つまらなくて、悔しい

私は周りの人たちが楽しんでいるのに、自分はつまらないと思ってしまうとき、
すごく悔しい。

この前、すごくつまらなかった飲み会があった。

自分がその場のノリについて行けなかったのと、
その人たちとの関係性が薄いことが原因なのかもしれないと分析してみたりした。

これまで、ノリが悪いとノリよく楽しんでいる人たちの気分を下げてしまうだろうと思って、ノれる範囲でノってみたりしてきた。

主体的な姿勢があれば楽しめるのかと思って、すこし遠い席まで話しかけに行ってみたりもした。

でも、やっぱり楽しくなかった。
無理している感じが、嫌だった。

こうした経験が何度もあって、飲み会がニガテだった。

なら、行かなければいいじゃないか。
そう考えたのだけど、それができない自分がいた。そして、今日気づいたことがある。

「自分だけつまらないのが、悔しい」のだ。

せっかく時間を過ごすなら、楽しい時間を過ごしたい。満喫して帰りたい。

それに、周りが楽しんでいるのが、何より羨ましいのだ、たぶん自分は。

この飲み会の場はニガテだ、なんて逃げてきたけど、
じつは羨ましくて、悔しかっただけなのかもしれない。

まだ楽しめる希望がある場なら、あんな風に楽しみたい自分がいるのなら、もう少し立ち向かってみてもいいかもしれないと思った。

というより、もしここで立ち向かっていたら楽しめるようになっていたかもしれないと後悔するのは、それこそ悔しいから。

でも、この悔しさを感じなくなった時には、この飲み会に出るのはやめようと思う。



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