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アドリアンイングリッシュ3 悪魔の聖餐~pixivBL小説の海を飛び出して~

今まで読んだことあるBL小説の9割9分9厘が二次創作の薄いブックかpixiv小説だった私。
仕事をお休みしている昨今、何を血迷ったのかモノクロームロマンス小説を手に取り読み始めてしまったらどハマりし、なんと三回の徹夜を経験、7月頭から現在(7/18)までで17冊も本を読んでしまいました…恐ろしい…
何がいいっていろんな理由があるけれど!
最初に手に取った叛獄の王子や狼を狩る法則シリーズもすごくよかったんですけど、圧倒的に気持ちを掻っ攫われてしまったのがこのアドリアンイングリッシュ…特に3巻以降はずびずび涙と洟をすすりながら情緒を狂わせながら読みました。
「よかった」という一言では表せない苦しい気持ちもあったけど、何がそんなによかったのか感想をつらつらと述べたいと思います。

(一巻はこちら)

(今日話題にする3巻はこちら)

1、2巻もミステリーやロマンスの先の読めない展開にハラハラどきどきでページをめくる手が止まらなかったのですが、この3巻からは特に感情が揺さぶられ、終始涙が止まりませんでした。
視点となるアドリアンの感情の動きももちろん、相手のジェイクのわかりにくいながらもかすかに揺れ動く感情を垣間見るのもまた辛い…そして悲しい。

3巻はクリスマスシーズンに悪魔カルト集団の事件に巻き込まれながら、アドリアンとジェイクが甘々イチャイチャと逢瀬を重ねる様子が前半に盛り込まれています。2巻までのぎこちないふれあいから一変、情熱的で心温まる描写ににっこり…
同時に、外で会うときはどうしても人からの目を気にしてしまうジェイク…ご飯を食べるのも周りを気にしてびくびくしていて、友人としてのハグやふれあいもなし。カミングアウトをしない”クローゼット”の男としてのジェイクの恐怖が、じわじわと伝わってくるとともに、それをアドリアンの視点から見ることで、アドリアンの言葉にはされていない寂しさも感じる。
でも、アドリアンは決してそのことでジェイクを責めない。その鷹揚な、ある意味自立した人間同士の関係として二人のことをとらえているアドリアンのスタンスが、きっと彼の魅力のひとつなんだろうなあ。そんなところにジェイクは救われているのかもしれない。
そして、事件の謎解きを進めるとともに、ふたりの関係にも暗雲が差し込めて行きます。
事件に首を突っ込むアドリアンは、どうしてもジェイクと一緒にいたことになる。ジェイクはアドリアンと一緒にいたというのを同僚に知られたくない。だからこっそりと、殺人の第一発見者のアドリアンを警察が来る前に家に帰して、彼が現場にはいなかったことにしようとするジェイクに向かってアドリアンが放つ言葉。それはアドリアンのそれまでのジェイクとの関係の寂しさが滲んでいてて切ない。

「僕は証言台に立たされて、お前はただの友人ですって証言させられるのか? 偽証するのか? なあ、どこまでいくんだ」

他のレビューではジェイクへの怒りが爆発しているみたいなんですが、私自身はジェイクのような流され侍、愛はあるけど煮え切れない不貞男がとても好きなんです…。自分がゲイだということを自己嫌悪してて、でもそれは家族を失望させたくないとか社会的な体面という、根っこには優しさや自分の人生を自分だけのものととらえられない親しい人への思いやりがあって、それゆえの臆病さだと思うとまた切ない。この優しい優柔不断と不誠実さ。
ずっとアドリアン視点で物語が進んでいくのでジェイクの心中は推し量るしかないのですが、今までSMクラブの”ご主人様”として「怒り」の形でしかゲイとしての性欲や自我を発散できなかった彼が、1巻でアドリアンに恋をして、付き合いを申し込んで……その一方で彼は女性と付き合って結婚を考えている最低男だったわけですが。でも無自覚だとしても一縷の望みをかけるようにアドリアンに告白して付き合って、どこかでほんとうの自分を認めて生きていく生き方も模索していた……と思うと本当にズルくて自分本位。でもその足掻く姿が堪らなく哀れで、愛おしいと思ってしまいました。最低だけど最高に人間くさい。
穏やかに二人が付き合っている期間のジェイクのアドリアンへの物言いやセックスは慈しみと愛に溢れているのに、決裂寸前はレイプ紛いの乱暴さと強引さで、ジェイク自身がゲイである自分をどう思っているのか、その態度が鮮やかに語るんですよ。
ジェイクのアドリアンへの恋心と、ジェイク自身の自己受容は表裏一体……

あとこのシリーズ、主人公のアドリアンが私と年齢が近いのもあって、ゲイとか関係なしに彼が感じている「ひとりの寂しさ」がひしと滲みてきます。独身の女性も男性も、誰もが持ち得てるだろう寂しさが、彼のユーモアと飄々とした態度の隙間から覗くのもまた堪らないです。
ゲイに対する悪感情もそうだけど、好意的な感情や善意の好奇心からくる無意識の差別もほんと痛々しく生々しい。これは同性愛だけでなくて、日本社会の中での独身女性・男性や外国人というあらゆるコミュニティにおける「普通」でない人たちの内側に少なからずあるものだと思います。

アドリアン・イングリッシュ、アドリアンとジェイクというふたりの主人公は、まさにこの社会における「恋愛」や「家族」というものをどうやって築いていくか、その裏にある感情や価値観を切々と表現してくれるお話です。ゲイロマンスというのはもちろんですが、そういう意味でも共感できる部分は多い作品でした。


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