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ここは知らない街

もういいやぁ、の気持ちを抱えて実家を出て、うっかり遠いところまで来てしまったのが去年の秋のこと。

地元よりもうんと日の短い冬を越えて、遠い土地でもやさしい色をした桜が散るのを目で追って、わたしを知る人がいないこの街で暮らして、半年が経とうとしている。

半年経っても、この街は知らないことでいっぱいだ。猫避けにもならない高さのフェンスに囲われた小学校。その古い校舎や、何故だか病院のにおいがする図書館の裏にはスナックが連なっている。笑っちゃうほど派手にカスタムされたバイクの群れが真昼の空の下を走っていたり、ネオン管でぴかぴかの自転車で、バグったみたいな音量で流行りのJPOPをかけながら爆走していたり。先日は、大通りをバスローブで駆けていく女性を立て続けにふたり見た。どういう状況なのか考えてみたものの、まったくもって見当すらつかない。そのほか、夜のコンビニの駐車場で液体を撒く学生(こわい)、駅のロータリーで大きなサークルを形成して奇声をあげている学生(本当にこわい)、等等。昼と夜の境界がぼやけたような光景ばかり。

わたしが余所から来たというのもあるだろうけれど、この街で生活していると、どことなく異国で過ごしている気持ちになる。

とはいえ寂しいとか早く出て行きたいとかそんなことはあまりなくて、ただ見慣れないものに目を瞠る毎日を送っている。どこにいても空の広いこの街のことが、いつだっておどろきと共にある暮らしのことが、意外と全然きらいではない。

知らない街に来て、もうすぐ半年が経とうとしている。こうしているうちに春が過ぎて、夏が終わっても、何も知らないなあとぼんやり思うのだろう。何も知らないままで愛着の湧いたこの街のことを、故郷を思うように懐かしむ日が来るのだろうか。ちいさな部屋のおおきな窓から、相も変わらず青くて広い空を眺めながら、そんなことを考えている。







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