「自分が」ボランティアワークをしても、団体・組織がほしいですか?

翻訳者団体の代表はJAT(日本翻訳者協会)とJTF(日本翻訳連盟)

 少し前に、ある職業の人たちが「翻訳者には団体があるから」と、少し羨ましげな感じでTweetしていた。
翻訳者団体の代表的なものとして、JAT(日本翻訳者協会)とJTF(日本翻訳連盟)が挙げられる。
 JATは元々、日英翻訳者が集まって作った団体で、個人主体である。年会費は10,000円。対してJTFの会員には翻訳エージェントが何十社も入っており、会長もそうした会社から出ている(ただし2023年7月現在の副会長は個人翻訳者)。こちらの会費は、個人ならば入会金5,000円、年会費10,000円である。

同業者の知り合いが増えると……

 会員のメリットとしては、どちらも「同業者の知り合いが増える」ことがある。団体に入ってセミナーに参加したり他の活動(後述)をしていると、自然に同業者の知り合いが増えてくる。
 じっさい、翻訳者は同業者同士のネットワークが盛んだ。同業者の知り合いが増えると、同じ悩みを共有する知り合いが多数いるとわかる。トライアルの受け方や、翻訳の仕事をどうやって探すか、営業の方法なども教えてもらえる。注意してコミュニティの発言を読んでいれば、個人が得られる実際の単価もわかってくる。
 さらには、知り合いが仕事を紹介してくれることも珍しくない。これが最大の実利だろう。他業界と比べると、同業者から仕事を紹介してもらえるケースがとても多いと言える。
 また、前述したとおり、両団体ともセミナーを主催している。JATのセミナーは基本的に会員のみが参加できるし、JTFは非会員会員の約半額で参加できる。
 こういうセミナーを受けると、スキルアップはもちろんだが、業界情報にも詳しくなってくる。SNSでの情報や、別団体の「お茶会」「おしゃべり会」情報も入ってくるようになる。そういう会に出席していると、いっそう知り合いや友人も増えてくる。お互いのことがわかるにつれて、仕事を紹介してもらえる確率もどんどん上がっていく。
 出版翻訳者ならば、印税の相場もわかってくる。どこが高いかはなかなかわからないが、どの出版社が安いかはわかる。
 産業翻訳者であれば、CATツールについての情報が得られる。また、出版と同じく、レートの高い翻訳会社はなかなかわからないが、どの翻訳会社が安いかはわかる。

料金やスタイルガイドが誰でも見られる

 そうしたメリットに加えて、JTFでは産業翻訳の「標準料金」を公式ページにアップしている。個人翻訳者が得られる料金ではなく、クライアント企業が支払う目安だ。翻訳を発注する際にはこの欄で相場を知っておいてね、というものだ。
 機械翻訳、とくにDeepLやChatGPTの台頭で、実態がだんだんその相場にそぐわなくなってきているのは置いておくとしても、「基準値」がわかっており、団体からオープンに発表されているのは大きい。ここに関しては、入会していない翻訳者も恩恵を被っているといっていい。
 JTFのメリットとしては、ほかに「日本語標準スタイルガイド (翻訳用) https://www.jtf.jp/pdf/jtf_style_guide.pdf」が発表されており、これも、会員でなくても、いやだれでも利用できるというのは業界にJTFがあるからこそである。

会員になっても実現されないこと

 ただし残念なのは、健康保険組合がないことだ。健保があれば、保険料がおそろしく高い国民健康保険に入らなくて済むのが大きなメリットとなるはずが、JATにもJTFにもそれがないのが玉に瑕である。

ボランティアの負荷が高いことも

 もうひとつ、こうした団体にはボランティアがつきものである。運営を担当する幹事職のたいへんさは想像に難くない。だがそれ以外にも各種の委員会等が存在しており、お役目が回ってくることがある。
 たとえばわたしは、JATでは「アンソロジー委員会」というのに入って3年間担当した。JATは年に1回、『翻訳者の目線』というアンソロジー集を発行する。これを制作するチームだ。
 毎月5月に原稿依頼、7~8月は原稿読みと原稿整理、9月は入稿と校正。トータルで100時間近く費やしていた。翻訳者というのは、ことばや文章にこだわりは強いがライティングは素人というのがほとんどだ。そういう執筆者たちを何十人も相手にして、いま思ってもがんばったよなぁとわれながら思う。

ボランティアのレベルを超えるアンペイドワークもある

 JTFでは、機関誌の校正をやっていた。負荷の少ないボランティアで、これくらいなら長く続けてもよいかなあと思えた。
 だがJTFでは、このほかおそろしく負荷の高いアンペイドワークもやった。セミナーを取材して機関誌用に原稿を書くという業務だ。
4人が90分間登壇するセッションを、音声を起こしながら2000字ほどの原稿にまとめ、スピーカー全員の承認をもらって、完全原稿を事務局に送るという工程だ。これをひとりが2本担当する。
 セミナー当日から原稿の締め切りまでは2週間もない。この間、フリーランスとしての仕事も当然ある。セッション原稿は睡眠時間を削って書くしかない。仕事をしながら、2週間未満で2000字✕2本の原稿を仕上げるのは、かなり厳しかった。
 前段でも書いたが、翻訳者は言葉、文章にこだわりの強い人が多い。スピーカーによっては、何度も何度も突き返してくる人もいた。メールでのやりとりも含めて、トータルで40時間ばかり費やした。2週間の間にである。
 あの負荷の高さは、わたしが有償で受けているどんなライティングをも上回った。

それでも業界団体があったらいいと思うか

 JATのアンソロジー、JTFの機関誌原稿書きは、やはり負荷が重すぎたのだろう、わたしがやめてすぐに体制もやり方も変わった。いまはあれほどたいへんではないと信じよう。
 とはいえ、JTFやJATで理事になっている知り合いも何人もいる。「委員会」や「係」とは違って1年中仕事があるのだ。話を漏れ聞くだけでほんとうに時間をとられていると思う。こういうポジションを務めていると、年間でどのくらいの時間を捧げなくてはならないのだろう。その時間分を仕事に振り向けていたらと、逸失利益を考えるだけで頭が下がる。
 というわけで、団体に入るのもいいが、ボランティアワークがあったりする、それでもやっぱり「業界団体があったらいいな」と思うだろうか。そのために「あなた」は、仕事や睡眠の時間を削ってどれだけの貢献ができるだろうか。

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