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ラーメン屋である僕たちの物語3rd ③



「Neverland」










I 'm not a man!

ぼくは、やろうなんかじゃない!


I'll never be a man!

おとなになんか、ならないんだ!





LABOテーマ活動の友
「ピーターパン」より抜粋





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2005年


5月


鎌倉麺屋ひなどり


ランチ営業







「いらっしゃいませー!」






「なまず」から数日後




「ありがとうございますー!」





今日も鎌倉麺屋ひなどりは沢山のお客さんにご来店いただいていた。





「いらっしゃいませー!」





Kは今日も明るく、元気よく挨拶している。





RYUJIさんに図星を突かれた翌日から、僕はKの『良いところ』探しに努めていた。




「いらっしゃいませー!」





良いところ…



良いところ…



うん



意識して探してみると、Kには僕にはない良いところがいくつも見つけられた。





『Kの良いところ』


①明るい

②常に笑顔

③柔らかい

④爽やか

⑤人懐っこい






…うん、どれもこれもそこは友人として知っている。



だからこそ、「一緒にやろう」と声をかけたのだ。




やっぱり、いい人材じゃないか。



僕は改めてKのことを感心した。



良いスタッフになる素質充分じゃないか。



僕が彼に過度な期待をしすぎず、寄り添いながら育てていければ、必ず良い相棒になる。




そんな気すらした。







だが…




あの得体の知れない「違和感」が相変わらず纏わりついていた。



そのせいで、素直にKを認められない。




どうしてもストンと受け入れらなかった。




何がそうさせているのか。




「う〜〜〜ん…」



僕はこの「違和感」をより意識的に探ることにした。






そしてとうとう、その「違和感の正体」と対峙することになる。






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同日


ランチ営業後





「はい!みんなお疲れ様〜!」





僕はみんなに仕切りの声かけをした。



今日のランチ営業も大いに賑わった。


この頃はお店の存在も認知され始め、営業時間内は常にお客さんで溢れていた。




やっと…、やっとここまでお店が育ってきた。



いや…




お客さん、取引業者さん、スタッフたち、家族、この店に関わる全ての人にこのお店は許され、救われ、育てられたのだ。



開店当初は、親父への当てつけに、「繁盛店にしてやる」そんな小っぽけで愚かな目標を掲げていた



しかし、そんな考えはこの2年ほどで完全に消え去っていた。



今はただ、僕を、この店を育ててくれたみんなに、美味しいラーメンで恩返しがしたい。


そう思い始めていた。



僕は感謝の気持ちでいっぱいだったし、そしてこれが当たり前ではない現実に、些かの怖さも感じていた。



一時は瀕死のこの店を、みんなが支えてくれたのだ。



こんな有難いことはなかった。



僕は幸せ者だ。



感謝に震えた。




するとそこに、信じられない言葉が飛び込んできた。




「あのじじい、こっちが親切で言ってやってるのに怒鳴りやがって。早くくたばっちまえばいいのに♪」




僕は驚いて声のする方に向き直った。



そこには、笑顔のままお客さんに毒付くKがいた。



僕の視線に気づいたKは、悪びれる様子もなく僕に言った。



「店長もそう思いますよね?おかしくないですか?あのじじい♪」




kはいつものように口角をあげ、綺麗な歯並びを見せながら、汚れたノイズを僕に投げかける。



Kに言われた言葉を確かめるため、僕は今日の営業を振り返った…






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同日



数時間前


ランチ営業




「いらっしゃいませー!」




ランチ営業のピークタイムに、月に1、2回の頻度で1人でいらっしゃる年配の男性のご来店があった。




そこに、たまたまホールに出ていたKが声をかけた。




「おじいちゃん♪テーブル席の方が座りやすいからどうぞ♪」




その時は、カウンター席には一席の空きがあり、テーブル席もちょうど空いたタイミングだった。




そこでKがそのような提案をしたのだ。




すると、その年配の男性は



「うるさい!カウンター席でいい!」




とKに大きな声で返したのだ。



「失礼しました!こちらへどうぞ!」




Kの物言いにギョッとしながら、僕は慌ててフォローした。




その男性はぶっきらぼうにカウンター席に座るといつものラーメンを注文し、食べ終えると退店した。





その後のKは営業中、ずっと不貞腐れ、声も出さず、黙々と作業をしていた。







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「あの時のお客さんのこと?」



僕はKに確認をした。



「そうですよ♪店長がフォローしてくれましたけど、自分相当ムカついてましたから♪」




Kは相変わらずニコニコしながら言った。



纏わりつく違和感が重さを増す。



「いや、そもそもKの言い方も失礼だったんじゃない?『おじいちゃん』とかさ」



僕はあのお客さんを怒らせた要因について言及した。



「いきなり店員に『おじいちゃん』呼ばわりされるのは嫌なものだと思うよ。それはわかる?」



お客さんの中には年寄り呼ばわれされるのを嫌う人もいる。


しかも、信頼関係を築けてもいない他人(店員)に、馴れ馴れしく『おじいちゃん』呼ばわりされたのだ。(僕だって信頼関係のない店員に『おじさん』と呼ばれたら腹が立つだろう)


そりゃご立腹ももっともだと思う。



しかしKは納得がいかない様子だった。




「はぁ。だからって怒鳴るのは違うと思うんですが」



確かにあんなふうに怒鳴るのはどうかとは思うが、今はそこに焦点を当ててしまうわけにはいかない。


『そうさせてしまった要因』を話したいのだ。


これを解決しなかければ、また同じ事を起こしてしまう。



「Kさ、この店に毎日沢山のお客さんが来てくれることをどういう風に考えてる?当たり前だと思ってない?」



『ひなどり』は開店景気を味わい、1日来店数5名の『死の谷』の時期を乗り越えて今がある。


その間に沢山の人に救われてきた。


僕(とTっさん)はお客さんの有り難さと怖さを、お客さんに教えてもらった。


その話はKにもしていたつもりだ。



だから、この価値観は共有できていると思っていた。



しかし、Kの口からは僕たちの想いを踏み躙るような言葉が続いた。





「思ってますよ」



「当たり前じゃないですか!ここは観光地だし、うちは有名店ですよ?」



「あいつらは放っておいたって勝手に来ますよ!なのにこっちが気を遣ってやったのに怒鳴りやがって…」






…僕は絶句した。



Kには何も伝わっていなかったのだと知った。



そして僕はこの時に、あの『違和感』の正体を見てしまった。





【僕が今まで感じていた『違和感』の正体】



それは



Kの笑顔、言葉には



『中身』がないのだ





『こころ』や『体温』を感じられないのだ




一見すると笑顔で爽やかに話す姿に勘違いしてしまうが、その言葉に感情が乗っていない。




僕がずっと感じていたのはそれだったのだ。




言葉や表情は、人とのコミュニケーションにおける相手に贈るプレゼントだという。




例えば、あなたの誕生日に、綺麗に包装されたプレゼントをもらったとする。


あなたは嬉しそうにそのプレゼントを開ける。


しかし中には何も入っていなかったら、どう思うだろう?



Kの言葉、表情は『それ』なのだ。



丁寧に、爽やかに、明るく、笑顔で発する言葉(綺麗に包装された箱)に心(中身)が籠っていないのだ。



…どうしたらいいのだ。




こういう人間に、心を伝えるにはどうしたら良いのか。





《ザクとは違うのだよ!ザクとは!》





途方に暮れる僕の脳裏に、Tっさんの顔がちらついていた。






…to be continued➡︎






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