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音楽を聴くことの意味を考え続けた年に 2020年の個人的なベストアルバム25+1

いろいろなことを考えてばかりだった

 こんな年に、たとえば「NO MUSIC, NO LIFE」のような、音楽至上の言葉を掲げることにためらいがある。音楽を人前で演奏することがむずかしかったとか、そういうことではなしに。

 そんなふうに始めると、ちょっと大げさかもしれない。だけれども、生きていくだけで精一杯だった人たちが、世界中にいるようなときに、「音楽に救われた」と安易に書くことは、すこし乱暴ではないかしら。

 そうはいっても、閉塞感(という表現も陳腐かもしれないが、実際に、先行きは見えてこないのだし)に覆われた日々の中で、「音楽を聴けるだけの生活ができた」自分にとっては、やはり音楽が日々の助けになったことも事実なわけで。逆に言えば、音楽どころではなかった人だって……。

 音楽を聴くとはどういうことなのか、その意味をぼんやり考え続けた1年。というよりも、いろいろなことを、考え続けてばかりだった1年。よく聴く音楽も、落ち着いたものが多かったような気がする。それでいて、すこし気が利いていて、胸に残る音。

 あらためて、自分は「雰囲気がよい」音楽が好きなんだと実感した。「雰囲気だけじゃないか」と蔑む人もいるかもしれないけれど、こんな世界で、雰囲気が悪い音楽に耳を傾ける余裕があるだろうか?

 自分にとって、音楽は、なければ生きていけないものではない。毎日の雰囲気を、ちょっとよくするもの。でも、映画館に行きにくいとき、スポーツ観戦ができなかったとき、それがどれほどの助けになったことか。

 個人的には、さすがにCDだけで選出することは難しくなり(外出しにくいということも大いにあったかも)、配信を本格的に活用しだした年になった。

 世界史に残るほどの災厄に見舞われた中で、思った以上にいつものように生活できてしまった、どこにでもいる、人より少しだけ音楽が好きな男が選んだ25枚のアルバム。

 以下、順不同。

Bill Callahan『Gold Record』

 90年代から活動するアメリカのシンガー・ソングライター。6年ぶりの前作からそれほど間をあけずにリリースされた新作。

 渋い。その一言に尽きる。演奏も歌詞も、とにかく渋い。どんなに楽しいことがあっても、希望を抱いても、現実は重たく、つらかった。そういうときだからこそ、この音楽が胸を打った。激動のアメリカに佇む男の歌。

Joachim Cooder『Over That Road I’m Bound』

 Ry Cooderの息子として知られるJoachim Cooder、久々のソロアルバム。

 カントリー・ミュージックの先祖と呼ばれるUncle Dave Maconの音楽を、Ry Cooderの息子が取り上げる、アメリカン・ミュージックへの豊かな歴史への旅。テーマはカントリー寄りでも、アレンジは2020年の工夫が詰まっている。電子カリンバの音色が、新しくも懐かしい不思議な世界を作る。

Fleet Foxes『Shore』

 シアトルのインディーフォーク・バンドの4作目。 

 持ち味である雄大なフォーク・ミュージックの世界はそのままに、どこかおおらかで、優しい雰囲気が漂うこのアルバムは、実はこのバンドの最高傑作なのではないかと思う。今までと、大きく変わってはいないのだけれど。

Adrianne Lenker『Songs And Instrumentals』

 Big Thiefのボーカリストによる、ボーカルアルバムとインストゥルメンタルの同時リリース。

 コロナ禍において、誰もが世界と向き合い、プライベートな音楽を作った、と簡単に言うけれど、本当にそういう質感を持った作品は少ない。それでも中には、どこまでもパーソナルで、だからこそ、こんな時代に聴かれるべきアルバムもある。孤独で穏やかなアレンジの歌ものと、穏やかな心象風景を描いたインストゥルメンタルの2枚組。しかし、2枚組という概念も、だんだんなくなっていくのでしょうか。

Bibio『Sleep On The Wing』

 イギリスのプロデューサーによる10曲入りの新作EP。アルバムというには短いかもしれないが。

 この人の音楽の不思議なところは、「懐かしい」と思うところだ。生まれも育ちもまったく違うのに。イギリスの田園風景が眼に浮かぶような、音響派フォークとでも呼べばいいのか。訪れたことのない世界を想像させる力が音楽にはあるのだと思う。

Brendan Eder Ensemble『To Mix With Time』

 アリ・アスターの初期作品の音楽を担当した作曲家によるプロジェクト。

 木管楽器を効果的に使った、ジャジーなチェンバー・ポップ……と評すればよいのか。演奏もアレンジも巧みなのだけれど、どこか人を食ったようなユーモア感覚が漂う。Aphex Twinのカバーもあるものの、よりによって『Selected Ambient Works Volume II』の曲を選ぶセンスも謎。

