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ラーメン屋である僕たちの物語3rd ②


「Another One bites The Dust」









2005年5月


鎌倉麺屋ひなどり






「いらっしゃいませー!」




「ありがとうございます!」






Kが入店してから一ヶ月が過ぎ、今年もG.Wを迎えた。




Kは相変わらずニコニコと笑顔で、大きな声でお客さんに挨拶をしている。







いいね。



とてもいい。





それはとてもいいのだが…。





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鎌倉麺屋ひなどり



同日 ランチ営業後





「店長!メンマの仕込みってどうやるんでしたっけ?♪」



怒涛のランチ営業を乗り切り、僕たちはヘトヘトになりながら夜営業に向けて仕込みをしていたところ、僕はKに呼びかけられた。




はぁ…またか。




僕は肩を落とし、自分の仕事の手を止めて、この一月で何度か教えた仕事をKにまた教える。

(Tっさんが作ってくれた仕事マニュアルは、店舗の清掃や片付けなどについてのみだった)


自分の仕事が全くはかどらない。


まあ、それは仕方ない。教えるのも僕の仕事のうちだ。



(ならば覚える努力も新人の仕事のうちだろう?)




僕はため息混じりにKに尋ねた。



「K、メモ取ってるよね?」



「はい、ちゃんと取ってますよ♪」



「それ見てもわからないの?」



「今日は家に置いてきちゃって♪」



「じゃあ家で見返してるってこと?」



「いえ、店で見るんで見返したりはしてませんよ♪」



「自分、仕事は家に持ち込まない主義なので♪」









…はぁ?





僕は呆気にとられて言葉を失ってしまった。





それはきっちり仕事を
仕上げられる人の言葉だぞ








仲の良い友達も、共に責任を負う環境にいると関係が変わってしまうことがある。



Kとはまさにそれだった。



この先どうやって仕事上の関係を築いていけば良いのだろう。






この甘ちゃんと…






シーツにうっかり水を溢してしまった時のように、小さな怒りがじわっと心に広がっていく。







ダメだ!ダメだ!辛抱!





「…いいか、K。じゃあもう一回教えるよ」



僕は怒りの滲んだシーツを丸めてポケットにねじ込み、再度Kにメンマの仕込み方を伝えた。





{ひなどりのメンマの仕込み}


①塩蔵メンマをよく水洗いして、塩を流す
②水の中で揉み込み、水を変える×3回
③大きな鍋にメンマと水を張り火にかける
④沸騰したら火を止めて、60分放置
⑤、④を2回繰り返す
⑥味見をして、塩が抜けてなかったらそのまま放置、硬かったらもう一度火にかける
⑦塩気が抜けて、任意の硬さになったら水気を切る
⑧味付け用のタレとメンマを鍋に入れて点火。沸騰したら30分ほど煮て、消火。
⑨粗熱が取れたらタッパー容器に移して冷蔵庫保管。3日以内に使い切る。


{ひなどりのメンマのタレ}

濃口醤油 1
みりん 1
酒 1
出汁 2
輪切り唐辛子少々
※みりん、酒は煮切る




「わかった?K?」




「はい、わかりました♪」




Kはあっけらかんと答えた。




相変わらずの薄気味の悪い違和感を覚えながら、僕は自分の仕事に戻った。



自分の仕事をしながら、Kに頼んだ仕込みの様子を気にしていると…




「あ、店長♪」




再びKに呼び止められた。



今度はなんだ?




恐る恐るKの方に向き直ると、





「で、メンマはどこにあるんでしたっけ?♪」







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同日 22:00










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ひしゃげた空き缶が、人気のない御成通りを飛んでいく。






カラン




カラン



カラン




思い切り蹴り上げられた空き缶は、虚しい音を響かせながら方々に当たり、クルクルと回ると「もう一回蹴って」と言わんばかりにピタッと止まった。






「なんなんだアイツ!やる気あんのか!」











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帰り道、僕は湧き上がる怒りが収まらず、ポケットにねじ込んだシーツを大きく広げて、目の前の空き缶に八つ当たりしていた。







腹が立つ。むしゃくしゃする。




感情を吐き出さないと気が済まない。




まっすぐ帰る気にはなれず、一杯飲まないとやってられない。


こんな夜は酒に慰めてもらおう。

(この頃はストレスから酒の量が増えていた)




よし、



今夜は「なまず」に行こう!





