でいい。つーか別にいらねえ。」

「…わかりました」
矢代の強引な言葉に百目鬼は押し切られ、なんとなくその場を動けなかった。


「ケーキ…開けていいですか?」

「ここで?まあいいけど。」
少し呆れた顔で矢代は鏡越しに百目鬼を見て笑った。

箱を開けると、中にいちごのショートケーキが2つ入っていた。
真っ白な生クリームの上に小ぶりで真っ赤な苺が乗っている。

2つのうち片方にはケーキの大きさに対して不釣り合いな大きさのチョコレートプレートも添えられていた。
プレートにはhappy birthdayの文字が書かれている。

「今日誕生日だろ。ホールは流石に食えねえから」


言い訳のようにボソボソと喋る矢代を見て、百目鬼はたまらず背中を抱きしめ、そして首筋に口付けをした。
うなじから匂い立つ矢代の甘い香りにすぐに夢中になった。


「なに、そんな感動しちゃった?」
興奮する獣をあやす様に百目鬼の顔を首から離す。

そして正面に向き替えると続きをどうぞと言わんばかりに百目鬼の顔を自らの首元へ引き寄せた。

百目鬼もまたそれに応えるように矢代にしゃぶりついた。
顎のラインを上からなぞるように舌を這わせると、それに合わせるように矢代が唇を合わせる。

歯の隙間から少しだけ覗かせた舌を押すとゆっくりと口内が開いた。
艶めかしい舌の絡み合う音と吐息が狭い空間に響いた。

百目鬼が矢代のシャツのボタンに手をかける。

ひとつ目のボタンをはずし終え、その次のボタンに移ろうとすると、矢代はその指をなぞり、そのままその手を自らのベルトに誘導した。

ゆったりとしたリズムを奏でていたキスは激しく、互いを喰い合うようなものにすり替わっていた。


まるで息の根を止めようとしているかのようだった。
その息苦しさは矢代を強く興奮させ、自らのモノを矢代は扱かずにはいられなかった。


息があがり、小さく喘ぐ声を聞き逃すまいと今度は口元に耳を近づける。
必然的に近づいた矢代の浮つく腰に手をかけ、尻の穴に指を押し当てた。
そしてゆっくりと穴をほぐしていく。

百目鬼の指を深く飲み込む頃には、矢代にも余裕は消え失せていた。

「後ろ、向いてください」
そう言って矢代を再び鏡の方に向き直させると、腰を掴みゆっくりと挿入した。

矢代から呻き声がもれた。
2人の体温と湿度で洗面台の鏡はうっすらと曇っている。

ゆっくりと矢代を突く腰は徐々に激しくなった。

ー揺れる前髪の隙間から鏡越しに写るその表情が見たいー

矢代の美しく歪んだ顔が腰を掴んだ百目鬼の手を離せなくした。


-漏れる声も吐息も匂いも全て欲しい過去もこれからも全てが欲しいー

独占欲で頭がおかしくなりそうだった。
頭の奥が感情と快楽の閃光で締め上げられるようだった。

欲望と快楽、そして独占欲に飲み込まれて激しく腰を振り
動きに合わせるように矢代のそれを扱く。

漏れ出した汁と皮膚のぶつかり合う音が室内に響いた。


顔を上げた矢代と鏡越しに目が合う。

その隣に映る自分が目に入って百目鬼は思わず目を背けた。
快楽に溺れている自分など見たくはなかったのだ。

それを見透かすかのように矢代は強引に百目鬼の顔をもって鏡を見るように促す。

「こんな所で襲っといて今更照れんじゃねえよ」

そう言い終えると矢代は自ら腰を激しく振った。
百目鬼もまたそれに応えるように強く打ち付ける。


込み上げる快楽のピークに視界が狭まる中、鏡越しに2人の視線がぶつかった。
そして示し合わせたように2人で果てた。



「ケーキ、食べようぜ」
シャワーをあびて矢代の髪を乾かしているとほったらかしになっていたケーキを見ながら矢代は言った。

「はい。」

リビングに移り、ケーキを取り出す。
室温で少し緩くなった生クリームはいつもより甘い。

それはまるで今夜の2人のようなケーキだった。


おわり

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