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マダムと負け犬の遠吠え

 おばちゃんはいい。いつもの喫茶店に行ったら、客のおばさんが「まあ~高級ホテルみたいだわね~あら~」と店員のお兄さんの接客を褒めちぎっていた。言われた側もまんざらじゃない様子で、こんなのはおばちゃんがやらないとハマらない。
 
 おばちゃんはいい。道端で誰に話しかけてもあまり警戒されない。自分もときどき話しかけられる。「あなたいい笑顔で歩いてるわね~なにかいいことあったの~??」とか「いいお着物着てるわね~とっても素敵よ~」とか。素直に嬉しい。
 
 自分が同じことをしたって絶対ハマらないんだ、あんなのはおばちゃんにならないとできないんだ。道行く人にコメントしたくなるときって実はあるんだけど、20代の自分がやっても不審者っぽくなりそうだからこらえている。
 
 本当は「あなたそれ素敵ね~」って話しかけたい服装も人もいる。「あなたとっても感じがいいわね~嬉しくなっちゃうわ~」と伝えたくなる接客の人もいる。でもそれはマダム世代の特権だ。自分がやると「若いくせになんで上から目線やねん」てなるだろう。
 
 そういうわけで、接客の人が感じよかったときは直接言わず、企業のお問い合わせコーナーからお礼を言うことにしている。この間は店の店長を名乗る人から「お褒めの言葉をいただき従業員一同たいへん感激しております」と返信をいただいた。
 
 大きな企業だと、こういう返信をくれることがある。小さなところだともう少しラフで「私もうちの店好きだよん、またよろしくね」みたいに返事が来たりする。それぞれカラーがあっておもしろい。すごかったのはやっぱりキリンかな。さすが大企業。
 
 おばちゃんのようにその場その場のコミュニケーションを取れなくても、こうやって気持ちを伝えられるのはいい。とはいえ歳を取ったら、ちゃんと本人に向かって「あら~」って言えるようになりたいんだ。
 
 2,3日前に新聞で「34歳をババアって呼ぶな!」というコラムを読んだのだけど、まったくそう思う。30代でおばちゃん名乗るなんて、おこがましいし無理がある。見知らぬ人に話しかけて警戒されるうちは、おばちゃんにはなれない。やはり最低でも50代以上。
 
 もっともコラムの筆者が言いたいのはそんなことじゃない。「若さが価値のすべてであり、20代が至高であるような物言いはよすべき」と書いてあった。自分とは方向性が違う。違うけど、両者叫んでいることは同じだ。30代はおばさんじゃない。
 
 若く美しい女性もいいものだと思うけど、それ以上にマダム世代の女性たちが好きだ。彼女たちは「与える」側に回っていて、頼りがいがあってかっこいい。周囲からチヤホヤされることより、後の世代を育てることにやりがいを感じている。
 
 逆に、年齢を重ねても「与えられる」ことにこだわっている人を見るのは悲しい。「周りがチヤホヤしてくれなくなった」「昔は店に入れば、若い男の子がレジにすっ飛んできて会計してくれた。いまじゃ見向きもされない」とか言っている女性には憧れない。
 
 若い頃みたいには扱われない、それが悲しいのはわかるけど。できたら一生もてはやされたいって気持ちが、わからないわけじゃないけど。そればかり追い求めて生きても、薄っぺらい人生になるだけだよ。
 
 「お前にそんな偉そうなことを言う資格があるのか」と言われたら、ない。「あなたはチヤホヤされたことがないからそんな風に言うのよ。一回味わったら忘れられないものよ」と言われても、そうですかとしか返せない。
 
 若い頃の幸福が忘れられなくてそれにしがみつくくらいなら、そんなもの最初からなくていい。って思うのは負け犬の遠吠えかなあ。マダムたちの若い頃はどうだったんだろう。今度会えたら聞いてみよう。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。