Healing Potpourri『Blanket of Calm』

 サンフランシスコのポップ・メイカー、Simi Sohota率いるバンドの3枚目。

 ギターポップを飛び越えて、あえてのサンシャインポップ、ソフトロック路線に心を打たれる。メロディーもアレンジもよく、ベタな表現でよければ、まさに西海岸の爽やかな風を感じさせてくれるアルバム。ただの懐古趣味ではなく、90〜00年代を通過したちょっと宅録的な雰囲気があるのもよい。

Marker Starling『High January』

 2000年代にMantler名義でtomlabに3枚の作品を残した、トロント在住のChris A. Cummingsの通算9枚目。

 The High LlamasのSean O'Haganがプロデュース、StereolabのLaetitia Sadierがエンジニアを務める。どことなくAOR的な雰囲気と、それと相反するように繊細でパーソナルな質感をたたえた、独自の曲作りが耳に残る。メロウではあるのだけれど、過度にレイドバックした風でもない、ありそうでない内省的なムード。懐かしく聴こえたり、新しく思えたり。

Jarrod Lawson『Be The Change』

 ポートランドのシンガー・ソングライター、ソウル好きの間で話題を呼んだデビュー作から6年ぶりの2作目。

 誰にでも勧められるアーバン・ソウル。ネオ・ソウルというよりはもう少しジャジーで、そうはいってもコード感や曲の展開などを凝りすぎておらず、聴きやすいのも見事。曲調もさまざまで、捨て曲もない。俗っぽい言い方をすれば、気が利いている作り。

Paul McCartney『McCartney III』

 『McCartney』から50年、『McCartney II』から40年目となる18作目のソロアルバム。

 とにかく、相変わらず。人懐っこいメロディー、突き詰めすぎないがゆえに逆に古くならないアレンジ、そうはいってももう少し煮詰めたほうがよくなるのではと思わせる展開、悪くないけどこれを入れるほどか? と思わせる曲順、すべてがそのまま。食い足りないけど、愛おしい。まさに『McCartney』シリーズの3作目にふさわしい。

藤井風『HELP EVER HURT NEVER』

 2019年にデビューしたシンガー・ソングライターのファーストアルバム。

 まさに今の世代、という感じの音。強烈に斬新なアレンジだとか、聴いたことのない曲調だとか、そういうものではない。今どきの言語感覚を、あっさりとR&Bにのせてしまうという、フラットな素材の選び方に妙味がある。「こうあるべき」という固定観念のなさが、聴いていて気持ちよい。

Taylor Swift『folklore』

 唐突にリリースされた8枚目のスタジオアルバム。リモートワークによって制作されたとのこと。

 本人の経歴からすれば、地味。おそろしいほど地味。「歌」に寄り添った、静かに声を聴かせるアルバム。とはいえ、さすがにアレンジは過不足なし。また、彼女の歌唱力もよくわかる。Taylor Swiftをあまり聴かないという人にこそ、刺さるのではないかしら。

Indra Lesmana『Sleepless Nights』

 インドネシアのジャズシーンの大物による新譜。通算……何作目だろう?

 恐れ入りました。アレンジといい、アンビエンスといい、今どきの内省的なR&Bの雰囲気だ。ベタベタに甘い瞬間もなければ、モンドなローカル風味などカケラも感じさせない。洗練された雰囲気で、クドさなく聴かせてしまう。「But Beautiful」など、Lo-Fi Hip Hopの換骨奪胎といった感じ。

Chari Chari『We Hear The Last Decades Dreaming』

 井上薫のプロジェクト18年ぶりのニューアルバム。

 とてもスピリチュアルで、そしてバレアリック。太古の息吹を感じさせるような幻想的なハウス・ミュージックは、家で聴くのにもよいし、人がいないところを散歩するにも向いている。ふさぎ込んでなかなか気持ちが外に向かわないときにも、ずいぶんとお世話になった。

Roos Jonker & Dean Tippet『Roos Jonker & Dean Tippet』

 オランダのシンガー・ソングライターとマルチ奏者の共演。Benny Singsのプロジェクト、We'll Make It Rightでも同僚だった。

 極上のベッドルーム・ポップと表現しましょうか。キュートとか、チャーミングとか、そのような形容が似合うアルバムだ。大げさなところもなく、自然体。ジャズっぽいとか、ボサノヴァっぽいとか、いろいろ言いようがあるけれど、なんとも等身大で気持ちいい。

Westerman『Your Hero Is Not Dead』

 ロンドンのシンガー・ソングライターのデビューアルバム。

 一筋縄ではいかない、という評価が、たぶんふさわしい。フォーキーではあるが、ダークなニューウェーブの影響もほのかに漂う。メロディーは掴みどころがなかったり、唐突に妙な音が鳴ったり。「〇〇に似ている」を探すと、やたらといろんな音楽が頭をよぎる、ただ、そのどれともそっくりとは言い難い、無視できない存在感を放つ一枚。

