ラーメン屋である僕たちの物語3rd ⑤
「Rock and Roll,Pt2」
ピ
|
ヒ
ョ
ロ
ロ
ロ
ロ
ロ
・
・
・
高く、高く
水色の中を泳ぐ一羽の鳶が、遠くで鳴いた
チャプン
チャプン
パチャ
パチャ
僕は果てしなく広がる青に浮かび揺られながら、遥か遠くの青と青が溶け合う所ー
水平線を眺めていた。
「はーーーーー、やっぱり俺なんてちっぽけなものだなあーーー」
サーフボードの上で大きな海と大きな空に包まると、自分の心を支配していた悩みなど、ほんの小さなものだと思い知らされる。
ー先日のKとのやりとりから、数日が経っていた。
あれからKとは、お互いまともに口を聞いていなかった。
いつもニコニコとしていたKから笑顔が消えた。
仕事中も不機嫌な空気をプンプンに辺りに撒き散らし始めた。
その様子を見て、僕の機嫌も更に悪くなっていく。
まさに悪循環のスパイラルに陥っていた。
「はーーーーあ、でもどうすりゃいいんだろ」
先日、RYUJIさんに言われたような『期待し過ぎない』なんて、到底無理だった。
だって給料払ってんだもん。
『給料とは、その人への労働の対価と未来への期待だ』なんて何かの本で読んだ。
そうなんだよ。
「そりゃ期待するよ…」
僕は空を仰ぎながら独りごちた。
今日は気分転換にと、お客さんに誘われて七里ヶ浜に波乗りに来ていた。
と言っても、僕はまだまだ下手くそで、テイクオフもままならない素人だ。
それでも海は好きで、波の大きな力に流されると、人間の力では到底たち打ちできない自然の力に、畏怖の念を抱かずにはいられなかった。
そして、自分の小ささを完膚なきまでに痛感させられるのだ。
その時だけは、全ての悩みやしがらみを忘れることができた。
(海から上がれば再びこのちっぽけな悩みに、僕の小さな心は支配されてしまうのだが)
僕は自然の掌に身を委ね、その大きな存在を感じながら空を眺めていると、その先にある宇宙にまで想いを馳せる。
その瞬間、僕の意識は僕から抜け出し、僕を見下ろしていた。
〈いくら言っても伝わらないなら、
伝わるまで伝えるしかないんじゃないか?〉
「お、それいいね」
「やってみようかな」
僕が僕にアドバイスをくれた。
〈諦めるなよ〉
「うん、わかったよ。ありがとう。」
スッと意識が帰ってきた。
変な話かもしれないが、僕はこういう体験が何度かある。
バイク事故の時もそうだったのだが、僕の中には俯瞰して自分を見る「僕」がいるのだ。
(だから書けるのかも)
その存在は、時に冷静な意見をくれたりする。
「伝わるまで伝える…か。熱みたいだな」
「…?情熱?」
曇天のような悩みに、晴れ間が差した気がした。
「あ」
水平線に向かって数メートル先の海面が、ゆっくりと膨らんだのが見えた。
ーうねりだ。
来る。
波が来る。
僕は慌ててターンをしてパドリングを始めた。
後ろから迫り来る波のエネルギーを感じる。
サーフボードのテールが上がる。
「よし!テイクオフだ!」
と、その瞬間ー
「あぶない!」
「え!?」
大きな声に驚き、視線を左に向けると、既にテイクオフしていたサーファーが僕の目の前に迫っていた。
ー最悪だ
やってしまった
前乗りしてしまったー
次の瞬間、相手のサーフボードのノーズが僕の頭上を掠めた。
ゴ
ボ
ゴ
ボ
ゴ
ボ
ゴ
ボ
ゴ
ボ
ゴ
ボ
・
・
・
ワイプアウトした僕は波に飲まれ、海中をぐるぐると回った。
ゴ
ボ
ゴ
ボ
ゴ
ボ
ゴ
ボ
ゴ
ボ
・
・
・
「…ぶはあ!」
抗いようのない力に翻弄されながら、なんとか海面に顔を出すと、先ほどのサーファーもプルアウトしていた。
「おい!あぶないだろう!」
「すいません!」
僕は手で顔を拭いながら謝るしかなかった。
「…ったく!頼むよ!」
サーファーはブツブツと文句を言いながら去って行った。
僕はリーシュを手繰り寄せ、自分のボードに再び跨った。
「はーーーー、あぶなかったーーー」
まだ心臓がバクバクいっている。
あれは僕が悪い。
波を捕まえたいばっかりに、周りが見えていなかった。
ズキッ
「え?」
突然、左足に鋭い痛みを感じた。
見ると、左ふくらはぎがザックリと切れて血が出ていた。
「うおおお!血だ!結構出てる!」
「今日はもうやめだ!帰ろう!」
僕は血にビビって上がることにした。
気分転換に来たサーフィンで怪我をしてしまっては元も子もないが、悩みについては一つの打開策を手にできた。
「伝わるまで諦めずに伝える」
僕は浜に向けて必死にパドリングしながら、明日からのKとの付き合い方を考えていた。
翌日
AM8:00
鎌倉麺や ひなどり
「K、おはよう」
「…おはようございます」
Kは小さな声で挨拶を返した。
あの日からずっとこの調子なのだ。
いつまで拗ねてるんだ、こいつは。
まあいい。
こいつの態度に関係なく、僕の価値観を押し付けてやる。
「K!今日もお客さんがうちのラーメンを楽しみに来てくれるからな!テキパキ仕込みしていくぞ!」
「…はぁ」
Kがどんな態度でも知ったことか。
僕の熱をこいつに移してやる。
『想いを言葉で伝える』なんてスマートなことを、未熟な僕にはまだできない。
でも、情熱なら若さに任せて溢れている。
その熱が伝わるまで伝えてやる。
《大西ー!暑苦しいのは顔だけにしてくれー笑》
アルバイト時代、熱く語る僕に、先輩が言った冗談を思い出した。
今となっては褒め言葉にすら思える。
この2年で感じたことを、理論的じゃなくても情熱を持って、言葉と行動で伝えよう。
伴走者であるTっさんを失って、いつの間にか迷子のように弱気になっていた大西から、顔も想いも暑苦しい大西への、メタモルフォーゼなのである。
…to be continued➡︎
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?