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カトリーナの禁じ手

 ずいぶん前になるけれども、とある投稿サイトで知り合った仲間内で盛り上がった企画があって、誰か一人が短編小説を書いて、その続きを他の人が書いていくといういわゆるリレー形式で連作する遊び。

 ちょっと探し物があって昔使っていた投稿サイトをあさっていたらそんなのが出てきて、懐かしいなぁと思ったのだけれども、せっかくなのでここで紹介してみようと思います。

 しかしながら物語の最初、つまりある方が書いたものはどうにも見つからなかったので、そのあたりは脚色して勝手に舞台を再設定し、くすっと笑ってもらえる掌編をここに綴ってみようと思います。

 そう、タイトルは『カトリーナ姫の大冒険』(仮)としましょう。

カトリーナ姫の大冒険


 かつて『神』と呼ばれていた男がいた。彼はいくつもの世界を創造した。ある世界は夢と希望に満ち、ある世界は絶望の中から希望を見出した。人々は苦しみ、あがきながらも世界を滅ぼす邪悪な存在に抗い、立ち向かい、いくつもの屍を超え、世界を救った。

 そして今、別の世界ではその希望が失われようとしている。神は人々に過酷な試練を課して、いったい何をしようというのか。彼は言う。

「一度死ななければ真の勇者とは言えない」

 終わることのない戦い。目の前の強大な敵に多大な犠牲を払って勝ち得た平和はひと月も持たずにまた、新たな危機が迫る。

「終わらせないよ」
 神の声に誰も逆らうことはできない。

 イーストガルドは復活した魔王によって今まさに滅びようとしている。かつて魔王を倒し地の底に封印した勇者がいた。その子孫は代々、この地をおさめ、やがて訪れる魔王の復活に備えていた。
 1000年。それが魔王復活の時とされていたが、人々は平和な暮らしの中で魔王と勇者の伝説は語りべのみ知るおとぎ話となったころ、イーストガルドに起きた災厄は、伝承をなぞるように世界の理を凌辱し、人々は恐怖するしかなかった。

 勇者の血を引く一族は魔族によって汚され、魔王軍の前にあるものは膝を屈し、あるものは闇に堕とされ、あるものは抗うことを諦めその配下となり人であることをやめた。

 そして人々の最後の希望、勇者の血を引き、その純血を守りし一人のうら若き少女、王族が滅びたとき、勇者の血統が途絶えぬよう辺境の地で育てられたカトリーナは、育ての親であるデューデンバーグ牧師から勇者の血の伝説を聴かされる。魔王を封じるには3つの神器を集めなければならない。

 3つの神器――『天馬の鞍』『光のオカリナ』『封魔の首飾り』はかつて魔王を封じるために神から送られし伝説の道具である。デューデンバーグは言う。

「たとえそれらの武具があってもそれを使いこなすことができるのは勇者の血をひくものだけであり、その血に少しでも穢れがあれば、魔王を封じることはできないだろう。カトリーナ。君の本当のご両親から赤子の君を預かったときに聴いた話なんだが、勇者の血は単に契りによって受け継がれるのではなく、その力の発現は、君のその胸にあるアザが成長とともに変化し、黒い薔薇の模様になって初めて勇者の血の証となるのだそうだ」

 カトリーナはずっとこのアザは珍しい病気であるとずっと聞かされてきた。牧師は毎日カトリーナの胸のアザの状態を確認していた。それは仕方がないことだと思っていたが、さすがに胸のふくらみがあらわになることには、恥ずかしさで震えてしまうこともあった。

「私は王家の命令でアザがどのように変化するか、定期的に絵にかいてそれを送らなければならなかったんだ。許しておくれ。別にそういう趣味があったわけではなかったんだが……」

 牧師もまた人であり男であることをカトリーナは仕方がなく思いながらも、3つの神器を探す旅に出る時、もう牧師のもとへは帰らないと決意をしていた。

 カトリーナは知らなかった。牧師のところに帰ろうにも、すでにそこに牧師がいないことを。魔王の手は、カトリーナのすぐそばまで延びていたのだった。

 カトリーナはまず『天馬の鞍』を手に入れた。どんな馬でもこの鞍をつけると天高く飛ぶことができる。そして誰も登ったことのないと言われる前人未到のクイツハイム山の頂きに隠された『光のオカリナ』を手に入れ、その調べに呼応して封印が説かれる王城の開かずの間に保管されていた『封魔の首飾り』を王族から託された。

