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テック銭湯

 2101年1月4日、時代は22世紀の幕開け、新年早々から旧態依然とした サラリーマンの姿がオフィスに取り残されてあった。

深夜のオフィスで、ひとり残っている男性が、机の上に顔を伏せてそのまま寝ている。 いつも遅い時間まで残業で疲れている様子だ。

「今日も仕事で残業か、新年を迎えたとて、おれの日常はいつもと変わらなよな。」

 と仕事の愚痴を吐露しながら、彩度の薄い無機質な机とにらめっこして、そのまま眠りについた。

早朝の朝8時頃、ふと目が覚めた、男性は、朝早くから出社していた同僚のカケルの姿が目に入っ た。

「おい、コウイチ、やっと起きたのか。」

「おまえ、また職場で眠ってるのか、体壊さないようにな。」

と、カケルは同僚の体を心配しながら、ノートパソコンのキーボードを快活に鳴らしている。

コウイチは朝からテキパキと作業をしている優秀な同僚をぼんやり眺めながら、体の中に鉛玉が入ったように動けない、、

「なぁカケル、おれもおまえみたいに、仕事がテキパキとできたらもっと人生明るくなるのか。なぁ、、なんてな、、すまん、、。」

カケルは、奇妙な面持ちをしながらこっちをみていた。そして、微小な笑みを浮かべている。

「なぁコウイチ、今日の夜に一緒に銭湯入るか。」
「ん? 銭湯?俺今日も残業で銭湯に行く時間ないな、、。」

「コウイチ、仕事が進まない時こそ、おれはその銭湯に行くんだよ。」 「とにかく、騙されたと思って、ついてきな。」

カケルの自信あふれる言葉に押されながら、渋々と了承をしてしまった。
夕方になり、 オフィスに響き渡るカケルのお疲れ様ですという言葉が 時計が18時を示す合図となっている。

「おい、コウイチ、おまえも一緒にいくぞ、早く帰りの準備しろよな。」

コウイチは、机の上に積まれている書類の束を見ながら、残業しなければならない仕事の量を数えていた。

「おれやっぱり、、、。」
「とにかく、騙されたと思ってついてこいって言っただろ、ほら、準備して。」

と足早にオフィスを出る優秀な同僚のあとをついていくことにした。 少し歩いて行くと、着いたのは、閑静な公園である。

コウイチは、てっきり駅方面に向かうのかと思っていたが、どうやら徒歩で行ける場所みたいだ。

なと、少しここらで休憩をするんだろうと予想をしていたところ

「コウイチ、着いたぞ。」
 「え!?どこにも銭湯なんて、というか、ここ公園じゃないか!?」

コウイチは、瞼をこすって、もう一回周囲を見渡しても、変わらない景色を眺めながら 優秀な同僚が何か怪しい詐欺師に見えてきたのであった。

「このベンチの下から入るのさ」

と前を見渡すと、一風変わらないどこの公園でも必ずありそうな
二人分ちょうど座れるくらいの大きさのベンチがあった。

ベンチをどかすと、地面とそっくりな模様をしている布があり、それをカケルは、慣れた手つきで どかしている。

布をはがすと、少しさびれたマンホールみたいな形をしている鉄があり、 それに向かってカケルは、何か呪文みたいな言葉を発した。

「テックテックマイコン」

その言葉の後に、丸い形をした鉄が開いて、奥底に階段が連なってるのが見えた。

「この奥に銭湯があるんだよ、さあ、いくよ。」

カケルは、それが当たり前かのように、平然と階段を下っていく。 
コウイチは、階段を下って奥深くに入るにつれ、姿が暗くなる友人についていくべきか迷ったが、 自分の心の好奇心に負けて、階段を降りて行くことにした。

ちょっと階段を下ると、行き止まりになっており、これ以上先に進めない様子であった。 カケルは、今度は無機質な壁に向かって、その場でラジオ体操のような動きを突然し始めていた。 そうすると、今度は目の前の壁に向かって歩き出して、そのまま中に入ってしまった。

