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バーンアウト(燃え尽き症候群)体験談:中期(お寺での座禅と托鉢!?)編

こんにちは。メンタルウェルネスあおぞらです。
今日は、休職時期の中期「お寺に行って経験した奇妙な体験」についてお伝えします。

※以前の記事も興味があればぜひご覧ください


お寺での座禅の勧め?

ある日妻から

「お寺に座禅でも行ってみたら?スティーブ・ジョブズとか稲盛和夫とか、有名な人も精神を鍛えたり、自分に向き合う時にしてたっていうから」

と何気ない提案がありました。

その時は、「そうだね。。。」と答えましたが、座禅というと修行みたいなイメージがあって正直あまり乗り気ではありませんでした。でも、なんとなく気になって調べてみると、車で1時間くらいの田舎町に臨済宗のお寺で座禅会をやっているところを発見しました。もっと近くにもたくさんあったのですが、なんとなく気になったのがそこでした。

とにかく今の現状を変えたいと思っていた私は、何かきっかけになればと思い行ってみることにしました。

お寺の座禅初体験

座禅会は平日の朝7時から開始のため、5時半には自宅を出て1時間かけてお寺に行きました。自然豊かな環境の中にあるお寺に到着し、おそるおそるお寺の中に入ると、和尚さんが出迎えてくれました。

初めて会う和尚さんは60代くらいで身長が高く、スラっとしていました。

「座禅は初めてですか?」

そう言って私に優しく語りかけてくれました。

15分くらいでしょうか。一通り座禅のやり方や作法を教えていただいた後、参加者が続々とやってきて、7、8人集まり座禅を開始しました。
参加される方々は年齢層はバラバラで、上は70代くらい下は40代くらいの男女だったと思います。

座禅が開始されると鈴(りん)の音と拍子木(ひょうしぎ)の音、線香の香りが漂います。その時のことはあまり覚えていませんが、初めて半跏趺坐(はんかふざ)(片方の足を他の片足の股にのせて座る仏教の略式の坐法)をしたのでとにかく足が痛いと感じていました。でも、静かな空間で、鳥のさえずりが聞こえ、凛とした空気感がすごく新鮮で気持ちよかったのだけは覚えています。


イメージ画像です

最後にお経を唱えて座禅会は終了です。

和尚さんとの話

座禅会が終わって参加者が帰った後、私は和尚さんに話を聞いてもらいたくて、

「お話してもよいですか?」

と尋ねました。和尚さんは

「いいですよ。それではこちらに来なさい」

と言って、本堂ではなく、母屋のようなところに案内されました。

畳の部屋に座ると、和尚さんはお茶をたててくれて、お菓子を出してもらいました。私はとにかく話を聞いてもらいたかったので

「あの・・・」と話し出すと、

「まあ焦らんとまずはお茶を飲みなさい」と言われました。

「はい。。。」

と言ってまずはゆっくりお茶を一口飲み、ふ~っと一呼吸おきました。どのくらい待って話し出していいか分からず戸惑っていると、和尚さんの方から

「それで今日はどうして来られたのですか?」

と聞いてくださったので、私はこれまでのこと、今の状況をわ~っと話し出しました。和尚さんは特に何か口をはさむことなくず~っと聞いてくださいました。どのくらい話をしたでしょうか?1時間くらい話をしたのかもしれません。和尚さんから

「今日は近所のお寺の和尚達と托鉢(たくはつ)に行かなくてはならない。よかったら来ますか?」

と提案がありました。

托鉢がどういうものだか全く私は分かりませんが、その時の私は迷わず

「はい。行きます」と返事をしました。

後にわかったのですが、托鉢とは仏教の僧侶が日々の生活や修行の一環として行う行為で、主に食事や必要な物資を一般の人々から施し(布施)を受けることを指します。よく駅や道路で鉢のようなものを持って立っているやつです。

初めての托鉢体験

そのまま和尚さんについていくと、地域にある寺の住職(和尚さん)が10名くらい集まっていました。集まっている人たちの代表の人に和尚さんが交渉してくれて、特別に托鉢を一緒にやることになりました。本来、托鉢は免許(許可証)がないとやってはいけない決まりとなっています。後で聞くと

