ラーメン屋である僕たちの物語3rd ①
「Bohemian Rhapsody」
ピ
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ヒ
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高く、高く
水色の中を泳ぐ一羽の鳶が、遠くで鳴いた。
さらり柔らかい風が、段葛をすり抜けていく。
淡く色づいた花弁同士が触れ合うと、サワサワと嬉しそうに囁き合った。
満開の隧道を、人々はその花の可憐な運命にうっとりと魅入っていた。
古都鎌倉に
およそ800回目の春が訪れていた
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2005年4月
AM8:00
鎌倉麺や ひなどり
「ハーっクション!」
鼻がムズムズする。
目も痒い。
今年の花粉も酷いものだ。
先日のTっさんとの別れの後、すぐに新しい年度になった。
僕は心にできた小さな穴に手を当てながらも、日々を取り戻すために黙々と仕事に打ち込んでいた。
いつまでも寂しがっていても仕方ない。
Tっさんも身体を治すために頑張っているんだ。
僕もこの店を守らなくては。
「ハーックション!」
年度が変わったタイミングで、僕は屋号のショルダーネームを「ら〜めん専門」から「鎌倉麺や」へと変更した。
気持ちの切り替えの意味もあったが、「鎌倉を代表するラーメン屋になる」という気概が、少しずつ僕の中で大きくなっていた。そんな決意表明だった。
「ハーっクション!」
くそー、花粉め!
グィッ
見えない敵にメラメラと闘志を燃やしていると、入り口の扉が空いた。
「おはようございまーす♪」
満開の笑みを咲かせた青年が、花粉を纏って入って来た。
「おはよう!今日からよろしく!」
「あはは!よろしくお願いしまーす♪」
僕より少し遅れて来たこの一見軽薄そうな男は、K。
学生時代からの友人だ。
本年度より、新スタッフとして入店したのだ。
僕より3歳下のKとは、「LABO」という国際交流活動を推進する一般財団法人(2024年現在)で知り合った仲だ。
「LABO」の活動内容は、海外のホストファミリーとの交換ホームステイがあったり、「テーマ活動」という英日語劇をしたり、年に3回キャンプをしたり、歌ったりダンスしたりと多岐に渡る。
そこで知り合ったKとはプライベートでも一緒に遊んぶこともあり、沢山の時間を過ごしていた。
Kは人柄も柔らかく、いつも笑顔で周りをフォローしてくれるムードメーカーだった。
僕はKともTっさんと同じような良い関係が築けたらと願って、「一緒に働かないか?」と声をかけた。
Tっさんの退職と、Kの入店はタイミングが合わなかったため、仕事の引き継ぎができなかったから、僕が一からラーメン屋の仕事を教えていくことになる。
実質、僕が一から仕事を教えるのはKが最初のスタッフになるわけだ。
「で、よしみ。まずオレ何したらいい?」
…おっと?
「えーと、K。とりあえず俺のことは今日から『店長』と呼んで」
「あ!あはは!そっか♪わかりました!店長♪」
そうか、こんなところから意識のすり合わせしないといけないのだな。
僕は改めて気付かされた。
「じゃあ、最初は外の掃き掃除からお願いするよ。これ掃除のマニュアルね」
Kに掃除の箇所や道具、やり方を書いた紙を渡し説明した。
仕事の引き継ぎはタイミングが合わずできないので、せめてこれだけは、とTっさんが仕事のマニュアルを作っておいてくれたのだ。
僕には僕の仕事があり、Kにつきっきりで教えている時間は作れそうになかったので、このマニュアルは非常に助かった。
「うん、わかった♪」
……おおっと?
「K!仕事中は敬語で頼むよ」
「あー、はい!わかりました♪」
なんだ…この…違和感。
僕の心に小さな陰りが生まれた。
お友達感覚を引きずったままやってきてしまったのか。
そして箒と塵取りを手に持ったKは、外に出る直前に僕に振り返りこう言い放った。
「あ、そうだ、店長!オレ、褒められて伸びるタイプなんで、よろしくね♪」
「あと、殴られたら辞めるんで♪」
そう言うと、Kは笑顔のまま表の掃き掃除に向かった。
………はあ?
