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【Memory of Movies】第2章「ハリー・ポッター」と共に成長した10年間

あれは、小学3年生の時だった。
当時の私は、毎朝、学校へ登校する際は朝食を取りながら「おはスタ」を視聴するのが日課だった。
まだ寝起きで頭がシャっきりしていない中で、ふと飛び込んできた映画の予告編に目を奪われた。
空飛ぶ箒にまたがるひとりの少年、首が3つもある巨大な犬、全身毛むくじゃらの大男…予告編で目にしたものがあまりにも衝撃で、その日の授業は全く頭に入ってこなかったのを覚えている。

『ハリー・ポッター』との出会い

その映画とは『ハリー・ポッターと賢者の石』である。
2001年に映画化された、言わずと知られた史上最強のファンタジー・シリーズであるが、当時は原作の存在すら知らずに、ただただそのあまりにも壮大な世界観に予告編の段階で興味を惹かれてしまったのだ。
思えば、当時の私は自宅でTV放送やVHSなどで映画を楽しむことはあったものの、然程、映画館に行きたいと思うような子供ではなかった。
ただ、この『ハリー・ポッターと賢者の石』だけは、どうしても映画館で観たい!いち早く観たい!という気持ちにさせられたのだ。
私はその日から母に熱心に頼み込み、それから数日後に映画館へと足を運び、ついに『ハリー・ポッターと賢者の石』を観ることになる。

ハリー・ポッターと共に成長した10年間

当然のことながら、私はイギリスからやってきた、ひとりの魔法使いの少年の虜になってしまった。
本編鑑賞後には物販コーナーで、これでもかとばかりに下敷きやクリアファイル、フィギュアなんかを買いあさり、パンフレットもページが擦り切れるほど読み返したものだ。
当時の私は文字通り、ハリーの‘‘魔法’’にかかってしまったのだ。
その後も『ハリー・ポッターと賢者の石』を3、4回は映画館へと観に行き、箒を見つければそれにまたがり、ハリーやロン、ハーマイオニーらと同じホグワーツ魔法魔術学校のローブをひょんなことから手に入れた際には大喜びしたものだ。

「ハリー・ポッター」シリーズは、その後10年間にわたり、新作が公開され、世界中の映画ファンを魅了するわけだが、9歳の頃に初めてハリー・ポッターと出会ってからの10年間は、ハリーと共に成長したと言っても過言ではないだろう。
私と同じく『ハリー・ポッターと賢者の石』公開時から常にシリーズを追ってきたファンなら同じ思いだろうが、私にとって「ハリー・ポッター」は大切な映画なのである。
「ハリー・ポッター」があったからこそ仲良くなれた友人もいれば、小学4年生の時に転校することになった時も、「ハリー・ポッター」の話題でクラスメイトとの親交を深めることに成功した時もある。
それだけ私の人生には「ハリー・ポッター」という作品がいつも近くにあった。

ハリー・ポッターとの‘‘別れの時’’

それだけに2011年に訪れた‘‘別れの時’’には抑え込めない感情があふれ出してしまった。
私たちが大人になっていくように、「ハリー・ポッター」も作品を重ねるごとにシリアスでダークな作風が目立つようになり、目を覆いたくなるような展開も数々あった。
そんな時を経て、迎えたラストでは、寂しさや哀しさではない、次の一歩を踏み出す勇気を私たちにくれたような気がしたのだ。
これから先の人生に「ハリー・ポッター」は寄り添ってくれない。
自らの足で道を切り開いていくのだと。
ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人は人生の次のステップへと旅立った。
私たちも負けずに頑張らなければと…。

実は私にはとても大切にしている石がある。
『ハリー・ポッターと賢者の石』公開時に、どこかの店で購入した青い石だ。
何かのパワーストーンだったと思うが、私はこれを一目見た瞬間から‘‘賢者の石’’だと心奪われてしまい、買ってもらった後は常に筆箱に入れていた。
実際の賢者の石は赤い石だが、そんなことは気にならなかった。
高校を出るまでの間、受験やテストなどでも常に共に過ごした石であるが、『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2』をもってシリーズが完結し、私も20歳になったことをきっかけとして、その石をこっそりと引き出しの中にしまっておくことにした。
もう役目を終えたような気がしたのだ。
だからこそ、今までご苦労さんという気持ちも込めて、そっと引き出しを締めた。
いつかまた会う日を思いながら…。

「ハリー・ポッター」と共に過ごした10年間というのは、ハリーが大人への階段を上がっていくのと同じく。私自身も様々な経験を通して大人へと成長した時間だった。
「ハリー・ポッター」シリーズは、私の人生の中で間違いなく最も多く映画館で観た作品だし、初めてDVDを買った作品でもある。
それだけ私にとっては大切な作品であり、共に成長してきた親友のような存在なのだ。

今でも年の瀬になるとなぜかハリーたちと‘‘再会’’したくなる。
かつての思い出を語り合う同窓会のように…。

(文・構成:zash)


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