駐輪場に着き、僕は原付に跨ると、初夏の余熱を纏いながら藤沢方面へ向けてスロットルをふかした。





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「ブロロロロロロロ…」





車列の脇をすり抜けて、藤沢駅北口のバスロータリーからダイエーを通り過ぎ、「花月嵐」手前の脇道に入る。





「ブロロロロ…」




…ギィッ




無骨な引き戸、四角い据え置き看板に「居酒Barなまず」と書かれた小さな店の前に原付を停めた。








ここは僕たち兄弟の馴染みの店だ。



元々、親父に「ここのピザは絶品だ}と教えてもらった店なのだが、僕たち兄弟はすっかりこの店を気に入り、親父よりも通っていた。



親父に紹介してもらったピザはもちろん、肉厚なアジフライ、大粒のカキフライ、カレードリア、なまずの唐揚げ、刺身、熊や鹿のジビエ、カエルやワニなどの珍獣もなんでも旨い店なのだ。(うおお、いますぐ行きたい…!)




「こんばんは〜」



僕は引き戸を開けてなまずに入った。




なまずは天狗の面や、海亀の剥製、ドラ、カンガなど世界各国の装飾品(お客さんのお土産など)がカオスな雰囲気を醸し出す不思議な内装をしている。

今は装飾も落ち着いている
(2024撮影)



僕はその不思議な雰囲気も好きだった。




「あら、芳実さん、いらっしゃい」




奥からピンクの服にエプロン姿のふくよかな女性が笑顔で迎えてくれた。



「TERUちゃん、お疲れ様です。」




「あら、どうしたんだい?若いのに疲れた顔しちゃってさ!やだよ!あはははは!!」




この人はTERUちゃん。



なまずのマスターのお母さんだ。



話口調は豪快だが、どこか品のあるお母さんだ。



「カウンター、いいですか?」



ちょうどお客さんが引いたタイミングの様だった。



僕は奥のカウンターを指して聞いた。



「どうぞ。好きなとこ座って」



僕は荷物を置き、カウンター席の端に座った。


毎日50品目ものメニューが並ぶ
(2024撮影)

目の前に貼られた膨大なフードメニューに一通り目を通す。


えーと、とりあえず…



「RYUJIさーん!生ください!」




僕は奥のキッチンにいるであろうマスターに声をかけた。




「おお!芳実!お疲れ〜!」



キッチンからひょこっと顔を出す、色黒で体格の良い男性。


一見すると格闘家のような風貌のこの人はRYUJIさん。



「なまず」のマスターだ。


RYUJIさんは僕のちょうど10歳上の飲食業の先輩だ。



めじろ修行時代から、独立後、そして今に至るまで、飲食業から大人の話まで、沢山のことを教えてもらっている。





「芳実!はい!生ね!」



キンキンに冷えたビールが目の前に置かれる。


ゴクリ…


喉がカラカラだ。



ゴクッ



ゴクッ



ゴクッ




「ぷはーーっ」



僕はジョッキを握りしめ、半分ほど一気に飲んだ。




「あれれ?なんかお疲れじゃん!どうした?笑」




ビールをカウンターに置くとRYUJIさんが笑いながらツッコんできた。



2人に「疲れてる」と言われてしまい、そんな顔をしているのかな?と気になってしまう。



「いやあ、いろいろあって…」



僕は小さく答えた。



「そういえばTっさんが辞めた後に、スタッフ入ったんでしょ?人手は足りてるんじゃないの?」


RYUJIさんは僕たちの事情をよく知っている。



「なまず」はTっさんともめじろ修行時代から仕事上がりによく来ていた。



それは「ひなどり」になってからも変わらなかった。


だから、僕たちの近況報告は常にしていたのだ。


(余談だがRYUJIさんは僕や祐貴の彼女(女性遍歴)のほとんどを知っている。僕たちは「そういう関係」になる女の子を必ず「なまず」に連れてきてRYUJIさんに紹介していたwなまずでの祐貴とのエピソードも機会があれば書きたい)



