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36連休

テレビでは、企業の何割がゴールデンウィークに何連休云々と報道している。

片や、それを聞いている私はというと、なんと36連休を突破したところである。基本的に人は働かなければならないらしい。そういう仕組みの中において、36連休などという生き方は怠け者だと言われてしまうだろうか。

それにしても、人は休むことに抵抗がありやしないだろうか。

私も学生時代は皆勤賞を取るために毎日学校に通っていたが、正直1週間くらいふっと休んでみたりもしたかったものである。だけど、休んでしまえば置いていかれるのではないかという恐怖心と、休むことは良くないという外圧を受けていたからなのか、「休まない」ことを選択せざるを得なかった。

勤勉であることが取り柄だと言われるお国柄。しかし、その勤勉さは時に真面目さや普通の枠組を通じて暴力へと変化して、知らない誰かの首を絞めるのに作用しているような気がしてならない。

例えば、人身事故を起こした人がいたとして。その人に対する心無い意見を見ていると、便利になった社会の中は人の心に潜む凶暴性を露わにしてしまう力を持っているのではないかと思ってしまう。

多くの人が迷惑を被っていることは事実なのだろうけど、様々な思いを抱きながら命の灯を絶やした人に心無い言葉を投げかけるのはいかがなものか。心無い言葉が思い浮かんでしまうこと自体が、忙しさに囚われていること裏付けなのだと思う。

だから、みんなもっと休めばいい。

誰もが皆休んだら社会が回らなくなることは承知しているけれど、休むことを悪だとみなして体を壊してしまうくらい働かなければならないのはどうかしている。

休んだっていいじゃないか、生きることは難しくて疲れるのだから。

マラソン中に疲れてゆっくり歩いたりするように、走りっぱなしの人生の中でゆっくり歩く時間だって必要。ちょっと休んで準備が整ったら、また走り出せばいいじゃない。

聞こえてくるメロディたちに耳をすましてみれば、そこにはたくさんの命があって、生活があって、作品があって、鼓動があって。忙しいと見落としてしまうメロディたちこそ、普段の生活を彩ってるものだと思うの。

そういう彩りを失わないためにも、失った彩りを取り戻すためにも、私はたくさん休みたい。

だって、休むって最高じゃんよ。


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