僕はKの背中を黙って見送りながら、得体の知れない不安の正体を探り始めていた。
「いらっしゃいませー!」
「ありがとうございますー!」
ランチ営業が始まり、僕は初めてKと一緒に仕事を組んだ。
ホールは熟練のバイトちゃんに任せているので安心だ。
僕はKにキッチン内での仕事を見せて、説明しながら営業をこなしていた。
所謂、OJT研修(on the job training)というやつだ。
研修の最中、Kは笑顔で元気よくお客さんに挨拶して、仕事を見聞きしていた。
良かった。
僕の抱いた違和感は、慣れない職場への緊張から来たものなのかもしれないと思った。
「ありがとうございまーす♪」
Kはニコニコとお客さんに挨拶をしていた。
「K!いいね!笑顔で挨拶すごいよ!俺にはまだできないんだよな〜」
僕は正直に思ったことをKに伝えた。
「あはは!そうなんだ♪特に何も考えてないんだけどね♪」
しれっとKが言った。
「K!仕事中!敬語!」
「あ!あはは!そうでした♪」
何も考えてない…か。
やっぱり違和感は拭えない。
…ふと僕は、Kとの面接を思い出していた。
Kは学生時代、大手焼肉チェーン○角でアルバイトをしていたそうだ。
Kの働いていた店は社員不在で、アルバイトスタッフだけで営業していたという。
「アルバイトばっかりだったけど、それが文化祭みたいな感じですごい楽しかったんだ♪」
Kが楽しそうにそう言った。
飲食業の楽しさを知ったのはとても良いことだと思ったが…
「文化祭、ねえ…」
(その両肩に、きちんと責任は乗っけていたのだろうか)
その部分が僕には少し引っかかった。
そしてKは大学卒業後、英会話塾に就職したが、そこで厳しい上司に出会い、その叱責のせいで鬱になり、半年で退職した。
そのタイミングで僕が声をかけ、僕の下で働くことになったのだ。
おかげでこうして、Tっさん退職後も人手不足に陥らず営業ができている。
その点において僕は、Kに感謝をしていた。
「こんにちは!」
元気の良い挨拶が店内に入って来た。
「お!いらっしゃい!最近よく来るね!」
僕に声をかけたのはGという青年。
小町通り奥の居酒屋で働いているという。
いつも彼女のUちゃんと一緒にランチに来ていた。
「いやあ、ここのラーメン美味いっすから!」
「はは!ありがとう!まだまだだけどね!」
Gはなかなか愛想の良い青年で、僕は彼を気に入っていた。
コトッ
「はい!おまちどうさま!」
2人の前にラーメンを出した。
「いただきます!」
ズッ
ズズーッ
「いやー!美味い!美味いなあ!」
ラーメンを啜り感激するG。
いい奴だなぁ。
僕は単純なのである。笑
「G、食事中で悪いけどさ、新しいスタッフが入ったんだ。紹介させてよ。」
僕はGにKを紹介した。
「Kです♪よろしくお願いします♪」
「あ、Gです!よろしくお願いします!」
2人が簡単に挨拶を交わしたのを見届けて、ふと気づいた。
「あれ?もしかして、2人とも歳近いんじゃない?Kは俺の3個下だから24かな?」
「そうです♪」
笑顔でKが答える。
「あ、じゃあ同じですね!よろしくね!Kくん!」
「うん、よろしくね♪」
Gも同い年というキーワードから、一気にKに親近感が湧いたようだった。
Kのタメ口がちょっと気にはなったが、同い年者同士こんな感じで良いのかな、なんて思っていた。
「ところでよしみさん、今ひなどりってスタッフ募集してます?」
Gがラーメンを啜りながら尋ねてきた。
「募集しようかと思ってるよ。最近忙しくなってきたし、シフトで上手く回せたらと思ってるから。急にどうしたの?」
「いやあ、実はぼく将来ラーメン屋になりたいな、なんて思ってまして…」
Gは照れ臭そうに言った。
「へえ!いいね!その気があったら来なよ!」
僕は嬉しくなってしまい、つい声をかけた。
「いや、でも今の職場にもまだ何も言ってないので、すぐにと言うわけではないんです。急に辞めるのも迷惑かけちゃうんで…」
Gは申し訳なさそうに弁解した。
「うんうん、確かにそうだよね!ま、タイミングが合ったらおいでよ!」
「その時はよろしくお願いします!」
そう言ってGは軽く会釈した。
「こいつが入ってきたら面白いだろうなあ」
僕はぼんやりとそんなことを考えていた。
「ごちそうさまでした!」
「ありがとう!またね!」
ラーメンを食べ終えたGとUちゃんを見送り、Kとの始めてのランチ営業が終わった。
中締め作業を教えて、3人で賄いを食べながら、Kに聞いてみた。
「K、初日どうだった?」
わからないことだらけで、さぞや緊張したことだろうと気持ちを察したつもりだった。
「全然余裕です♪○角の方が大変でしたし♪」
Kは笑顔でそう返した。
「お、おお、それは頼もしいなあ!」
初日で仕事らしい仕事はまだ何もできていないのに、よく言うなあと内心で思いながら、僕はKを煽てた。
褒めて伸ばすってこうやるの?てな感じだ。
しかしこの数時間、Kと過ごした中で僕が抱いた違和感の正体はわからないままだった。
早めに意識の擦り合わせをしたいところだ。
今日、仕事が終わったら飲みながらでも本音を聞き出してみたい。
Tっさんともそうやって「飲みニケーション」しながらお互いの理解を深めていった。
まあ、結局包丁で刺されそうになったわけだが笑
もう二度とあんな事態にならないように、仕事以外でも密にコミュニケーションをとっておきたかった。
もっとKの人間性、仕事観を知る必要がある。
そして僕の仕事観も伝えなくてはいけない。
そう思って僕はKに声をかけた。
「K、今日仕事が終わったら軽く飯に行こうよ。聞きたいことも伝えたいことも沢山あるし。」
するとKの顔からいつもの笑顔が消えた。
「えー?仕事の話します?」
思いがけない返答に少々驚いてしまったが、その話がしたいのだ。
「そうだね。その話がしたい。」
「じゃあ行きません」
Kは真顔のままキッパリと言い放った。
「はあ?」
僕の中の違和感は、ムクムクと大きな積乱雲の様に育っていった。
to be continued➡︎
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