「そうなんですけど、そいつがまた変わり者で…」




じわり…



Kのことを考えると怒りが滲み広がる。




ゴクッ



ゴクッ



ゴクリ



僕はたまらずジョッキを煽り飲み干した。



「それがですね…」



RYUJIさんに空のジョッキを突きつけ「入ってなかった」と、いつも通りのクレームをつけてビールをお代わりし、最近の悩みを2人に打ち明けた。




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「…という感じで、ほんと毎日困ってるんです。どうしたらいいんですかね。」




僕はここ1ヶ月のKとのことを2人に話した。




同業者の2人ならきっとわかってくれる。




『それは大変だなあ』と労ってくれると思っていた。




しかし返ってきた言葉は、僕にとって意外なものだった。






「そうか、でもそれは、芳実。
お前も悪いよ」





RYUJIさんが言った。



「え?なんでですか?」




僕は想定外の返答に素直に反応してしまった。




「だって今まで友達だったやつを雇ったんだろ?そりゃあそうなるよ笑」



「だから、なんでなんですか?」



僕は納得ができず、食い下がった。




「お前、そいつにTっさんと同じポジションを期待してるんじゃない?」




「Tっさんと芳実は幼馴染なんだし、同じ様な関係を期待したって無理でしょ笑」








…衝撃を受けた。




言われてみれば、確かにそうだった。



僕は「Tっさんと同じような関係」を、どこかKに期待していた。



でも、確かに、それは無理な話だ。




あんなに深く分かり合えたTっさんのポジションに誰かを置くなんて、できっこない。




僕は図星を深く突かれて、反論できなかった。





「芳実、そいつに期待しすぎてるから腹が立つんじゃないの?」




RYUJIさんの更なる正論が僕を打ちのめす。




…ぐぬう。




確かに僕は、新人のKをどこかで当てにしていた。




Tっさんが抜けた後、その穴を綺麗に埋めてくれる「代役」として、当てにしていたのかもしれない。



当てにするから腹が立つのだ。




そして、新人にTっさんの代役ができるわけがないのだ。



僕は、どこかでKにTっさんの分身を求めてしまっていたのかもしれない。




「う、う〜ん…」



正論の銃弾を浴び、もはや虫の息の僕を見かねて、RYUJIさんが言った。




「まあ、芳実の気持ちもわかるけど、もう少し離れて付き合ったらいいんじゃない?笑
大切なスタッフなんでしょ?」







『大切なスタッフ』





…そうだ。




Tっさんが抜けた後に入ってくれたKに、僕は感謝していたはずだ。




そんなことも忘れて、僕は日々、Kを頭の中で火炙りにしていたのだ。




…最低だ。





「…RYUJIさん、ありがとうございます」



神妙な面持ちでRYUJIさんにお礼を伝えた。




この人は、いつも僕が間違いそうになる時に道を正してくれる。





「いや、俺の意見でしかないからね笑!今の話を聞いた上でのことでしかないから!笑」




そう言って、笑いながらフォローしてくれる。




これだから「なまず」は僕のオアシスなのだ。




僕はお代わりしたビールを飲み干し、「やっぱり入ってなかった」とクレームをつけてお会計をお願いした。




「ご馳走様でした!また来ます!」




僕はすっかり鋭気を取り戻していた。



僕の意識を変えよう。




Tっさんの影をKに重ねるのではなく、Kを見て、彼を育てよう。





「芳実、ありがとう!がんばれよ!」



「芳実さん、身体に気をつけるんだよ」




2人に元気をもらい、僕は家路に着こうと原付に跨った。



すると、



「芳実!原付は置いて行きなよ!ここに置いておいていいから、朝拾っていけば!」




RYUJIさんが慌てて止めてくれた。




おお…、すっかり呑んでいたこと忘れていた。




「じゃあ、そうします!おやすみなさい!」



僕は2人の言葉に甘えて、原付を「なまず」に置いて歩いて家路を辿った。




歩きながら、今後のKとの付き合い方をずっと考えていた。



「僕が意識を変えなくちゃ」



身体を支配していた怒りと疲労感は、「なまず」を経て期待と充実感に変わっていた。




明日から、また新しい「ひなどり」を作ろう。



そう決意した。







「あ!」





見上げた遠くの夜空に、流れ星が一つ走った。








to be continued➡︎






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