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無職の専業主婦が『ラストマイル』を見て疎外感をおぼえ、母との思い出が蘇った話。(※映画ネタバレ有)

今でも時々見返す大好きなドラマ「アンナチュラル」「MIU 404」を手がけた脚本家野木さんと塚原監督がタッグを組み、そのドラマに出ていたキャラクターたちも出演するという前情報だけでワクワクが止まらず、公開初日に見てきました。
とにかく野木さんの脚本が凄すぎました。ひとつのエンタメとして完成された面白さがありました。
不穏なタイトルですが、私個人としてはとても楽しく見てきました。
ただ、だからこそ疎外感を覚えたと言いますか。

※以下、この記事は『ラストマイル』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。あくまでわたくし個人の感想です。

⬛︎懐かしい面々との再会。

まず個人的に嬉しかったのは、前述した2本のドラマに出演していたキャストたちに再会できたことです。
特に心に刺さったのは、未来に希望を持てなかった若者2人が成長した姿で再出演していたことでした。
「アンナチュラル」の白井くんはバイク便で医療品を届ける仕事を、「MIU404」の勝俣くんは第4機捜に入り、陣馬さんとコンビを組んで一生懸命走っていました。特に白井くんは一瞬の登場でしたが、2人が成長した空白の期間を想像するだけで胸が熱くなります。
今回は連続爆破事件ということで「アンナチュラル」に出演していた所轄の刑事、毛利さんの出番が多く、大活躍していました。短い会話の中に違和感を感じて疑問を持った毛利さんの“デキる”刑事な部分を見せてくれたのが嬉しかったです。
お馴染みのメイン出演者たちは相変わらず仲良く、真面目に仕事をしていていました。
UDIラボの所長神倉さんがドラマ放送当時、「いつか全国から集めた歯科記録をデータベース化して、身元のわからないご遺体もすぐにわかるシステムを作りたい」という夢が実現しており、そのシステムを利用して真犯人発見に繋がるという、壮大な伏線回収をしてくれました。
こういった「当時のドラマで描かれていた細かい部分」を、時を経て描いてくれる野木さんはすごいです、凄すぎます。歯科記録は今回の事件の大きな鍵となる部分ですが、大部分はドラマファンに向けたファンサービスです。ありがたかったし、ふたつのドラマをまた見返したいと思いました。きっと多くのファンがそう思ったことでしょう。

細かいところを挙げていったら本当にキリがないほどたくさんの懐かしい顔がありました。思い入れのあるキャラクターが数年後も強く逞しく生きている姿を見られる機会は滅多にあるものではありません。それだけで感謝しかないです。

⬛︎物流システムの実情、母との思い出。

今や生活には欠かせない物流。私も軽い気持ちで欲しいものをポチポチします。ワンクリックで欲しいものが届く世界ですが、それが可能なのは確実に、そこで働く人の力があってこそだということを忘れてはいけない、映画の根幹にあるメッセージはそこなんじゃないかなと思いました。そしてこの映画は、仕事をしている人なら誰もが抱える悩みを、巨大な流通業界を通して描いていました。

私の幼少期、母はまさに佐野親子の仕事である“ラストマイル”の部分にあたる仕事をしていました。
家計を支えるためでもありましたが、同時に母の夢である仕事に就くための資金稼ぎでした。
保育園に預けられない時は、私を助手席に乗せてトラックで高速道路を走っていました。朧げですが、記憶は残っています。
当時のことを、母は今でも時々申し訳なさそうに語ります。真夏の助手席、汗で額に髪がへばりついた幼い私が「まだ着かないのぉ」と愚図るたび、自分の夢のために子どもを辛い目にあわせているなあ、と心を傷めていたと。
決して高い給料ではなく、愚図る私を宥めるために、サービスエリアでお菓子やおもちゃを買ってあげると、結局手元に残るのは僅かな金額だったこともあったそうです。
遠い記憶ですが、母が必死で頑張っていたことだけは覚えています。のちに夢だった仕事に就いたので、あの時の配送の仕事がなければ今の母はなかったでしょう。
配達員が過酷な環境にあることは、そんな実体験もあって知ってはいましたが、この映画は配達員を管理する立場にいる人の葛藤、中間管理職が板挟みにあう辛さが描かれています。巨大な組織の一部となって働く人たちがひとりひとり、機械の歯車ではなく血の通った物語を持つ人間であることを訴えている作品でした。

⬛︎ステータスのない私は蚊帳の外。

当たり前のように通販を使うユーザーも、大きな意味で加害者であったかもしれない、そんなストーリーです。
私は仕事をしていない、子どももいない専業主婦です。
映画の上映中、公開初日で夏休みということもあり、座席は八割ほど埋まっていました。にもかかわらず、上映中とても静かでした。きっとみんなストーリーの面白さと展開の速さに夢中で、集中していたのだと思います。話し声が聞こえたりスマホの明かりがちらついたりすることもなく、みんな夢中でした。
上映後にふと座席を見渡すと、泣いている人もちらほらいました。
その瞬間、この映画を見てストーリーの面白さやドラマのキャストに再会できた興奮で胸が高鳴ったものの、涙が出なかったことに罪悪感と疎外感をおぼえました。
私は子どももいないし仕事をしていないので、映画の中で働くどの立場の人にも共感ができなかったのです。
翌日、仕事をしている友人が「中間管理職の辛さがわかりすぎて、胃が痛くなりそうで泣けた」という感想を呟いていました。
そうか、働いている人にはとても心に刺さる映画だったんだな、とそこで気づいたのです。
無邪気に「面白かったなあ、誰かと映画の感想を語り合いたいなあ」と思っていた私は、感想を共有できない、共有できるほどのステータスを持ち合わせていないじゃないか、と。
残ったのは、いちユーザーとして通販を気軽に利用している後ろめたさだけです。
勿論、買う人がいなければそもそも仕事が発生しないわけで、そこまで卑屈にならなくても……と思うかもしれませんが、ただでさえ人より価値が無いと思って日々生きている私にとっては、違った角度からちくりと棘が刺さりました。
繰り返しますが、映画のストーリーはめちゃくちゃ面白かったのです。こんな無職の専業主婦にも刺さるのですから。

もう一度見に行く機会があったら、一緒に行きたい人がいるかというと、悩ましいところです。
だからきっと、また1人で見に行くと思います。

親の心子知らず。

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