放送大学 日本語学入門第2回「文字・表記 ―書き分けの原理―」石黒圭教授

 第2回はなんと石黒先生の講義である。ちょっと日本語を勉強しようと思った人なら誰でもお名前を知っている、高名な教授だ。わたしは一度セミナーでお会いして、ご著書にサインをいただいたこともある。

日本語の表記の特徴

 その石黒先生が文字と表記を語る。どんな話なのだろうと思ったが、まずは日本語の特徴から。
 英語は一単語ずつ分かれている。他の言語もそういう語が多い。
 だが日本語は分かち書きをしない。ひらがな、カタカナ、漢字を交ぜて書くと「漢字+ひらがな」「カタカナ+ひらがな」のまとまりが文節となり、分かち書きの代わりを果たすからである。

ひらがらとカタカナ、漢字の機能の違い

 日本語において、ひらがなは文法的な意味を持つ(いわゆる「てにをは」を思い浮かべると頷ける)、対してカタカナ、漢字は実質的な意味を持つ。こう決めてすべてを書き分けられればよいのだが、たとえば形式名詞はどうだろう。

この表はある調査の結果を示した{物・もの}である。
昨日買い物にでかけた{時・とき}に虹を見た。

講義画面より

 上は、「物」と「もの」、どちらを使うのがよいか。この「もの」は、文法的な機能を担っているのでひらがながよいかもしれない。
 だが下の「とき」はどうだろう。「とき」は実質的な意味を持つから漢字で書くのが一般的かというと、ひらがなで書く人も多い。石黒先生もそうしているという。
 副詞となるともっと話が複雑になる。

月食の日は、全国的に曇り空で月が{全く・まったく}見えなかった。
月食の日は、全国的に曇り空で月が{全然・ぜんぜん}見えなかった。

講義画面より

 上の「まったく」はひらがなで使われることが断然多い。下の「全然」は漢字を使う人が多い。けれども、「まったく」も「全然」も実質語であり、同時に機能語である。
 それをどのように使い分けているかというと、和語はひらがな、漢語は漢字を使う人が多い。上の例もその傾向そのままである。
 さらに複合助詞「~について」「~によって」「~に対して」となると、前の2つはひらがな、あとの1つは漢字を使う人が多い。だが、その理由はうまく説明できない。

ひらがなの持つ効果

 次の例はどうだろう。漢字とひらがな、どちらを選んで使うだろう。

帽子/ぼうし
散歩/さんぽ
洗濯/せんたく
饅頭/まんじゅう

講義画面より

 このあたりは、漢字でもひらがなでもどちらでも書くだろう。だが上の2つは、「ぼうし」「さんぽ」とひらがなにすることも多い。子どもの使う語はひらがなにする傾向が高い。これはわかる。

カタカナの役割

 カタカナは、「耳で聴いた音を表す表記」と考えるのがよいという。たしかにオノマトペも外来語もカタカナで書く。「バタン」「トントン」「ガチャン」といった擬音語、「ワクチン」「マスク」もまさにカタカナ語だ。
 そのほか、日常的な言葉のわりには漢字が難しい「鞄」「靴」「椅子」「眼鏡」は、「カバン」「クツ」「イス」「メガネ」と書くことが多い。
 この現象には、漢字という文字を通して言葉と認識しているのではなく、音として憶えているので、カタカナを使うほうがわたしたちの感覚に合っているからだ、という説明がつく。

増えるアルファベット表記 

 英語表記はどんどん増えている。たとえば、e-mailなど英単語がすでに生活のなかに入り込んでいたり、PC(Personal Computer)やATM(Automated Teller Machine)など頭文字をとった語もよく使われる。
 かと思えば、KY(空気読めない)、TKG(卵かけご飯)など日本語由来のアルファベット語も一般的だ。
 企業名もTOYOTA、SONYなど、企業活動を国際展開するにあたり、カタカナだったものがアルファベット化される例が増えている。

漢字は表語文字

 では漢字はどうか。漢字は意味を重視し、音声を軽視する表記であり「表意文字」と呼ばれている。だが漢字は実際には音を有するし、日本語という特定の言語のなかで語や形態素と結びつくため、専門的には「表語文字」というそうだ。
 漢字のやっかいなところは、まず同音異義である。とくに二字漢語で問題になりやすい。「コウテイ」ひとつでざっとこれだけあるのだ。

皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。
校庭には桜の木が植わっている。
③言語のアクセントには音の強弱によるものと、音の高低によるものがある。
④人は肯定されるとやる気が湧く生き物である。
⑤地酒の酒造では酒造りの工程を見せてくれるところが増えている。
⑥旅行会社からツアーの行程について説明を受けた。
⑦十大弟子と呼ばれるブッダの高弟は、その教えを世に広めた。
⑧各国大使には公邸が与えられ、住居兼レセプション会場となる。
⑨聖書のテキストには多数の写本を用いて校訂が繰り返された歴史がある。
⑩保育にかかる費用は、公定価格として政府が一定の基準で算定している。

教科書pp35-36

 こういうのは、耳だけで聞くとしばしば聞き違いの原因になってしまう。
 かと思えば、「硬い」「堅い」「固い」などの異字同訓も、書くときには辞書を引かないと間違えやすい。
 異字同訓は日本語の動詞の意味を限定して読みやすくする働きがある一方、あまりにも意味の区分に注目しすぎた結果、使い分けが煩雑になっている。
 以上が第2回のあらましだった。漢字・カタカナ・ひらがなの表記について、日本語はこれだけ表記の種類があるから速読ができてとても便利だと思っていた。だがもちろん、煩雑ではあるし、新しく学ぶ側にとっては高い壁のひとつになるのだろう。
 一方アルファベットを使う語、たとえば英語は、早く読むには適していない……と書こうとして、いや待てよ。英語はパラグラフ・ライティングの原則に従って書かれていることが多いので、速読に不向きというわけではない。もしかしたら、日本語はどんな書き方をされていても速読できるから、きちんとした書き方ルールが教えられてこなかったのかなぁ、などと思ってみた。

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