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 客先から来たメールに動揺し、仕事に集中できなくなってしまった。困ったなぁ、今日中にゲラ(校正刷り)を発送しないといけないのに。うーん。試しにアレを使ってみるか。
 模様が印刷された黒いシートを取り出す。万年筆のペン先のような専用ペンで、ガイド線をなぞって黒シートを削っていく。
 すると、ホログラムの線が現れた! こういう仕組みか。
 子ども時代にも似たような遊びをした。クレヨンを何色でも自由に使って、厚めに画用紙を塗り込んでいく。この上から黒いクレヨンをできるだけ均一に塗って、黒一色の画用紙の体にする。ここからが楽しい。硬貨や先のとがった棒で好きに削っていくと、黒の面が削れて、その下に塗った美しい色で線が出てくる。幼児には不思議でたまらなかった。4歳の誕生日、どこに行きたいかとたずねられ「ネオン!」と答えた子は、黒い背景に輝く色が踊るものが大好きだったのだ。
 いままさに、幼いあのときの感覚が蘇ってきた。黒シートに印刷された模様のとおりに、専用のペンでなぞっていく。黒い部分が削れて、下からキラキラ輝くホログラムやカラフルに光るレインボーの線が現れる。今日のnoteトップ画像にその写真を入れてみたが、どうもわたしの写真技術の未熟さにより「キラキラ」が表現されていない。実際には光に煌めきまばゆいばかりだ。
 「スクラッチアート」を知ったのはつい最近のこと。ダイソーで見かけて、軽い気持ちで購入した。たしか「集中力アップ」にもいいという記事も見たはず。ならば、納品に向けて集中しなければならない「いま」これをやってみよう。というわけでカリカリと削っているというわけだ。
 だんだん無心になって、「いま、ここ」に自分がいるという感覚だけになった。……ふと、「むかし」のことが頭をよぎる。謄写版(ガリ版)という印刷方式があったな。蝋を塗った薄い原紙に鉄筆でなぞって文字を書いていく。たぶん小学校低学年の頃は、これで学級通信が作られていた気がする。結構難しい技術で、鉄筆など子どもの手に負える代物ではなかった。すぐに失敗して紙を突き抜けてしまったが、それでも何回かは経験したはず。そうそう、穴が空いてしまったり文字を間違えると、茶色い修正液を塗ってまた書いたのだった。
 ガリ版原紙と鉄筆は難易度が高かったが、数年後に颯爽とボールペン原紙が登場した。原理は同じだが、鉄筆ではなくボールペンで書けたので、扱いやすく失敗も減った。修正液がひどく臭いのが難点ではあったが、それでもボールペン原紙は、ガリ版の蝋原紙よりはずうっと書くのが楽だった。
 スクラッチアートを削る感覚は、ガリ版原紙とボールペン原紙を削っていく強さのちょうど中間くらい。もちろん、ふつうに削れば穴が突き通ってしまうことなどない。
 これ、意外に楽しいじゃない。そして、10分やったら脳がクリアになってきて仕事に戻れた。ほんとうに集中力を取り戻せた。ネオンや夜景、イルミネーション好きの自分にはぴったりのツール、かつ技法であることがわかった。
 スクラッチアートの効果を調べてみると、集中力アップのほか、美しい「作品」が作れるために満足感が得られたり、癒されるという声も多く、指を使うため高齢者にとっては認知症予防にもなるらしい。
 これは意外な発見だった。今度はもう少し凝った図柄を削ってみたい。世界遺産がいいかな、わたしは紋様が好きだからそういうシリーズはないだろうか。気づいたら、モンサンミッシェルや姫路城が黒シートに印刷されたスクラッチアート集をカートに入れていた。よし、次はこれだな。そうだ、だれか工場夜景モチーフのスクラッチアートを作ってくれないかなぁ。売れると思うのだけれど。

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