「オフィスでセックスしたい?」
「ねーねー」と、夜中にいきなりLINEが来た。
通知の送信者欄を見ると、そこには大学時代からの女友達の名があった。
こんな時間になんだろう? と思いつつ、その晩、私も眠れずにいたため、何気なく「なに?」と返した。
すると彼女は、脈絡もなく「オフィスでセックスしたい?」と訊ねてきた。
わけがわからず、一気に目が覚めてしまった。
少し時間を置いて、彼女は弁明するかのようにメッセージを送ってきた。
それの伝えるところによると、こういうことらしかった。
「自分は、内定こそあるものの、いまだ学生の身であり勤務経験がない」
確かに彼女は私の後輩であり、私より働き始めるのが遅いのは道理だった。
(そしてここから分かるように、上述したメッセージは、当然デートやワンナイトラブへの誘い文句ではなかった)
「だから分からないのだが、男の人というのは、オフィスでセックスをしたいものなのだろうか」
彼女が何を訊きたいのか、やはりまだよく分からなかった。
しかし、あれこれとLINEでやり取りをする内に、次第に彼女が何を言いたいのか、また何故そんな突飛なことを訊いてきたのか、ある程度の仮説が立てられるようになった。
「男性は、AVに登場するシチュエーションに憧れると聞く」
「というより、憧れがあるからこそ、そういうシチュエーションのビデオが撮られるのだろう」
「ということは、オフィスでイチャイチャしたい欲望もある、ということではないだろうか」
そこで、男性であり、友人であり、企業勤めをしているあなた=私に質問です。あなたはオフィスでセックスしたいですか?
彼女は、どうやらそう言いたいらしかった。
私は素直に「したくない」と答えた。
すると彼女は「なんで?」と返してきた。
それはこっちの台詞だ、と強く思った。
私には本当に、オフィスでセックスをしたい願望はなかった。
それに、そもそも、そういった発想すら頭のなかになかった。
また、冷静に考えて、それはひどく難しそうなことのように思われた。
オフィスラブですら気を遣うのだ。
さらに、ひとけのないことを確認し、万全に万全を期して、オフィスで――正直言って、その労力に見合うほどの魅力があるとは思い難かった。
それならばまだ、オフィス最寄りのラブホテルに消えていったほうがマシであるとすら言えた。そしてそれすら、私には忌避感があった。
彼女は「彼氏は、したいって言ってたよ」と続けてLINEをしてきた。
ここで私はようやく、今回の話の原因が彼女の恋人にあることを了解した。
つまり私は、その恋人以外に聞ける一般男性として、参考意見を求められていたのだった。
しかし、そうすると今度は、何人がこの突飛な質問をされたのかが気になった。
もし数人が同様の「被害」に遭っていたら、と思うとゾッとするが、訊かれたのが私だけというケースも、それはそれでギョッとするのだった。
その場合、私は一般男性代表という重い立場を担うことになっていたからだ。
私には、その任は重すぎる。
そもそも私の悩みは、いわゆる男性的な欲望を抱くことや、発露することが苦手であるということなのに――。
私は怖くて、くだんの質問が何人になされたのか、彼女には結局訊いていない。
ただ、私のなかで、確固たる思いが一つだけある。
どれだけ考えても、どれだけエロティックなシチュエーションを妄想しても、オフィスでセックスはしたくない――。
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