二人の中国人

今日は衝撃的かつ心に強く残ることがあったので、どうしても書き留めておきたい気持ちになりました。


所属している学生団体のミーティング終了後、仲間と向かった学生パブで、たまたまOpen micというイベントをやっていました。

事前にエントリーしておけば、パブにあるステージで、思い思いの歌やパフォーマンスを披露することができるというものです。


途中までは歌や詩など、おなじみのパフォーマンスが繰り広げられていたのですが、会場が温まってきたところで、一人の女性がステージに上がりました。


彼女は歌などを披露する様子ではなく、自分語りをするようでした。彼女はこうはじめました。


「私は中国出身です。
ここで博士号の勉強をしていて、もう2年になります。スウェーデンが大好きよ。自由だし、人権がある。中国と違って。もうすぐ博士号を取り終えて学生ではなくなるんだけど、このopen micのイベントにどうしても参加したいとずっと思ってたの。私の彼氏、今となっては夫か、彼はスウェーデン人なんだけど、彼も、ぜひエントリーしなよ、と言ってくれたから、出ることにしたってわけ!」


彼女の話し方はよどみなく、緊張もしていない様子で続けました。


「I really wanted to do this before my country, or the Communist Party of China, kills me so that I can die peacefully without any regret!
(とにかく、このイベントに参加したかったの。私の国、ってか中国共産党が私を殺す前に!じゃなきゃこの世に因縁が残って安らかに死ねない!)」


「今日ここに来る前にトイレに座りながらスマホでニュースを見ていたんだけど、世間にはいろんなニュースがあるようね。やっとBrexitが決まったんだ、オーストラリアの森林火災はまだ続いてるんだ、森林火災?なんだか焦げたいい匂いがしてきそう。バーベキューみたい。この国にはベジタリアンの人も多いから、私がそんなこと言ったら、ん?って思う人もいるでしょうね。でも中国では、なーんでも食べるの。牛肉も、豚肉も、鶏肉も。犬も、猫も!!へへ。ホッキョクグマだってその気になればどんと来いって感じだわ。やだ、そんな変な顔しないでよ、だって中国だもの!」


「今だからいうけど、私は中国でポールダンサーをやってた。だって中国には、いたるところ、学校の教室とか、ゴミ箱の後ろとか、その辺の道とか、どこにでもカメラがあって、あらゆることが監視されているの。セックスしてることなんて政府、共産党の人たちに筒抜けなわけ。だから別にポールダンサーでもいいでしょ、見られることには変わらない。嘘だと思ったら調べていいよ。
でも彼氏に結婚を申し込まれた時に、さすがに過去を隠すのは良くないかなって思ってポールダンサーだったっていう過去を告げたら、“おお、それはちょっとびっくりだ…。でも俺はスウェーデン人だから、過去に2-30人付き合った人はいるし、同じようなものだよ。結婚しよう。”って言ってくれたわけ。だから結婚することになったの。」


「結婚するってなって、中国の自分の故郷に彼を連れていったの。すごい田舎のめっちゃ小さい村なんだけど、そこでバスに乗ったわけ。

スウェーデンのバスって、バス停に人がパーソナルスペースを取りながらきちんと並んでいるところに、バスがスーってきて、順々に乗っていくでしょ。でも中国ではそんなのありえないの。

どういう感じかっていうと、まずバス停にとんでもない人が群がってるの。それでバスが見えたら、とにかく一番にバスに乗れるように、バスを凝視しながら、バスがどこに止まるかをしっかりとチェックして、みんなが一斉に動き出すの。みんな周りの人とかは見てない。とにかくバスだけを見つめて力一杯動くの。

中国に帰ったその時は、隣に彼がいるってことも忘れて、私の中の中国人の血が騒いで、戦闘モードに入ったわけ。ひたすらバスを見つめて、力任せに人をかき分けて、バスに乗れたの!やったあ、乗れた!!っていう気持ちを分かち合おうと、ふと隣を見たら、彼はいないの。後ろにも押し寄せる人の波を必死に避けて振り返ると、彼は捨てられた子犬のような惨めな顔をして、バス停に立ってた。

私はまだ中国モード絶頂だったから、“何やってんの!!!!!そんなんじゃバスに一生乗れないでしょ!置いてかれるでしょ!”って叫んだの。まるで、中国の親が、“何やってるの!!!そんな成績じゃ、医者になれないでしょ!人生成功できないでしょ!!”って子供に怒るみたいに。彼は、“でも、できないよ…。”って言った。私は、“力一杯人をかき分けて進みなさいよ!乗り込めるでしょ!”って言った。まるで、中国人が“努力して人を蹴落としながら歩みなさいよ!できるでしょ!”って言うみたいに。」


私の表現力では、彼女がどれだけ巧みな話術を駆使したのかをそのまま書き表すことは難しいのですが、彼女の語り口と、そこに織り込まれた中国への風刺は見事でした。


彼女が何を思って、このように話すことを決めたのかは想像することしかできませんが、ただ思い出を作りたいとか、このイベントに出てみたいという、そういう軽い気持ちであのステージに立っていたようには見えませんでした。
彼女の目には、何か強い気持ちが宿っているように思えました。


これまで世界のいろんな場所で中国人の人に会ってきましたが、ここまで西洋の立場に立った上で、こんなに中国のことを批判する人に出会ったのは初めてだったので、強い衝撃を受けました。



でもさらに衝撃的だったのはこの後起こったことです。


会場が、この女性がもたらした衝撃とブラックジョークによる笑いからさめたころ、西洋人ばかりの雰囲気の観客の中に、アジア人らしき女の子三人組がいることに気づきました。


隣にいた私のベルギー人の友達が、そのうちの一人の中国人の女の子と知り合いだったらしく、
「さっきの中国に関するパフォーマンス、どう思った?」
と聞きました。


一瞬の沈黙が流れた後、なんと彼女は大声をあげて泣き始めたのです。



彼女の嗚咽はしばらく続きました。

「どうしたの?ごめんね、そんなつもりで聞いたわけじゃないの…」

ベルギー人の友達がそういうと、中国人のその子は頭を横に激しく振りました。


「違うの。違う。ただ、悔しくて…。共産党があの女を殺す?ありえない。犬なんて食べたこともないし、あの人は中国を…、中国を、完全に見下した…。ただでさえここにいる人たちはメディアとか、いわゆる西洋的な見方によって、中国について根拠もないステレオタイプを信じて敬遠している人が多いのに、それを…あんな風にジョークにして、中国を笑い者にして…許せない…。ひどすぎる…」



私は、言葉を失っていました。

今でもその時の感情はうまく言葉にすることができません。



私は彼女にどうしても言葉をかけずにいられなくて、私も中国という国が好きだから、あの人が言ったことを全部鵜呑みにして中国のイメージを決めつけるつもりはないし、あなたの国にとって失礼なことを言った人のための涙は流す必要がないと思う、と言いました。


ただし、私は彼女の涙に心底びっくりしていました。
人はこういう状況であんなに激しい涙さえ流しうるのだ、ということを知らなかったし、知らず知らずのうちに口から出た言葉が、誰かを強く不快にする可能性があることを怖いとさえ思いました。


ステージの彼女に、悪気があったとも、到底思いません。


全てのことがひと段落した時、ベルギー人の友達に、
「あなたはあのステージで話されていたことについて、どう思った?」と聞かれました。


私は、
ステージの彼女が見ている中国も、それによって怒りの涙を流した女の子に見えている中国も、どちらも中国で、どちらが間違っているとか、正しいとかがないと思う、
としか言うことができませんでした。