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家で聴くための音楽、その10:Joe Barbieri 『Maison Maravilha』

上質なイタリア映画のように優美

 家にいることが増えてきた人に、家で聴くとよい感じではないかしら、と感じる音楽を紹介していく連載。

 第10回はJoe Barbieri『Maison Maravilha』(2008)。

 なんとも、さびしいゴールデンウィークといったところ。外出も帰省もむずかしく、気のおけない友人と会って話すのもむずかしい。気持ちもこわばっていきそうだ。比較的、温暖な気候だというのに。

 天気がよい昼下がりに、落ち着いた寒すぎない夜に、ゆったりと聴けるまろやかな音楽を選んでみる。リラックスしたいときに、部屋で聴ける、上品なものを。

 Joe Barbieri、イタリアはナポリのシンガー・ソングライター。1973年生まれで、1993年にデビューだというから、世に出るまでは、なかなか順調な滑り出しだったようだ。ところが、90年代には、あまりヒットに恵まれなかったらしい。

 彼が評価されたのは、2004年の『In palore povere』。ブラジル音楽の影響を受けたオーガニックな音作りで、世界で高い評価を受けた。それから4年、満を持してリリースされたのが本作。

 自分が彼を知ったのも、このアルバムから。イタリアの新聞で「もしCaetano Velosoがイタリアで生まれていたら」とまで評されたという。知的でたおやかな曲作りが魅力的だ。

 もちろん、ジャズやボサノヴァの要素もあるけれど、そこにイタリア音楽らしい“泣き”が入るのが美しい。といっても、思い切り歌い崩したり、分厚いほどにバックの演奏人が圧倒するわけではない。あくまで、やわらかい雰囲気を保持している。

 何よりも、ストリングスの品のよさ。前作から格段に進化したポイントは、この弦楽器を効果的に使ったアレンジだろう。

 1曲目の「Normalmente」が、もう、すばらしい。ロマンティックなピアノのフレーズ。ささやくようなボーカル。そして弦の音色が重なっていき、クライマックスにはアコーディオンが憂愁の響きを乗せる。

 上質なイタリア映画のように優美だ。この曲を聴くだけで、特別な輝きが、この作品の中に詰まっていることを予感させてくれる。暗い部屋に小さな灯りがともるような、ため息が出る瞬間!

 少し鼻にかかったようなシルキーな歌声は、Caetano Velosoはもちろんのこと、Kenny Rankinあたりも彷彿とさせる。このボーカルを包むようなストリングスの優雅なこと。トランペットではなく、フリューゲルホルンが目立つのも、全体のバランスに配慮してのことだろう。

 メロディーや歌いまわしのそこかしこに、イタリアの香りがする。個人の国籍や趣味性にかこつけて、大雑把に特性づけるのもよくないけれど、そうはいっても、やはり文化に歴史付けられたものの特性は、ここにもしっかりと刻印されている。イギリスやアメリカからは、なかなか出てこないような空気が確かにある。

 その上で、ゲストにOmara Portuondoを迎えたり、ボサノヴァのエッセンスをまぶしてみたりと、音楽的な幅を見せてくれるあたりが、ほんとうにエレガント。趣味がよい、というほかない。

 イタリアの粋な男が作ったアルバムだ。これ見よがしな情熱でもなく、しなだれかかるようなセンチメンタリズムでもない。もっと、やさしくて、過ぎ去った何かを回想するような、しみじみとしたサウンド。

 コーヒーでも、ワインでもよい。ちょっと高級なチョコレートでもよいかもしれない。口当たりのよく、甘すぎない何かを味わいながら、そっと耳を傾けてほしい。


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