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ラーメン屋である僕たちの物語3rd ⑩





「WATER BOYS」








2006年



5月





いよいよ来た!





今年も1番の掻き入れ時の
GWがやってきた!





正月三が日の賑わいもすごいのだが、やはり一番はなんと言ってもゴールデンウィーク!




我らがひなどりも年々日々、最高成績を更新していた。




この年も前年を凌ぐ、沢山のご来店があり、僕たちも日々必死でラーメンを作っていた。



そして怒涛の最終日を迎え、最後のお客さんを見送った後、僕たちはお互いを労った。







「K、G!お疲れさま!」





「お疲れさまです♪」




「おつかれさまです!」






「いや〜、K!今年のGWもすごかったなあ!
Gは初めてのひなどりのGWどうだった?」





ひなどりでのGWはKは2度目、Gは初めての経験だったので、2人の疲労感は隠しきれなかった。




「いやぁ、凄すぎてヘトヘトです!」



Gはやりきった充実感を顔に浮かべてニカっと笑った。



「去年よりすごかったですね♪」



Kも白い歯を浮かべながら爽やかに答えたが、その額には汗が滲んでいた。



「さあ!ちゃっちゃと片付けて軽く打ち上げに行こうか!」




「はい!♪」




事前にGW最終日は、軽く飲みに行こうと声をかけていた。



この日はGの紹介で、小町通りにある老舗の串揚げ屋さんに予約していた。





僕たちは時間に間に合うように、テキパキと片付けを進めていくなか、ホールの片付けをしていたKが僕に声をかけた。




「店長♪そういえば、常連の○○さん来てましたね♪」





「え!?マジか!…全然気づかなかった…」




「久しぶりに△△さんも来てましたね!」




続いてGからも報告があった。




「げ!マジか…!」




この頃のひなどりは、お店を開けていれば常にお客さんが入るほどの店舗になっていた。



やっと、この地に根付いていけると自信を持ったが、同時にお客さんの顔も名前もわからないほど多忙の日々に、僕は疑問を抱き始めていた。



親父の店「七重の味の店めじろ」でこの仕事の楽しさを知った。



それはラーメンを作れる楽しさと共に、無愛想ながらもお客さんとのコミュニーケーションの楽しさを教えられたのだ。




「しまった〜。今度来てくれたら、ちゃんとご挨拶しなきゃだ〜」



しかし繁盛の裏で、僕はこの原初の楽しさを犠牲にし始めていた。



『仕方ない。鎌倉駅前で家賃も高い、スタッフも抱えている。売上を作らなければ続けられない。』



そう自分に言い聞かせて、この現状に折り合いをつけようとしていた。





その渦中で開店の準備が進んでいた2号店の渦では、お客さんとのコミュニーケーションを中心にした店づくりにしたいと考えていた。




渦の開店予定である小田急江ノ島線本鵠沼駅の乗降者数は一日平均11,432人。



小田急電鉄全70駅中、なんと58位。
(ちなみに鎌倉駅の一日平均乗降者数は79.832人)




渦開店予定の本鵠沼駅前商店街通りの人通りはまばらで、母と物件の視察に来た時に、僕がまず思ったのは、





『こりゃラーメン一本で勝負は
無理ゲーだな』






だった。





そこで、渦は滞在型の「飲めるラーメン屋」にしようと計画したのだ。




客数が見込めないなら、滞在時間を増やして客単価を上げようという目論見だった。



そしてこの営業スタイルなら、僕が描いた「お客さんとのコミュニーケーションを(僕がw)楽しめる店」を作れるのではと思ったのだ。





そんな渦の開店日は6月1日に決まった。




もう3週間ほどしか時間はなかった。




だから今日の打ち上げは、渦旗揚げのための決起集会も兼ねているのだ。




KとGに「ひなどり」を任せ、僕はしばらく渦に集中するつもりだ。



そのための意思疎通をしっかりしておきたかった。




「2人とも!そろそろ終わりそうか?」



僕は麺場の片付けを終えると、レジ締め作業をしながら2人に声をかけた。



「はい!もう終わります!」



「僕は終わりました♪G君、手伝うよ♪」




そう言ってKはGの片付けを手伝い始めた。




KとGはとても良いコンビだった。



まるで【あの一件】を乗り越えた時の僕とTっさんの様で、微笑ましかった。







「終わりましたー!」



程なくして、2人から片付け完了の報告があった。




「よし!ほんなら行こうかー!」




忙しく働ける充実感と、日々「Yes」をいただける嬉しさから、僕の力は漲っていた。




僕はそんな自分の後ろをついて回る後ろめたさに目を背けて、そそくさと店を後にして打ち上げ会場(串揚げ屋)へ急いだ。

















「平山綾ぁ!?」








昼の喧騒が霧散した、帷の降りた小町通に僕の大声だけが響き渡った。




「そうなんですよ!店長きっとビックリしますよ!」




Gがなぜか自慢げに言う。




「今から行く串揚げ屋に、平山綾(似)が働いてるって!?」




「はい!笑」




「平山綾ってあのウォーターボーイズのヒロインやった、平山綾だろ?」





これも、僕の好きな映画の一つだ。



それは実話を基にした、高校生の青春サクセスストーリーという内容もあるが、ヒロインである平山綾ちゃんが天真爛漫でめちゃくちゃ可愛いのだ。



笑顔がキュートなんだ!




