35年生きた、35歳になった気はしない

 20代前半の頃、母方の祖父母と、東京で3人で暮らしていた。祖父も祖母も元気な人ではあったが、シンプルに言えば寄る年波には勝てず、2人が徐々に日常生活がおぼつかなくなってきたとき、いわゆる「ボケて」きた際に、自分は、なかなかそれをケアできなかった。仕方ない、とは思う。孫の立場で、はたしてどこまでできるのか。両親もいなかったし、自分自身も安定しているわけでもなかった。今となっては、しょうがない、とも考えるし、もっとできたのかな、とも考える。

 あるとき、洗濯機を自分が回して、すぐに出かけることになってしまい、洗濯物の取り込みを祖母に頼んだ機会があった。ところが、午後に帰宅して、洗濯機を開けてみると、半乾きの洗濯物が、脱水されたままの状態で固まっている。祖母が取り込みを忘れたのだ。(たいして家事をする人間ではないくせに)呆れ顔でそのことを問い詰めると、祖母は、「いやね、コロッと忘れちゃって」と悲しい顔をした。本人もその振る舞いを申し訳ないと思っていたことを、もうすこし言えば、「老い」を自覚しなければいけないという状況に彼女が立っていることを、自分ははっきりと理解していながら、「まったくもう」という感じでため息をついた。その際の祖母の顔を思い出さないように、今も努めている。孫の風上にも置けない人間。

 先日、その時の夢を見た。まったく同じシチュエーションだった。帰宅して、頼んだにもかかわらず、取り込まれていない洗濯物。夢の中の自分は、また、あの状況に直面していた。そして、相変わらず、祖母に対して、冷たい眼差しを向けていた。現実から10年経ったときに見る夢でさえ、こうなのだから、深層心理で自分の成長を認めていないのかもしれない。いや、認めていない。

 成長していない。

 2週間ほど前に35歳になったけれども、35歳になった気はしない。ただ、35年生きてきた人間が、ここにいるようにしか思えない。その中身は、どうも20歳そこそこのような気がする。

 未だに、新しいスニーカーが欲しい。打ち合わせで緊張する。翌日の朝が早いわけでもなければ夜ふかししてしまう。たまに愚痴を吐く。仕事のスキルは上がったか? 着ているものはどうだ? 人を慮る時にスマートにできているか? よく行く店のランクはどれくらい? 結婚の予定は?

 現状を見つめてみるたびに、なんとも不思議な気分になる。自分は、35歳になったのか。

 どうしてもそうは思えない。周りの35歳を見ると、いかに自分が幼いかを痛感してゾッとする。いや、その人たちだって、表に出していない部分では、けっこうたいへんなのかもしれないけれど。ちなみに35歳で活躍したキャラクターを探してみると、ギレン・ザビがそうらしい。35歳であの立場はしんどいって……。よくがんばったなあ。

 ところで、すこし前に、死を試みたことがあった。その理由と手段についてここで詳細に書くことはないし、寸前というかスタートのすぐあとに止めたというか失敗したというか……みたいな感覚でとらえていただけると。文章で書くと、とても深刻に読めるかもしれないけれども。

 人生が何かしら行き詰まっているとか、借金があるとか、罪を犯したとか、そういうことでもない。ただ、厭世的な気分を持ち続けていると、ふとした拍子に、死ぬことを選びたくなるときがある。もしかすると、自分で死を選択した人たちの中には、こういう衝動で進んでしまった人も、少なからずいるのではないかしら。ほんのすこし、針が振れただけで、人生を終わらせてしまった人。そこさえ抜ければ、普通に生きていったかもしれない人。

 試みが失敗に終わったあと、近所で火災があったらしい。とくに死傷者は出なかったようで、不幸中の幸いではある。床に寝そべって呆然としていた自分は、救急車のサイレンの音を聞きながら、「自分のほうに、延焼してきたら嫌だな」とぼんやり考えていた。さっきまで、生きることを諦めようとしていた人が。こんな大人が、いてたまるか。

 とりあえず、35年生きてもこんな感じだけれど、自分は、本当に35歳なのだろうか? 腑に落ちないまま、2022年を迎えることになる。

余談:2021年のベストアルバムを25枚選んで、1曲ずつ並べてプレイリストにしてみました。気に入った曲があればアルバムを聴いてみてください。


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