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お仕事日和

 今日はよく晴れていた。「晴れている」は、建築業界において「外でコンクリート作業ができるぞ」を意味する。雨が降るとコンクリートが水分を含んで、強度が変わってきてしまう。だから天気のいい日はコンクリ日和というわけ。
 
 街ではいつも、どこかで何かが建てられている。ちょっとした規模の工事になると、仮作りの壁に「週間予定表」が貼りだされる。見たことある人も多いだろう。日曜日から土曜日までの枠があって、そこにおおまかな作業内容が書いてある。
 
 「躯体工事」と書いてあれば、それは「骨組みを作ってます」の意味だ。人間で言うとガイコツの部分、家を建たせる背骨を作っている。しばらくすると「コンクリート打設」とかになる。骨組みができたら、今度は内側を詰めていくわけだ。
 
 見ず知らずの工事現場でも、予定表を見るといろいろ思う。「コンクリ作業って書いてある……晴れるといいね」とか「ここの現場、日曜は全休なんだ。近隣住民から騒音のクレームもあるだろうし、そうかな。なんたって街なかだし」とか。かく言う自分がいまいる現場も、日曜祝日は休み。土曜日は基本、出勤だけど、今週末は祝日にかぶっている。つまりはゴールデンウィークの始まり。
 
 今日はその前の最後の一仕事だったわけで、久しぶりにスーツを着て人に会ってきた。カフェで合流だった。こういう場所にいると、相手が電話をしに席を外したときなんかは、つい壁や床を見てしまう。そこが建てられるときに交わされた会話を想像したりする。
 
「シックで大人っぽい空間をつくりたいんです。だから壁は深い茶色がいいですね、森の中にいるようにリラックスできる感じで。他の店舗ともあまり差異はないようにお願いします。この系列の店は、落ち着ける空間を提供するっていうのがコンセプトなので」
 
 カフェの床は、ヨーロッパの路地のような、石造りを模した柄になっていた。床にはやたら気合が入っているのに、壁は均一な、やや場違いとも言える明るいベージュをしている。なにがあったんだろう。想像上の会話が浮かぶ。
 
「おい待てよ、俺この色でやれなんて言ってないぞ。ちゃんと色味のサンプルも出しただろ」

「でも左官の作業もう終わっちゃったんすよ……。いまからやり直しすると工期まにあわないんで、これで行くしかないですね。壁には絵とかかけるらしいんで、それでなんとか雰囲気、つくれると思います」
 
 そんな会話があったか、なかったか知らない。でもあったとしても不思議じゃない。目の前にある店舗はだれかの仕事の結果だ。それが納得いくものだったか、それとも不本意なものだったか。なんとなく今日いたところは、どこか気が抜けているような気がした。やり直したいけど、時間もお金も無限にはなかった、ってとこかもしれない。
 
 工事っていうのは遅れると延滞料金取られるし、馬鹿にならない額だからなあ……。会心の一作をつくるために、いくらでも時間とお金をかけてよい……なんて贅沢な案件はそうそうない。締め切りもあれば、使える額も決まっている。それが普通だ。
 
 その中でできるだけのことをやる。あとあと誰かが自分の仕事を見て「ああ、コイツ手ェ抜いたな」と思うことがないように。「どうせこのくらいでいいだろう」とか「誰も気づいてないだろ」という気持ちは、した仕事の中ににじみ出てしまう。
 
 カフェの中には、あたりまえだけどしっかり造られているところもある。内装がいい仕事をしていて、すべてが申し分ない空間もある。そういうところにいると、何がどうとは言えないけど、なんとなく居心地がいい。あれは「いい仕事の中にいる」からだと思う。
 
 どうせなら明日は、そういうカフェに行こうかな、なんて。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。