「はい、あのヒロインの平山綾(似)です!」



Gが念を押した。



「あはは♪G君ほんとう〜?♪」



Kが乗ってきてツッコンだ。




「本当だって!2人とも絶対驚くから!」




そこまでGが言うのなら、本当によく似てるのだろう。



僕は逸る気持ちを抑え、小町通りのメイン通りを曲がり、俗にいう「裏小町」に入った。




「ここです!」



裏小町に入ってすぐに、Gが一つのお店を指差した。



年季は入っているが、きちんと手入れされた風格のある素敵な店構えだった。





ここに平山綾(似)がいるのか…、よし。




カララッ



僕は高鳴る胸を押さえながら、どこか浮かれたGに促されるままに、店の引き戸を開けたのだった。














「あははは!Gキモイんだよー!」






コクリ





「いやいや、ほんとなんだって!」






コクリ





「絶対うそー!あははは!」





コクリ






コクリ





カラン






盛り上がる場を横目に、僕は目の前のグラスを空けた。




なぜか無性に沸き起こる怒りを、酒と共に流さないとこの場にいられなかったからだ。




楽しそうに店員とやりとりしているGが、ただただ憎たらしかった。




僕は平山綾(似)がいると聞いて、ワクワクして戸を開けた。




本人にそっくりとは言わずとも、共通する可愛らしさを持った女の子が迎えてくれると期待して戸を開けたのだ。



しかし目の前にいたのは、徳弘正也先生の名作「ジャングルの王者ターちゃん」のヒロイン





さすがに割烹着姿だったが






ジェーン(似)だった。







「あら、大西さんなにか飲みます?」




平山綾(ジェーン似)がすかさず次のお酒を勧める。



話を聞くと飲食店の経験は長いらしい。



僕は無愛想に麦焼酎を頼んだ。





コクリ




コクリ






早く酔ってしまおうと、僕はピッチを上げた。



そのうちジェーン(似)が平山綾(似)に見えてくる…わけはないが、酒の力に任せてその場は楽しくはなる。





「わはははは!」




盛り上がるGと「平山ジェーン」を尻目に杯を重ねていると、ふとKのことが気になった。




さっきから2人ばかりが盛り上がっている様だが、Kは大丈夫だろうか?





「Gくんと綾ちゃん仲良いんだねー♪」




しかし僕のそんな心配とは裏腹に、Kはここでも笑顔を絶やさず、しっかりその場のノリに付き合っていて、僕は感心してしまった。





そしていつの間にか、3人での話に花が咲き、あっという間に閉店の時間になってしまった。




「そろそろお会計して」



僕は平山ジェーンに声をかけ、支払いを済ませて席を立った。



「ありがとう!ご馳走様!」



だいぶ呑んでしまったし、渦開店への意識共有の話なんて一切できなかった。




やっぱり大切な話をする時は、個室が最適だなと、しみじみ思った。




さて、帰ろうかとKとGに声をかけようとしたところ、2人はまだ夜の鎌倉に繰り出すという。




「この後、綾ちゃんが仕事上がりに合流できるそうなので軽く行ってきます♪今日はご馳走様です♪」



「店長!今日はご馳走様でした!また明後日からよろしくお願いします!」




そう言うとKとGは頭を下げた。



今日はこの盛り上がりのまま、歳の近い3人で飲みに行くようだ。




「GW頑張ったもんな!楽しんでこいよ!」




「「お疲れさまです!♪」」



僕は2人に手を振り、鎌倉駅を後にして、我がホームである「なまず」で慰めてもらったのだった。











2日後



定休日明け



AM10:00





打ち上げから定休日を挟んだ営業日、僕はいつも通りの両替業務を済ませて、店舗へ向かった。




一昨日できなかった、渦開店への決起集会のスケジュールを改めて2人と共有したいと考えながら、店の扉を開いた。





「おはよう!」






…なんだ?心なしか店の空気が重苦しい。





「…おはようございまぁす」




「…おはようございます」





店の空気に違和感を感じていると、KとGから拍子抜けするような挨拶が返ってきた。






「え?なに?2人ともどうした?何かあったのか?」




僕は何事かと驚き、2人に尋ねた。




「…」



しかし2人は黙ったまま、返事がない。




なんだ?朝から珍しく喧嘩か?