「こいつはほっておくと死ぬかもしれないから連れてきた。今日だけ特別に参加させてやりたい」

と交渉したそうです。本当にそう思ったのか、口実でそう言ったのかはわかりません。通常であれば常識外れではありますが、和尚さんは私のためにそう交渉して参加させてくれたのです。

そこから私の初めての托鉢体験が始まりました。僧侶は一列となって、街中を歩き始めます。

大きな声で「ほ~」と唱えながら歩きます。みんなは袈裟(けさ)に足袋(たび)に網代笠(あじろがさ)の恰好なのに、私はジーパン、Tシャツ、スニーカーです(笑)。唯一網代笠と頭陀袋(ずだぶくろ)だけお借りしたのですが、明らかに場違いなのは間違いないでしょう。それでも私は必死に「ほ~」と唱えながらついていきました。


生成AIで作成したイメージ画像です

古い家を通っていると、おばあちゃんが慣れた様子でお布施を渡してくれます。おばあちゃんの前に立ったら合掌して、一礼。お布施をいただいたら再度一礼。無言のままその場を離れ、また「ほ~」と言いながら歩きだします。お金をいただくこともあれば、お米をいただくこともあります。何をいただいても「有難いこと」として感謝の合掌一礼を行ってまた次へ行きます。

最初はなんとなく場違いだし、いかにも怪しい行動だと思っていましたが、そういう人との交流と感謝しあう行為がなんとも新鮮に感じていました。どのくらい歩いたのかわかりませんが、ある程度小さな集落を周って終わりました。いただいたお布施を和尚さんに渡して私の初めての托鉢体験は終了しました。

はじめての和尚さん達の昼食会

托鉢が終わると参加した和尚さん達の交流会として一緒に昼食をとるのが恒例のようで、そこにもなんと参加させていただきました。
ずらっと並ぶ和尚さん達と一緒に突然現れたどこの馬の骨とも分からないジーパンTシャツ姿の青年が食事会。なんともおかしな空間だと思います。

どんな話をしたのかはあまり覚えていませんが、世間話程度をしたのだと思います。全く何を食べたのか、どんな味だったのか覚えていません(笑)

それでも快く受け入れてくださった皆さんと交渉してくれた和尚さんには本当に感謝でした。これは通常では絶対あり得ないことだと思います。

座禅と托鉢体験を終えて

昼食会が終わり、また元の座禅に参加した寺に戻ってきました。和尚さんからは、「また来なさい」と言っていただきました。
あとで分かったことですが、和尚さんは、家がない躁鬱病の若者を寺に一緒に住まわせて自立に向けてサポートしたりもしている人でした(事業としてではなく本当に個人的にやられていて、困った人をほっとけない性格)。もともとは別の仕事をしていて、50代になり僧侶になろうと決心し修行に行った在家出家(生まれが寺ではなく一般家庭の人)です。エネルギーがあふれていて、おそらくその業界でも風変わりと言われているような方でした。

ただ、本当に苦しい時期を過ごしていた私にとって、和尚さんとの出会いと今日の体験はなんとも刺激的でした。宗教はどうしても怪しいという印象を持っていたのですが、気にかけて関わってくれたことは本当にありがたいものだと思いました。座禅会は週1回開催だったので、座禅を通して自分を見つめなおしてみようと思えた1日でした。


今日はここまでです。

この出会いをきっかけに、私はお寺で座禅をしたり、後にマインドフルネス瞑想を実践するようになりました。今でもルーティンで座禅したり、マインドフルネス瞑想を継続的にやっています。
後に心理学や脳神経科学の観点からもメンタルにとてもよい効果があることが分かりましたが、その時はなんとなく「心の洗濯」と思っていました。

同じ環境の中でがんじがらめになっていたので、再度働くために違う環境で過ごすことが、一種のリハビリのようなものだと感じていました。そしてスティーブジョブズ や 稲森和夫 など成功した人たちが経験したと言われる座禅が、何か 精神的に良い効果を得られ、自分が強くなれるのではないかと期待していたのかもしれません。

そしてこの経験が仕事のことばかりを考える グルグル 思考から抜ける きっかけにもなりました。

最後まで読んでいただきありがとうございました。次回もよければご覧ください。

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