「おい、コウイチ、お前も壁に向かって歩いてこい、中に入れるようになってるから。」

どうやらさっきの体操がこの壁の中に入る鍵なのかもしれないなと。コウイチは、ただただ驚くばかりで脳の理解が追いつくことを諦めた。

中にはいると、明かりがさしてる場所があり、カケルはその場所の前まで歩いていた。 どうやら白いインキで塗られた木製の古い看板らしきものがあり、そこにテック銭湯と書かれて いた。

中を覗くと普通の銭湯と変わらない風景があり、ぱっと見、定年退職したての暇を持て余して銭 湯を経営をしているように見えるおっさんがカケルに声をかけていた。

「やあカケルくん、いつもご贔屓にしてくれてありがとね。」

「いえいえ、この銭湯のおかげで、仕事もプライベートも順調なので、助かってますよ。」

コウイチは、カケルがおっさんと話してる内容にイマイチが理解が追いつかないようでしたが、 公園に着いてから、驚きの連続で、違和感が自分の普通になりつつあることを感じ始めていた。

「今日は俺の同僚を連れてきたんだよ、変なやつではないので、一緒に入ってもいいかな。」

 「ああ、カケルくんが言うなら、問題ないよ。」
と、おっさんが、愛想よく応えていてた。

 「ようこそ、テック銭湯へ。」

どうやら一見さんお断りらしい。
テック銭湯というわりには、ハイテクな機械もなさそうだし、 むしろ、時代に逆行しているんじゃないかとコウイチは率直に思った。 
着替えを済まして、中に入ると、見慣れたスーパー銭湯のような浴場が目に入ってきた。

「なあ、カケル、さっきのおっさんとの会話で、銭湯のおかげで仕事が順調
とか言ってたけど、 ここ普通の銭湯だよな?。」

「まあ実際にそういう使い方の人もいるかもしれないな。まあちょっと体を洗ったら、その秘密を教えてやるよ。」

銭湯の使い方なんて、体を洗って、お湯に浸かり、リラックするため以外にないだろとコウイチ は頭の中で反芻しながら、仕事で疲れた体を綺麗にして、お湯に少し入りながら、ふとした幸せを感じていた。

「じゃあそろそろ本題に入るか。」 

カケルは、シャワーの前にある鏡に向かってまた、何かを唱えている。

「テックテックマイコン」

そうすると、鏡に取っ手が出てきて、それを引っ張ると中に、怪しげな空間が広がってるのが見 えた。全体的には、暗い雰囲気でブルーライトとレッドライトが端々から光っていて、いかにもSF 映画で見るような近未来的な空間を演出している。

「なんだこの空間は、、、、。」

中に入ると、自分好みの容姿していた、ショートカットボブに大きな目とピンク色の髪をしてい た、人型アンドロイドが立っていた。
一瞬、人間かと思ったが、その声ですぐにアンドロイドだ とわかった。

「コウイチさん、はじめまして、私はこのテック銭湯の深淵部の管理人をしている、ユカリとイイ マス。」

テック銭湯深淵部には、利用するユーザーに合わせて、話し方や、態度、見た目、性格がカスタマ イズできる、あらゆるテクノロジーを使いこなし、適切なサポートをしてくれるアンドロイドの管 理人がいる。

「日々のコウイチさんの生活をサポートさせてクダサイ。」 
「何か悩んでることとか、アリマスカ?」

と、アンドロイドはさも自分の言ってることを聞いてもらえるもんだと思うように コウイチに一方的に話かけてきた。

コウイチは、アンドロイドの見た目や声のトーンのせいか、不思議とそれが嫌ではなく、自分の日々のストレスや仕事の愚痴をついついアンドロイドに零してしまうのであった。

「コウイチさん、このテック銭湯深淵部では、仕事で悩んでる方にも、多く利用してイタダイテマス。」

「ここのブルーライトに照らされたお湯に入ると、アイディアが次々とウカンデキマス。また、こ このレッドライトに照らされたお湯に入ると、数字などの計算がめちゃくちゃ早くなり、複雑な 計算も一瞬でできるようニナリマス。」