 この『封魔の首飾り』には魔王を封印する『封印の調べ』というオカリナの譜面が隠されていた。これらすべてを携えて、屈強な戦士、霊山にこもっていた賢者、そして剣士として名高い王族の血を引く吟遊詩人とともに魔王を封印すべく、魔王城に侵入を果たす。

 屈強な戦士は壁となり、カトリーナを守り、賢者は城内に仕掛けられた数々の罠を攻略したが、二人とも最後の扉の前に力尽きてしまう。そして剣士は最後の扉の門番と差し違い、希望をカトリーナに託した。

 魔王との決戦――魔王は魔力を開放し巨大化する。カトリーナは魔王に対して光のオカリナで天馬を呼び、天を駆けながら『封印の調べ』を奏でる。一瞬ひるんだ魔王であったが、魔王は1000年の間に『封印の調べ』に対する対抗策をすでに用意していたのであった。

『常闇のマスク』をかぶり、カトリーナが奏でる『封印の調べ』を防いだのである。魔王はわざと苦しんだふりをし、カトリーナの隙をついて反撃をする。カトリーナを守るために天馬は自らを犠牲にして命を落としてしまう。『天馬の鞍』は魔王によって燃やされてしまった。

 「ぬはははは。きかぬ。きかぬわ! 二度も同じ手でこの魔王を封じようとは笑止千万!」
 魔王は高笑いをしながらカトリーナを大きな手でつかみあげた。魔王はカトリーナの細身な身体を右手で強く握りしめる。
「いやー、放して!」
「無駄だ。小娘。お前がここに来ることはずっと前から知っていた。あの牧師の目を通じて。余はずっとお前を観ていたのだ」
「いやー、汚らわしい!」
「あの牧師があのあとどうなったか教えてやろうか?」
「どういうこと? まさかデューデンバーグ様を」
「さぁ、どうなったかな。知りたければあやつのところに行ってみるがいい。もっとも、ここから生きたまま貴様がでることはないがな」

 魔王は勝ち誇ったように高笑いをし、カトリーナを握る手に少しずつ力を入れる。
「さぁ、どうする。どうする。さぁ、さぁ、このまま握りつぶしてやろうぞ」

 ボキボキ

 カトリーナの悲鳴が響き渡る

 絶体絶命。カトリーナは魔の手から逃れることができるのだろうか。

『カトリーナ姫の大冒険(仮)プロット1.0』


 東京都内のオフィス街。夜も更けて人通りも少ない。かつて神と呼ばれた男は今、小さな出版社の編集長をやっている。この日も遅くまで「カトリーナ姫の冒険』の編集会議が行われている。

「で、どうするわけ?」
「えっ、あっ、だから、ほら、絶体絶命?」

「それで」
「危機一髪って感じに」

「ふむ」
「……になったらいいなぁって」

「無理」
「……無理ですかねぇ」

「ボキボキってなんだよ」
「やっぱり、ほら、握ったら握りつぶしますよ」

「ほう。お前さんのその憎たらしい相手をその手に握り、そんでもって握りつぶすっていう発想、『跳ねる絵巻』に掲載された居る『龍の玉の物語』の読み過ぎじゃないの?」
「だって巨大な敵との戦闘っていうと、なんかあのシーン思い出しちゃって」

「まぁ、進んで撃ってくる巨大な人型のこともあるんだろうけれど」
「いや、さすがに食べるのはどうかと」

「ふむ、たとえばだ、お前さんの嫌いな生き物ってなんだ」
「それはやっぱり、黒くて光っていて、ごそごそ動いて、時々空飛ぶあれですかね」

「じゃあ、それをだ、ほれ、こういうふうに」
「うわ、やめてください、何をするんですか。手を、あっー、動いている、気持ち悪い、手を離して!」

「さぁ、やってみろ。ぎゅーっと、握りつぶしてみろ」
「で、できません。お願いします。勘弁してください」

「なら、手を放すしかないな」
「放します。放しますから勘弁してください」

「でも、ほら、ボキボキってなっちゃったし、どうすんの。これ。もう先に進むしかないよ」
「どうしたらいいでしょう」

「ふむ、第三者が現れて救出というのも、あれだしなぁ」
「天馬の鞍、燃やしちゃいましたし、オカリナは無力化しちゃったので、彼女にはもうなす術が」

「とりあえず気を失いかけた瀕死の状態から脱出しないといかんだろうな」
「魔王には効かなかったけど、カトリーナを強化する能力っていうのはどうでしょう?」

「ボキボキっとなったのは、魔王が強く握りしめたからではなく、オカリナの能力によって姫の身体が強化され、骨が軋んだ音という手もありかもなぁ」
「まさか、テュリプ姫を巨大化させるんですか」

