最終話・嫁と姑の間には何があるのか
ミサワは私より1歳下。
母の言葉に傷ついたといった当時は49~50才。
ミサワはまだ生めるかも?と思っていたのかな?
いや、ないか。
それは医学的に非常に低い確率であろうことは、素人でもわかる。
40代前半で結婚して10年。
頭の片隅には、子どものいない生活、というのも想定していた?
子どもがいないことを、責められているように感じた?引け目に思った?
真意はわからないが、3年間ずっと怒りを秘めていたミサワ。
私はただただ、母の話を聞いていた。
下記のようなことを思いながら。
私は子どもを一人産んだ。
あまり大きな声では言えないが、子どもが足かせになると感じた日もあった。
自由に生きられないのを、我が子のせいにしてた日もある。
子育てをしていれば、そういう心の闇みたいなのに落ちていく日は、何度もあった。(但し私は少数派なのやもしれん)
ミサワのように晩婚で、子どもに恵まれなかった人の気持ちを、私は想像することしかできない。
母もそう。
子どもがいなかったら、自由になるお金も時間もあるだろうと考えるのは想像力が足りないのかな。
お金と時間、それだけじゃないけどさ。
子どもがいなくても、夫婦仲はめちゃくちゃ良いじゃん、いつもふたりで楽しそうじゃんってミサワと弟を見ていつもそう思ってた。
私は早々に離婚して、このまま生涯一人だと思うとぞっとする反面、気楽でもあるけど。
結局、その人の考え方や捉え方次第で、幸にも不幸にもなるのだ。
自分が発する言葉には、気を付けなきゃと思った。
母は、自分の姉(DINKS)を10年間怒らせて、自分の嫁(DINKS)も3年以上(継続中)怒らせている。
怒らせた内容は違えど、発端はその母の言葉である。
「あの子には謝ったわ。けれど許してくれそうにないし、今は気が立っているだろうから、そっとしとくわ。」と母は言う。
80歳を超え、見る度に小さく細くなる母。
「そうだね、時間が経てばなるようになるわ。」そう言って私は母の言葉を肯定するのみで、ごちゃごちゃ余計なことは言わない。
私は母の意見を肯定しながらも、内心ではミサワにも意地があろうなと、彼女を慮る。
20代のお嬢さんみたいな事、いい年になっても言ってんじゃないよと思うのは、私がミサワと同年代だから思うことだけど、50歳を超えもミサワは、心底子どもを持つことを願っていたのかもしれない。
弟とミサワは、私たちがあずかり知らぬところで、努力を続けていたけど出来なかったのかもしれない。あくまでも私の勝手な想像だ。
ミサワは、私と価値観は違う。
私にとっては大したことなくても、ミサワにとっては許せないことで、憤慨して、姑に申し立て、こうやって拗れてるのだ。
やっぱり言葉って難しいし、怖い。
嫁と姑の間に絡まりに絡まった糸が、何本もある。
いまもなお、母とミサワは不通だ。
弟が間で右往左往しているのかもしれんが、私は、知らんw
正直言って、嫁姑の諍いには関わりたくない。
面倒くさい。
絡まった糸は、そう簡単には解けそうにない。