「そして、ここのお湯を浴び続けると、お湯につかってない時でも、情報処理能力やアイディア想 像力が発揮し続けることができるので、1回ではなく、何度も入ることで、効果がよりハッキサレ ルヨウ二ナリマス。」

コウイチは、何か自分の頭の中が変わっていく感じ、不思議とスーッとした感覚が体にしみわたるのを感じている。

このテック銭湯に通うことで人生変わるかもしれないなと、27歳にしてチャンス到来かと、、。 これからの自分の風向きが変わって行くことに喜びと期待の表情をしながら、その日は、テック 銭湯を後にした。

翌日、職場で仕事を普段通りしているつもりであったコウイチは、いつもお昼の14時ごろまでに 終わるプロジェクトの予算管理の進捗表の記入が13時には終わり、余裕ができたので、職場付近 のランチでも行こうかと久しぶりに外でランチを取ることにした。

「やあ、コウイチ!」

声の方向を振り向くと、カケルが立っていた。

「調子はどうだい?って1日じゃあそんなに変わらないか?」

「いやあ、でもいまお昼にランチに行けるのも久しぶりだし、すごく調子良いみたいだな。カケルありがとう、テック銭湯のおかげだよ。」

「この調子だと、残業もそのうちなくなりそうだな。うまく活用してくれよ。」

コウイチは、テック銭湯による仕事がうまく行くようになり、日々の充実感を少しずつ感じ始め ていた。そして、仕事が順調になればなるほど、銭湯に通う頻度も増えていた。

「あら、コウイチ、今日も来てくれたのね。最近よく来てくれて、とても嬉しいワ。」

テック銭湯 深淵部の管理人のアンドロイドであるユカリに対しての感情も、かつての恋人におもうような安 心感や好意の入り混じった感情を抱きはじめていた。

また、アンドロイドと人間の区別がだんだんとつかなくなるほど、ユカリは自分に対して人間的な対応を以前よりするようになってきた気がする。

「ユカリいつもありがとう。お前がいてくれるから、仕事も結果が出てきて、周りも自分のこと を慕ってくれるようになってきたんだ。」

「今度、部署の部長に抜擢されるようになって、会社でもいよいと重要なポジションになってきたよ。これもユカリとテック銭湯のおかげだよ。いつも感謝してるよ。今度プレゼントでも買ってくる。何か欲しいものとかあるか?。」

「私は、コウイチがきてくれるだけで、嬉しいワ。プレゼントなんていらなイ。あなたが毎日来て くれるだけで、とても安心するノ。」

コウイチは、テック銭湯で自身の仕事における能力向上の為に来てたのが、いつしかユカリに会いにくるようになっていた。
コウイチでの会社の評価は、テック銭湯に行く回数に比例するほどあがり、残業で残っていたあの時のコウイチのイメージは、もうどこにもなくなってしまった。

ある日の夜、コウイチがユカリへのプレゼントを探しに街に出かけていた時だった。 ユカリに、いらないとは言われたものの、やはり何かしら喜ばせたくて、買いに行こうと思って いたのであった。

「おーい、コウイチ!元気してるか~!」 

なんだか懐かしい声の方へ顔を向けるとそこには、カケルと奥さんと子供たちがいた。

 「久しぶりだな、カケル!おぉ子供達も大きくなって、立派にお父さんしているだな。」

 「コウイチも、いまじゃ会社の重役だもんな、すごいな、おめでとう!。」

「カケル、おまえのおかげだよ。テック銭湯をお前に教えてもらわなかったら、今の俺はなかっ たな。そういえば、おまえは、テック銭湯にはずいぶん見なくなったけど、最近は行ってないの か?」

「あぁ、ほら、おれも家族もいるし、あんまり外で羽伸ばすとね、嫁に怒られちゃうからな。」

「それもそうか。まあ元気そうでよかった。とりあえず、また近いうちにゆっくりおれの昇進祝い でもしてくれよ。」

「わかった!またゆっくり時間あるとき飲もう。」

そうして、カケル達は、駅の方面に向かいながら、歩いて行き、その反対方面をコウイチは、小 さな花束を持ちながら歩いて行った。

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