見出し画像

電車を待つ

いつか必ずいなくなるその人と今一緒に居られるということの奇跡

そんなことを真顔で言ったら
きっとバカにされるんだろうな
それか気持ち悪がられる

それでもわたしは
そういうことを考えながら生きてしまう

目の前にいる人と
最後はお別れなのだということを
心のかたすみでしっかり感じながら生きてしまう

だから何気ない普段の会話や
普通のやりとりが苦手だ
他愛のない
無邪気な
あのやりとりが簡単にはできない

心の奥で
遠く離れたところから見ている自分がいるからだ

それはでも
せつなさや絶望なんかとは全然違う

もっととめどない感覚だ
空間がゆがむような
時間が伸び縮みするような

今この瞬間が全部とつながっているのに
みんなバラバラに生きている気持ちになれることの

尊いふしぎ

そんな話をしたら
たぶん興醒めになってしまうのだと思う
だから絶対に言わない

言わないけど
ずっとずっとそれがひっかかってるんだ

そんなことを心の中でつぶやきながら
ユリは改札を通り抜け反対側のホームへ続く階段を登っていた

小さな二つのひかる箱が
これから真っ暗な湖の脇をすり抜けて
ユリたちを運ぶ

すっかり暗くなった町の中で
ホームだけが蛍光灯の白い光に浮かんで見える

英和辞典と英英辞典でずっしりと重い
ボロボロのカバンを引きずるようにして
ユリは電車を待った

いつもなら
部活が終わった運動部のみんながそろそろ駅に着く頃だ
楽しそうな笑い声が近づいてくるはずなのに
今日はやけに静かなままだ

ふと隣を見ると
見たこともないような小さなおじさんが
じっと電車を待っている

あごまでありそうな立派なムスタッシュは真っ白で
ベージュの帽子を目深にかぶり
ダブダブのズボンを履いている

おじさんはこちらを見ると
ニヤリと笑った

わたしはぞくっとした

でもそれからなぜか
普通に話しかけてしまった

おじさんはずっと前からここに住んでいるという
でもこの電車に乗っているのを一度も見たことがないから
きっと嘘をついているのだ

わたしは色々と理解のできないこのおじさんに
ちょっとイライラしてしまった
なんでこんなに小さいのか
なんでつぶらな瞳をしているのか
なんでさも自然な感じでホームで電車を待っているのか
不可解な点が多すぎるのに
そこになんの躊躇も感じられなくて
それがわたしをイライラさせる

ニヤッと笑った表情のまま
こともあろうかおじさんは
シュッと音を立てて消えてしまった

わたしは思わずあっと声を出したが
その時ちょうど運動部のみんながわやわや階段を降りて来て
ホームは急に騒がしくなった

変なことばかり考えすぎて幻覚でも見た?
明日は辞書を持ってくるのはやめておこうと思っていたら
後ろから頭を小突かれた。

お前運動部でもないのにこんな時間?

ウッセーな。
消えそうな声しか出ない。

(なんでもないようにそばにくるな。)

と心の中でののしりながら
わたしはやっぱり嬉しかった。

この瞬間はもうこれ一度きり。
わたしはこの瞬間のために
遠い宇宙からこの星にきたんだ。
と小さな声が心の中でまたする。
ちょっとうるさいなぁ、黙っててくれないかな。

腹へったなー、なんか持ってない?

わたしのお腹がギュルギュルと鳴った。


ゆっくり自然なペースで更新していきます。