TAMTAM『We Are The Sun!』

 21世紀型ダブ・バンドを標榜する彼らの、新体制となって初のアルバム。

 レゲエやダブを昇華しつつ、シティポップの香りもほどよく入れることで、より洗練され、聴いていて気持ちよい音楽になった。最近の日本の若手バンドにはこの手の音が多いかもしれないが、さすがに彼らは経験に一日の長があるといったところ。

Khrunagbin『Mordechai』

 これまでインストバンドとしてキャリアを重ねてきたテキサス出身のスリーピース・バンドの3枚目。

 相変わらずの東南アジアや南米の「隠れた名作」を思わせる、エキゾチックなガレージ路線。その上で、歌ものの比重を増やしたことで、レイドバックしつつも、「ここではないどこか」の感じがよく出ている。

サニーデイ・サービス『いいね!』

 配信先行でリリースされたアルバム。

 なんと、ここにきて、歴代の作品の中でもっとも「ネオアコ」度が高い1枚になったように思う。みずみずしく、おまけにヒリヒリしたこの疾走感は、若々しいというより、「若い」と呼ぶにふさわしい。

Meritxell Neddermann『In the Backyard of the Castle』

 妹のJudit Neddermannもすぐれた作品を出している、カタルーニャのシンガー・ソングライター。

 密を避けつつ訪れたレコード店で流れていて、「この美しい音楽は一体?」と思わず手に取った1枚。シンガー・ソングライター然とした弾き語り系の音作りかと思いきや、ちょっと変わったリズムを入れたり、ネオソウル風の味付けをしたりと、しっかり「今」の空気感を取り入れている。

Simmy『Tugela Fairy (Made of Stars)』

 南アフリカのシンガー・ソングライター。デビュー作ではディープ・ハウス的な作風が印象に残った。

 躍動感、といえばよいのだろうか。ネオ・ソウルの気配も漂わせたディープ・ハウスといった風情の前作から、アフリカ音楽のフレーバーもほどよくブレンドし、さらに凝った音作りに。とはいえ、マニアックになり過ぎない感じはさすがといったところ。

Purnamasi Yogamaya『Oh My Beloved』

 まったく知らなかったが、リトアニアのシンガー・ソングライターだという。

 ベッドルーム的な質素な雰囲気、あるいは切羽詰まったシリアスさは薄く、かといって、ワールド・ミュージック的なこぶしが効いたそれでもない。ストリングスの効いたアレンジに、ほどよいスケール感がある。大仰すぎない不思議な美しさを持ったアルバム。

Chilly Gonzales『A Very Chilly Christmas』

 幅広い活動を続けるChilly Gonzalesのクリスマス・アルバム。

 ホリデーシーズンのための作品を年間ベストに入れることのためらいはあれど、これほどのクオリティーなら、入れないのも逆にもったいないかな、と。時にシリアスでダーク、時に優しく寄り添う、大人の作風だ。スタンダードとオリジナル曲のバランスもほどよく、毎年、12月に耳を傾けるに違いない。

Barbara Casini & Toninho Horta『Viva eu』

 ブラジル・ミナスの世界的ギタリストと、イタリア人シンガーによる、ミナス派の重鎮Novelliの作品集。

 ミナス・ジェライスの音楽は、いつでも自分を遠い異国の空に連れて行ってくれる。このアルバムも、その期待を外さない。ここ数年、南米から美しい音楽が続々と出ているけれど、ベテランの風格はさすが。Toninho Hortaのギターワークも絶品。

Thomas Bartlett『Shelter』

 The Gloamingのピアニストによる初の自身名義作。NYでロックダウンが始まって2日間で録音されたとのこと。

 悲しいことばかりだった1年。とくに今年の後半は、誰かと話したいという気持ちが空回りしたり、相談や雑談が減って心がすり減ったり、そういうことが多かったように思う。そんなときに、小さな音量で、これをずっと聴いていた。

 ちなみに、以上の25枚のアルバムから、1曲ずつ選んだプレイリストもSpotifyで作りました。2020年の締めくくりにどうぞ。

番外:Jordi Savall :Le Concert Des nations『Beethoven Revolution ∙ Symphonies 1 À 5』

 クラシック音楽から選んでいなかったので、2020年のベストを1つ。といっても3枚組だけれど。ベートーヴェンの生誕250周年ということで、クラシック音楽ではベートーヴェンの録音がずいぶんとリリースされたが、とくにこれは出色。3番と5番の颯爽としたリズムの切れ味、フレージングの巧みさ、ティンパニの迫力には眼を見張る。オリジナル楽器の「運命」では一番好きかもしれない。

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