1日のほとんどの時間を一緒に過ごす職場では、感情のぶつかり合いなどままあることだ。



その不満を全て場に出して、本気で向き合うからこそ、真に分かり合えることも僕は知っている。




一昨日の夜、何かあったのか?



まあいい、それは彼らの問題で、僕の問題ではない。




「なんか良く知らんけど、挨拶と返事はちゃんとしよう!」





「……はい」



「…はぁい」




おいおい、こんな調子で今日の営業は大丈夫なのか?






僕も苛立ってしまう。





「プライベートな事情を職場に持ち込むな」






僕は常々スタッフにそう伝えていた。




働く人間の個人的な悩みや気分など、お客さんには何の関係もないのだ。





僕は粛々と開店準備に取り掛かったが、店の空気は重苦しいまま、やがて開店時間を迎えランチ営業が始まってしまったのだった。















「いらっしゃいませ!」







「…いらっしゃせー」




「…らっ…せー」








「ありがとうございまーす!」







「…あざーす」




「…あーっすー」





今日も沢山のお客さんで賑わう店内、のはずが、僕たちスタッフの気持ちの空回りから妙な空気に支配されていた。




KとGは相変わらず、お互いの不機嫌を無遠慮に周囲に撒き散らしていた。




そのネガティブな波長は僕やお客さんの心を侵食し、やがて困惑と苛立ちとなって広がった。



更に悪いことに、2人は仕事中に一切口を聞かなかった。



そうなれば、仕事が潤滑に回るわけがない。



業務や連絡のパスが回せず、この日の営業は最悪なものとなった。






「K!もういい!むらさきしろ!」




営業時間の途中ではあったが、お客さんの切れ間に、僕はクローズの指示を出した。

































ガラス張りの扉の正面に張り紙をし、お客さんが全て引いたタイミングで入口のシェードを下げた。







「てめえら!どういうつもりだ!
説明しろ!」





僕は堪えていた感情が一気に口を出た。




「…」



「…」




しかし、相変わらず2人はふてくされたまま沈黙していた。




僕は業を煮やし、更に怒鳴りつけようと息を吸ったタイミングで、Kがボソッと呟いた。




「だって、Gくんが…」





「…」




ボソッとした呟きに、僕の苛立ちはピークを迎えていく。





「あぁ!?Gがどうした!はっきり言えよ!K!」





「…」





GがKの顔をチラッと見た。





「G、お前ちょっと席を外せ。外の空気吸ってこい」




これはなにかあるな、そう察した僕はKが話しやすい場を作る為、Gに外出を促した。




Gは力なくうなだれながら、返事もないまま緩慢な動作で外に出て行った。








「…で、Gがどうしたって?」




Gが外出してから少し間を置いて、僕はKに事情を尋ねた。













「…ということです。今日はすいませんでした。」





話を終えるとKは今日の勤務態度について頭を下げた。





僕は…あきれ果てて、なんの感情も湧かなかった。




というか、頭が、理解が追いつけなかった。





Kの話を要約すると以下である




串揚げ屋で打ち上げをしたあの日、KとGと平山ジェーンの3人は夜の鎌倉に繰り出した。




そしてその夜、Kとジェーンは急速に接近、意気投合し、正式に付き合うことになったという。



串揚げ屋での短い時間で、Kとジェーンはお互いを気に入り、その日からスピード交際が始まった。



それはいい。大人の男女のことだ。それぞれの責任で好きにしたらいい。



問題はここからだった。



なんでもGとジェーンは以前、男女の関係だったらしい。



ジェーンの方から関係の清算を告げられ、二人の歪な形は終わった。



それでも未練のあるGは、しつこく復縁を迫っていたそうだ。



あの日、Gが打ち上げにあの店を選んだのも、ジェーンに会いたい気持ち一心でのことだった。



そんな中、Kとジェーンが急接近、交際を始めてしまった。



嫉妬の炎に身を焼かれたGは、ジェーンに「なんでKなんだよ!」と迫った。



困ったジェーンはKにそのことを相談、今朝KからGに「そんなことしないでくれ」と頼んだが解決には至らず、あの空気が生まれた。







つまり




KとGとジェーンの3人は




三角関係に陥っていたのだ










この一連の事態が1日半で起こった。





僕はまだ事態の進行のスピードについていけなかった。





しかし、そのスピードに手を引かれるようにして






「鎌倉麺や ひなどり」はあっという間に瓦解していくことになるのだった。








…to be continued➡

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