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ラーメン屋である僕たちの物語2nd 11


「ロストマン」


後編







是非、再生しながら読んでください
「この曲をかけながら読む」前提で書きました
このエピソードの後、ずっと聴いていた
特に思い入れのある曲です
※イヤホン推奨












2005年3月末日


PM16:30


ら〜めん専門ひなどり 店先











「忘れ物はない?」





「はい、大丈夫だと思います」





「もしあったら捨てておくよ笑」






「はい、焼き捨てておいてください笑」






僕とTっさんは、いつものやりとりをしながら笑い合った。











あの日…









Tっさんの検査結果を聞かされた日







《まだお話があります》








大腸にできた沢山のポリープは良性ではあったが、その切除手術の入院のため、退職したいという意向をTっさんから伝えられた。





「入院期間が3ヶ月くらいと長くなる上に、退院後も定期的に通院しないといけないということでして…。ご迷惑をおかけしてしまうので、退職したいと思います」






「…うそ」





「『店長に着いて行く』という約束を守れずに、申し訳ありません」



Tっさんはゆっくりと、深々と、頭を下げた。









僕は…









僕には、引き止めることができなかった。







Tっさんは僕の誘いでめじろに入り、僕の都合でめじろを一緒に飛び出し、僕と『ひなどり』を作り、「死の谷」を共に越えてきた。


「死の谷」を彷徨う最中の僕に否定され続け、反発し、和解して今がある。


しかしそれが、彼の望みだったのか。


僕は彼の人生を振り回したのではないか。


若さに任せた無理な働き方をさせて、身体まで壊させてしまった。




それなのに、よくこんなところまで共に歩んでくれたと思う。





僕の中に湧き起こる感情は、感謝と罪悪感だった。




だからこれ以上、僕のわがままに着いてきてほしいとは言えなかった。





退職時期は、入院のベッドの都合で3月末日と急なものに決まった。



Tっさんは少しずつ荷物をまとめ、仕事の整理をして、退職の日を迎えたのだ。









「寂しくなるよ、Tっさん」



「そうですな。店長も身体には気をつけてくださいよ」



この期に及んで、まだ僕の心配をしている。



本当に、どこまでも…



「Tっさんこそ、手術、無事に終わるといいね」



「ありがとうございます。まあポリープの切除だけですから」




「それでも体力を消耗するだろうからさ」




「そうですね、ありがとうございます」




いよいよ、Tっさんとの別れの時が目の前に迫る。



その輪郭の手触りがわかるほどに。




長い間、共に歩いてきた2人の旅路。



僕が



彼を道連れにした旅




Tっさんの旅はここで終わり、ここからはそれぞれの旅がまた始まる。






「いろいろあったけど、Tっさんがいてくれたから楽しかったよ」




「思い返せばそうですな!いろいろありすぎましたが笑」




「俺もこの先の人生で誰かに包丁向けられる様なことはないと思うよ笑」




「そんなことした奴がいたんですか!とんでもない奴ですね!」





「また酒飲んでヤクザに絡むなよ!もう俺は止められないよ」




「その時は店長が骨を拾ってください笑」




「しばらくは入院生活で酒も飲めないだろうから、退院したら飲みに行こうよ」





「店長のおごりですね!ありがとうございます!」





「その時はまたTっさんの『ガルマ国葬』聞かせてよ」




「任せてください!今度はフルバージョンで聞かせて差し上げますよ!」








懐かしくて、寂しくて、心惜しくて、離したくなくて、話を途切れさせたくなかった。




…でも、そろそろ、切り上げなくちゃ。





ちゃんと…見送ってあげなくちゃ。





僕はTっさんの目を見つめた。




Tっさんと目が合った。




言葉にならない想いたちが、僕たちの視線を渡っていく。




そして、しばらくの沈黙の後…





「お世話になりました!」






Tっさんが深々と頭を下げた。



その瞬間





《お世話になりました!》





「七重の味の店めじろ」を辞めた夜、僕が親父に当てつける様に言った場面が蘇った。




その時、親父がなんと言ったのかは、やはり思い出せない。


でも今は、その時の親父の気持ちが少しはわかる。


きっとほんの少しは、この寂しさが親父にもあったと信じている。



そして、あの時と決定的に違うことがある。








「こちらこそ、お世話になりました!」








そう言って頭を下げる僕の目には、ポロポロ、ポロポロと涙が溢れて止まらなかった。




涙を見せないで送ってあげたかった。






…でも、やっぱり…




無理だったよ





Tっさん














「…やだなぁ、店長」






「もう呑んでるんですか?」




Tっさんの声に顔を上げると、ポロポロ、ポロポロと彼の目にも涙が溢れていた。




「Tっさん…」






「ありがとう!元気で!」





僕たちは固く抱き合い、これからのそれぞれの旅路の無事を祈った。



人は言葉にせずとも、想いを伝えることができる。



そして《本当に伝えたい想い》は、言葉では伝えられないのかもしれない。











Tっさんが一歩距離をとった。




僕は佇んだまま、『その時』が来たことを知った。




「それでは、行きます」




「うん」





Tっさんは振り返り、彼だけの《はじめの一歩》を踏み出した。





駅に向かう途中、Tっさんは何度も、何度も、振り返り手を振った。





「Tっさーん!」



「ありがとうー!」




「Tっさーん!」






僕も彼の姿が見えなくなるまで、大きく手を振った。





Tっさんの姿が人混みの影に消えた。






「ありがとう、Tっさん…」










こうして、僕たちの旅は終わりを迎えた。




ここからはそれぞれの、新しい旅が始まる。






僕はポケットに手を突っ込み、大きく深呼吸して、細長い鎌倉の空を見上げた。






そして



僕だけの《はじめの一歩》を踏み出した。











僕たちの




この不器用な旅路の果てに 




正しさを祈りながら






それと



Tっさん









君との再会を祈りながら











『第二部 完』










…to be continued➡︎

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