EU議会選挙の結果は、環境政策が原因なのか

 ひさしぶりに政治ネタですが、これまでとやや切り口がちがいます。しかし、EUの「実態」を知ってほしいというのは、ほかの問題意識とも関係するテーマです。

極右の支持者とは

 EU議会選挙で極右が議席を伸ばした。多数は依然として中道右派が確保したが、今後の政策に影響があるのではないかと報じられている。
 今回の結果について、EUの環境政策が一部の国民の生活に影響したことや、移民の流入が反発を招いたという理由が、多くの場合まず述べられている。
 だとすると、「やっぱり極右の支持者は意識が低い人たち」という感じになってしまうが、そうではない。
 もっと多くの、多様な人たちがEUに懐疑的になり、それを託す政治家として極右しかいないという現実がある。その原因は、EUによる強権的な政策の押し付けである。

ドイツに民営化を押し付けたEU

 以前、鉄道趣味で知り合ったドイツの交通関係者と話したことがあるが、20年前くらいに、EUの決めたことに従わなければならないので、それまでのやり方を大きく変えなければならなくなったという話だった。具体的には、民営化、自由化である。
 旧西ドイツ地域では、自治体がいろんな公共事業を自前でやっていた。よく知られているのは路面電車やバスだが、上下水道はもちろん、電力や熱供給といった、日本だと民間企業がやるのが当たり前のことも、自治体が子会社を作って経営していた。火力発電所で発電し、その排熱でお湯をわかして町中に温水を流し、冬場の暖房にするので、暖房代がとても安く済んだ。電力は利益がでるので、その資金で路面電車やバスを走らせたり、公共施設を運営したりしていた。このことは私はもともと知っていて、よくできているなと思ったものである。
 ところが、EUが民営化と自由化を各国に指示してきたので、このうまくいっているシステムをやめないといけなくなったというのである。まず、交通機関の公営がだめで、民間事業者が自由に参入できるようにしないといけない。公営のバスや電車も民営化しろという。なんでかというとコストが高いからだと。競争がないからコストが高止まりしている、というのである。
 他方電力でも、公営の独占だから料金が高いので、もっと競争が必要だから、こちらも民間の参入を認めろということだった。

 ドイツの多くの自治体は反発して、いろいろやりとりがあった結果多少は修正されたようだが、結局交通機関は民営化され、公営電力会社も、自治体が株式を所有し続けるとしても、民間との競争にさらされて、かつてのように利益を潤沢にほかの公共部門にまわすことは難しくなるのだという。

EUのもとに民主主義はあるのか

 なんでこうなるかというと、EUの決定は各国の法律や政策に優越することが決まっているからである。例えば次のように書かれている。

「EU法は加盟国の法体系に直接作用し、とくに経済政策や社会政策においては国内法に優先する。」(Wikipedia「EU法」
「①規則:すべての加盟国を拘束し、直接適用性(採択されると加盟国内の批准手続を経ずに、そのまま国内法体系の一部となる)を有する。②指令:指令の中で命じられた結果についてのみ、加盟国を拘束し、それを達成するための手段と方法は加盟国に任される。」(「EU法の種類」総務省

 このため、国内に十分な合意がなくても、EU議会などが決定すれば、それを各国に強要することができるのである。EUは将来国家統合を目指しているのだから当然だ、と言われるかもしれない。しかしそれぞれの国で慣習、文化、価値観、法体系などがそれぞれ異なっているし、実際問題としてEU議会における多数派と異なる勢力が議会与党である国も少なくない。国家統合の具体的なイメージだって決して明確には共有されていないなかで、EUの決定だからというだけで、自分たちの今までのやり方を変えろと言われれば、反発や利害の相反が起こるのは当然である。そもそも、これが果たして民主主義なのだろうか。

 特に、先の民営化のような政策に、2000〜2010年代のEUは力を入れていた。左派の一部からは「ブリュッセルはネオリベの巣窟」とすら言われていた。EU本部の官僚の力は強く、EU理事会や議会は無力だったとも言われる。
 そういう政策のしわ寄せは、労働者や農民、高齢者はもちろん、大学や福祉関係など多様なところに及んだ。しかし、既存政党は右から左までEU支持で、個々の政策への賛否はあっても、枠組みそのものに手をつけようとはしない。

 だから、EU懐疑派はメディアが報じるほど単純ではない。環境問題や移民問題で極右に異論があっても、EUの現状にノーを言うために、極右に投票した人がいるはずだ。

EUの現実を認識した上で考えるべき

 日本では、右から左までEUには良いイメージを持っている。だから、EU懐疑派というだけで「悪」との印象が強い。しかし繰り返すが、そんな単純なものではない。EU自体が、理念は良いとしても実態はどうなのか。

 例えばおととし、EUの外相にあたるボレル外交代表は、ヨーロッパを庭園、その外を「ジャングル」に例える発言をして、アジア、アフリカ諸国から強い反発を招いた
 つまり、移民を排斥するという極右も、EUの閣僚も、アジアなどへの蔑視では大して変わらない。ボレルはスペイン社会民主労働党の出身、つまり中道左派であって、右派ではないのにこの体たらくであることを考えれば、自分たちが気に入らないから嫌だという極右の方が、まだしも正直なだけマシではないかとすら思える。それがポピュリズムということなのかもしれないが。
 ボレルは失言が多い、と問題を矮小化する反論(?)もあったが、それならそれで、そういう人物を外相に据えるEUとはなんぞや、ということになる。しかもそれで更迭はおろか注意さえされていないのである。

 この件ひとつとっても、決してEUが理念にそった高潔な活動をしているわけではないことがわかる。つまり、ほかの選挙型民主主義の制度をとる国と同じく、くだらないリーダーが政治的駆け引きで選出され、官僚に踊らされることが珍しくないのだ。そういうEUの決定が、自国の議論ぬきに上から押し付けられてくることに、加盟国国民が不満をもたないほうがおかしい。

 そういう視点をもっておかないと、極右の伸長を「環境問題のわからないバカや、移民に反発する貧困層がたくさん投票した結果」「国民の意識が内向きになっている」などと読み違えることになる。実際、多くの国で選挙権をもつ移民ルーツの国民も増えており、例えばフランスの選挙結果はもはや、ヨーロッパにルーツをもつ「フランス人」の世論の反映ではない。そうしたことまで読み込んだ論説だけが、信頼できると言えるだろう。

おわりに

 ウクライナ紛争でも、ボレルはウクライナ支援の強力な推進者である。しかし彼はかつて、「北欧諸国はろくに戦争などしたことがない」とのたまって、冬戦争・継続戦争でソ連と死闘を繰り広げたフィンランドから猛烈な非難をうけたことがある。こうした、日本の高校生ほどの歴史知識すらない人間が、EUの外交・安全保障政策の総責任者として、ロシアとの直接戦争に進みかねないような意思決定をしているのである。
 EU議会選挙の結果、ウクライナ支援が弱まることを懸念する論説もある。しかし、むしろこれを機会に以上のようなEUの実態に基づいた議論が行われることで、ウクライナ支援の正当性についても、再検討がされてほしいと思う。

6/18追記

 NHK「国際報道2004」。ドイツ特派員の取材報告。
 AfDの支持者が「普通の人」というところにフォーカスしたのは的確と思いますが、結局は個別政策への不満と、漠然とした「分断」という言葉でくくっていて、どこが「深掘り」なの? という感じです。

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