「そのまさかだよ」
「なるほど、自分の身体の変化に耐えられず気を失ってしまったと」

「巨大な敵には強大化して挑む、これは常套手段ではあるが、まぁ、そもそもオカリナや笛を吹いただけで魔王を倒せるという設定がありふれているから、この際はしかたあるまい。こっちのほうが意外性あるしな」
「姫が巨大化するというパターンは『超人特撮シリーズ』でマドンナ的存在の隊員が宇宙人によって巨大化されてしまったことくらいしか記憶にないですからね」

「服は、どうする」
「えっ」

「いや、だから、服も大きくなるパターンと、破けるパターンあるじゃん」
「巨大化した女子ですかぁ。あまり、読者サービスにはならないような……」

「俺は破ける派だね。そんでもって、胸に七つの傷があるね」
「いや、それはもう、世紀末でしょう」

「魔王を倒すには神の拳だろう」
「それは魔王じゃなく、裸の王」

「……」
「……」

「書き直せ」
「わかりました」

 こうしてカトリーナは九死に一生を得たのであった。

 【修正稿その1】

 光のオカリナによって魔王を封印しようとしたカトリーナであったが、魔王はすでに光のオカリナを無力化する術を身に付けていた。天馬の鞍は灰になり、もはや飛ぶこともできない。魔王に捉えられたカトリーナは今まさに魔王の手の中で握りつぶされようとしていた。

「離してちょうだい」
「憎き勇者の子孫め! 身の程もわきまえず余にたてついた事を後悔するがよい!」
 魔王はカトリーナを掴んだ両手に手からを加える。
「ああ……痛い」
「フフフ…… このまま握りつぶしてくれようぞ!
 魔王は更に強く締め付ける。
「きゃあ~~」
 姫のもがき苦しむ姿に魔王は悦の表情を浮かべる。

「ハァ、ハァ……」
 魔王の握る力が少しゆるまった。
「早く逃げなきゃ」
「どうだ、痛いか? 泣いて余に逆らったことを詫びよ。そうすれば許してやらなくもないぞ?」
 カトリーナは渾身の力を振り絞り、魔王を見上げながら叫んだ。
「あなた、よくそんなことができるわね」
「なに?」

「私の身体にはあなたが嫌悪する勇者の血が流れている。そんな私を自分の手の中で握りつぶしたら、どういうことになるかわかっているの?」
「すかっとするさ」

「嘘、あなた、自分に嘘をついているわ」
「なぜ余が嘘をつかねばならない」

「私だったら絶対嫌よ。自分が嫌いな生き物を素手で握りつぶすなんて、そんな気持ちの悪いこと、とてもじゃないけどできないわ」
「……」

 カトリーナは魔王の手の平の中でもぞもぞと動き出した。
「ほら、この感触、自分が観るのも嫌な存在が自分の手のひらの中でもぞもぞと動いているのよ。どうかしらね。あなたもしかしてそういうことを喜ぶ変態さんなの。そうなのね。このブタ魔王」
「やめろ、余を侮辱するな、余は、余は……」

「あら、このブタ魔王、観た目はSのくせに、実は言葉で責められるのが好きなMだったのね。M魔王なのね。もしかして、そのマスクをとるとMって書いてあるんじゃないの?」
「ちがう、これは、そんなものじゃない、観てみろ」
 魔王はマスクを外した。

 カトリーナはその隙を逃さなかった。光のオカリナを取り出し、もう一度封印の詩を奏でた。
「し、しまった」
 魔王は光のオカリナの効果を無効化する常闇のマスクをうっかり脱いでしまった。魔王の力は急激に弱まり、身体がどんどん小さくなっていく。やがて魔王はカトリーナの手に握られるほどに小さくなってしまった。

「さぁ、これで形勢逆転ね。このまま握り潰してしまおうかしら。死魔王(しまおう)かしら。ホホホホホ」
「よせ、お前、想像したことがあるのか……自分が嫌悪するような生き物を握りつぶす感覚を!」

「きゃー、気持ち悪い」


 かつて神と呼ばれた男はそこまで読んで『カトリーナの冒険』のプロットを書き記した紙をデスクに置いた。

「すいません。なんか千日手になってしまいました」
「一生やってろ」
「書き直します」

「もういい、こんな企画、俺が握りつぶしてやる」
「……」

 かつて神と呼ばれた男は黄昏に背を向け、ため息をつくのであった。

 かつて彼が手にしたもの――それはすでにそこにはない。

おわり

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