おしゃべりロープマジックを見にいく

 白い髪に真っ赤なジャケットがよく映える。少し痩せただろうか。手にはロープを持っている。ということは、今日もロープをやるのね。
 20年前もわたしはここで、この演者を見ていた。どこにでもいる顔つきの、人のいい課長さんといった風でグレーのスーツを着たマジシャンが、おしゃべりをしつつロープマジックを披露してくれた。ダーク広和さんである。
 学生マジシャン時代、ダーク大和氏のアシスタントをしたことがある。そんな縁もあって、ダーク一門には親しみを持っていた。社会人になってだいぶ経ってから何気なく寄席を見にいったら、奇術はダーク広和さんがおしゃべりマジックを演じていたのだった。
 そして今日もロープだ! 20年前と同じというのが嬉しい。というのは、マジックが見たいなぁとつらつら思っていたが、マジックバーとなると高いし家から遠いところばかり。だが、寄席ならアクセスのいい演芸場があるし、気軽に行ける。広和さんが出演するのはいつだろうと調べてみたら、2月の上席、昼の部で鈴本演芸場という予定がある。鈴本ならアクセスもよい。このタイミングを逃す手はないではないか。
 というわけでいまここ、上野の鈴本演芸場に来ている。真っ赤なジャケットという目立つ衣装で登場した広和さんだが、しゃべりはふんわり、なんとなーく世間話という体で話す。マジックの世界大会であるFISMで、派手さのないロープマジックだけで優勝をさらっていったタバリを語りながらのロープマジックだ。
 タバリの名前はわたしも知っていた。「マジシャンにとって不思議」なロープマジックを演じるチャンピオンである。たとえば、ロープなら3本のロープが一瞬で1本になるとする(これを「現象」という)。これなら「あっ手品だな」とわかりやすい。
 タバリのルーティーン(手順)はそうではない。ロープを独自の方法で見せて、何本なのかよくわからないうちに増えたり減ったり長さが変わったりという現象が起こる。つまり、一瞬で何かが何かに変わりました!というのではなく、現象がわかりづらいのであまり一般受けはしない。しかし、ロープマジックといえばああでこうで、ネタ(仕掛け)はあれかそれだよね、とマジックをかじった人ならばふつう予想がつくのに、それを裏切り「えっ!? そこでそうくる?」じゃあ、あのネタではない。磁力でくっついたり離れたりするマグネットロープを使った様子もない。 
 不思議なことはまだある。マジック界に身をおいたことがある者は必ず、マジシャンが現象を披露するのと反対の手や身体の動きを見ている。観客の目を反らしておいて、その間に反対の手で仕込んだり逆に不要なものを処分するというのはマジックの基本中の基本であるからだ。今日ももちろんずうっと見ていたが、どうも怪しい動きはない。
 つまり、どこからどう見ても、マジックを知る者にとってネタがわからない、不思議なマジックなのだ。広和氏はなんとなーくタバリの話をしながら、「わたしたちにとってこれが不思議だったのです」と次々に、知っている人だけが「ええっ!?」と思うマジックを繰り出す。
 だが周りのお客さんの反応はあまりよくない。ただでさえロープというネタには派手さがないうえに、注意していないと何が現象なのかがわからないタバリのルーティーン(手順)である。観客は、何かが起こった気がするから拍手しているという感じ。一般受けしないとわかっていても、やりたいからやっているのだろうか。
 広和さんは最後にロープを束ね、はさみで切ってもらう。これは昔からあるマジックだ。自分で切るのではなくて他人が本当にはさみでばらばらに切る(本来はお客さんをステージに上げて切ってもらうころだが、このご時世だからそれができず、前座さんに頼んでいた)。切ったはずのばらばらのロープが長いロープに元通り! ここで周りのお客さんは初めてああっと驚いていた。
 広和氏は、一見するとだらだら話しているように見える。20年前はもう少しサラリーマン風のしゃべりだったように思うから、こちらの芸風を追究してきたのだろう。現象を見せるときも「どうだ!」という感じで手をぴたっと止めて見せるということもなく、だらだらした話の流れで「なんかこうなっちゃいました~」という感じに見える。だがそのマジックはというと、かつて世界のマジック界を席巻した、そしてロープマジックの代名詞となったタバリのものである。それを「隣のおじさん」のような雰囲気で話しかけながら演じることができるのは、広和さんだけであろう。
 最後にジャケットを脱ぎ、ロープの絵が描かれた黒いTシャツを見せる。なるほど、ネタであるロープを題材にイラストTシャツを作ったのね。と思ったら一瞬後ろを向き、もう一度前を向いたら赤いTシャツに大変身。衣装チェンジである。これが周りのお客さんには大受けだった。
 いまのお客さんは歌手の衣装早変わりに慣れているから、これくらいでは「マジック」と思ってくれないのではないかとちょっと心配したが、そんなことはなかった。歌手の衣装早変わりはスモークの中で10秒くらいかかるが、マジックなら一瞬だ。それまでは「地味~に、だらだらと」やってる風に演じてきて、そのしゃべり方は変えず、一目でわかる現象で締める。
 見た後にふわっと幸せな気持ちが湧いてきて、そしてぱあっと楽しい気持ちになれるマジックだった。また見たいなぁ。20年後では遅すぎる。次に鈴本で演じてくれるのはいつだろう。チェックしておかないと!

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